Closing Time Tom Waits
Closing Time
■閉店間際の出来事
 写真屋になる前の数年間、僕は歯科技工士をしていました。技工士になったばかりの頃は歯科技工所で、鬼のようにこき使われました。残業手当なしで、朝8時30分から夜は11時はざら、ひどい時は明け方近くまで…。自分でもよくやってたなと思います。
 残業手当てないだけじゃなく、遅刻したら1回につき給料から千円引かれてましたからね。毎日2時3時まで働いてたら、そら遅刻する日もあるっちゅうねん、ほんま。社長曰く、「ど素人に仕事教えたってんねんから月謝払ってほしいくらいや」ちゅうことでした。わからんでもないけど、今の時代じゃありえない話ですね。
 そんな感じでいつも遅くまで仕事してるもんですから、当時風呂なし文化住宅に住んでた僕は、風呂に入れない日が1週間くらい続くわけです。技工士って仕事は一応白衣で作業してるんですけど、その白衣が自動車整備士の作業ツナギくらいドロドロになるんです。1週間風呂に入れないとなると結構辛いので、1回銭湯に行ってからもう一度職場に戻って仕事という日もたびたびありました。
 そんなある日、事件は閉店間際の銭湯で起きました。男湯にはもう僕しかいなくて、女湯はたぶん誰もいなかったと思います。脱衣場で体を拭いている僕の前に彼女は現れました。昔ながらの銭湯って男湯と女湯の間に番台があって、のれんだけがかかってる男湯と女湯を行き来できる戸口みたいなのがありますよね。
のれんがパラッと開いたかと思うと女湯から銭湯のおばさん(推定年令七十歳)が素っ裸で現れ、「にいちゃん、雨降ってきたからそのへんの傘どれでもさして帰りや。」と親切な言葉をかけてくれました。「あっ、すんません。あっ、ありがとう。」素っ裸の僕はお礼を言うのが精一杯でした。
 あれはいつも遅くまで仕事している僕への神様からの素敵な贈り物だったのでしょうか?今も目をつぶればあの時のシーンが蘇ります。おばさん、ありがとう。あなたもあの傘も最高でした。

というわけ(?)で、今月はトム・ウェイツのデビュー・アルバム「クロージング・タイム」です。いや〜、声が若い。いや、若いというか、今ほどしわがれてないというのか。それでも充分渋い声です。それに渋いのは声だけじゃありません。演奏も渋い。トム・ウェイツのピアノはなんともいえずいい味だしてます。この時23,4歳のはずですが、こんな渋い23,4歳いるんですね。やはり若いうちから夜のお仕事してたからでしょうか?
歌詞をとってみてもとても若者が書いたとは思えないものもあります。40年ぶりに昔の恋人に電話する歌、そんな歌詞、23,4歳で書こうと思います?
僕もできるものなら、あの人に電話してみようかしら。「あの時の傘、返しに行かなくてごめんなさい。だって僕にはあなたが眩しすぎて、もう一度会う勇気がなかったから…。ただ一度だけ裸で見つめあえただけで十分でした。あれからもう20年くらい経ってますが、お元気でしょうか?」   (2号
リリース 1988 Bone Machine
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