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Smokey Robinson & The Miracles |
Ooo Baby Baby: The Anthology |
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■小説 : You've really got a hold on me |
ある女の子の話をしよう。いや、僕自身の話と言ったほうがいいのかもしれないが…。
彼女と僕は、夏の終わりに出会った。その頃の僕はブラックホール級の喪失感を抱えていた。僕はここにいるけど、ここにいない、そんな感じで1年以上を過ごしていた。普段の僕なら、彼女と言葉をかわすこともなかったと思う。ましてそのまま彼女の部屋に行くことになるなんてあり得ないことだった。そのときは僕に何かが起こった。そして彼女にも…。おそらく彼女は彼女で何らかの問題を抱えていたのだろう。
秋の訪れとともに彼女と僕はお互いの部屋を行ったり来たりするようになった。僕が部屋に行くと、彼女は決まって「スモーキー・ロビンソンとミラクルズ」のレコードをかけてくれた。アルバムのタイトルは忘れてしまったけど、とにかくミラクルズのべスト盤だったと思う。僕はスモーキーの歌を聴くと安らいだし、彼女も僕といると安心すると言った。軽くお酒を飲んで、音楽の話をしたり、お互いの身の上話しをしたりして、明け方まで過ごすこともあった。そりゃまぁセックスもしたし(彼女は「セックスはあまり好きじゃないの」と言いながら一晩に何度も僕を求めた。まぁ僕も彼女と同じ気持ちだったのだけど…)、些細なことで喧嘩したりもした。たぶん他のカップルとなんらかわることのない関係だったと思う。 ある夜、彼女は「あなたに見せたいものがあるの。」と言って、木村伊兵衞の「パリ」という写真集を見せてくれた。僕はまさか彼女がそれを持っているとは思わなかったので少し驚いたが、何も言わずそっとページを開いた。 |
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初期のカラーフィルムで撮影された50年代のパリの街は、なんともいえず美しかった。それは単にフィルムの特性というより、木村の気持ちを映したというべき色調なのかもしれない。とにかく僕は「パリ」のすばらしさに魅了されてしまった。それ以来、僕は彼女の部屋に行く度に「パリ」を手にとるようになった。そして、今思えばその頃から彼女の様子も少しづつ変わりはじめたような気がする。
秋も過ぎ去り、やがてクリスマス・イブがやってきた。僕らは予定通り奈良の街に出かけた。近鉄電車に乗っている間も、街を歩いてる時も、お昼を食べてる時も、カフェでお茶してる時も、彼女は必要以上しゃべらなかった。そして正直僕はどうしていいのかわからなかった。やがて日が暮れかけた頃、彼女は東大寺の二月堂に僕を誘った。二月堂から見える夜景はとてもきれいだったけど、そこでも彼女が喋ったのは、「ここは私の秘密の場所なの。」それだけ…。ふたりで夜景を見ている間ずっと、僕は心の中でミラクルズの「You've really got a hold on me」を歌っていた。
帰り道、さきさき歩く彼女に追い付いた僕は彼女の手を握り、そっと自分のコートのポケットに入れてみた。何も言わなかったけれど、彼女もそっと僕に寄り添ってきた。彼女の手は冷たかった。僕は涙がこぼれるのを我慢した。
今になってちょっと彼女の気持ちがわかるような気がする…。イブが終わろうとする頃、最後に行った飲み屋を出て彼女は言った。「今日はもう帰るわ。」飲み屋での彼女は別人のようにはしゃいでいた。彼女のお薦めの日本酒。とびきりの笑顔。パリ…。「気をつけて。」僕は彼女を引き止めることができなかった。
結局それが二人の永遠の「さよなら」になった。(2号) |
リリース |
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