一緒に、行こう。



今日は、久しぶりのオフの日。
週が明けてからは、週末のレースに向けての合宿に入ってしまう。
私は先週から、カズさんと一緒に出掛けられるのをすごく楽しみにしていたのだけど…。

 「え!本当ですか!………ええ……ええ………。」

いざ、出掛けようとして玄関を出かかった時、カズさんの携帯が着信を告げた。
すまなそうに苦笑をこぼしつつ画面を見たカズさんは、一瞬で表情を変えた。
それはもう、これ以上無いくらい嬉しそうな顔で。
すぐに電話に出た彼は、まるで私がいる事を忘れてしまったように、話に惹き込まれていった。
寂しいと思ったけど、こればかりは私には敵わない。
カズさんがこんな顔をするということは、とても大切にしているモノに出会ったということ。
車の話や、ハーブの話をしてくれる時、そんな時のカズさんは他の事が見えなくなってしまう。
今もきっと、真剣な眼差しのその視界の中に、私は入っていないと思う。
それでも、そんなカズさんを見ているのが好きだと思ってしまうから、私は重症だ。

 「…あ、はい!……はい!だいじょ……あ…。」

ふと、言いかけた言葉が途切れて、カズさんはやっと気が付いたというように、私を視界に入れた。
そして、とてもバツの悪そうな顔をして、言葉の続きを言い淀んでいる。

 (い・い・よ)

声に出さずに唇を動かすと、申し訳無さそうに眉尻を下げて、片手で拝むような仕草をする。

 「あぁ、スイマセン。大丈夫です…はい……はい…では、これから伺います……はい!よろしくお願いします!」

電話口の相手に返事をして、お辞儀をする勢いで電話を切った。
とても嬉しい知らせだったのか、気を落ち着かせるように胸元に手を当てて、ゆっくりと息をはく。
カズさんの気持ちは、すでにそこに行ってしまったみたい…私はまた、置いていかれてしまうんだね。

 「ゴメンね、さん。実は、前から是非会ってみたい人がいたんだ。
  とても的確なセッティングをする人で、機会があれば作業を見せて欲しいってお願いしてたんだけど。
  これから、エンジンがオーバーブローした車に手を入れるところだから、見に来ないかって誘ってくれたんだよ。」

瞳を輝かせて嬉しそうに話すカズさんに、私もつられて笑顔になってしまって。
そんな顔されたら、どうして行っちゃうの?なんてわがまま、言えるわけ無い。
カズさんは、周りの人を笑顔にする才能があるんだって、本人は気付いて無いんだろうな。

 「ノーマルの車体に、レース用のエンジンを載せるっていうんだ。
  あの人が、どういう風に組んでいくのかすごく興味があるし、僕にとっても勉強になると思う。
  エンジンを載せ替えるって事は、外側が同じだけで、まったく違う車にしてしまうようだけど。
  それで、動けなくなってしまった車を蘇らせてあげられるなら、車も喜ぶのかな、とも思うんだ。
  なんだか、新しい発見ができそうな気がして…だから、見ておいた方がいいと思ったんだけど…。」
 「うん、そんな滅多にないことだったら、見ておいた方がいいよね。
  私のことは、気にしないで。また今度、付き合ってね。」
 「……いや…これは、ただの言い訳だ。…あのね…本当に、ゴメン…。
  いつも僕のわがままで、さんに寂しい思いをさせてしまって…。
  なのに、君はいつも許してくれるから、僕はつい甘えてしまうんだ。」
 「……!」

やっぱり、カズさんは優しい。
まったく見えてないと思ってた私の寂しい心も、ちゃんと見てくれてたんだ。
それに、自分がわがままだって、謝ってしまう…私が好きになったのは、こんなにも、優しい人…。

 「あのね、カズさん…私も、わがままを言ってもいい?」
 「え?…あぁ、いいよ…その…僕にできることなら、ね。」

意地悪するつもりじゃないの…ただ、カズさんの世界を、私にも見せて欲しいだけ。

 「私も、一緒に連れて行って。」
 「ええっ!?それは、構わないけど…で、でも、退屈かもしれないよ。
  僕も、夢中になってしまったら、あまり気にかけてあげられないかも知れない。」
 「じゃあ、他の人とお出かけしようかな?鷹島さんとか、付き合ってくれそうだし…。」
 「……!!」

カズさんは、私の言葉に僅かに眉をしかめて、絶句した。
私は携帯を手にとって、わざとカズさんに背を向けるように、メールしようとした。
すると、背後から覆い被さるようにして私の携帯を取り上げると、そのままグッと抱きしめた。

 「…ダメだよ…。それが、たとえ疾斗でも…僕は、嫌だよ。」

肩口に額を預けて、小さく呟くカズさんの声が、私の耳にダイレクトに響く。
カズさんの柔らかな髪が、首筋に触れてくすぐったい。
それ以上に、こんな試すような事をする私を手放さないでいてくれる、カズさんの気持ちが嬉しい。
ゴメンね、カズさん…私は、とても意地悪で…。
でもね…。

 「だったら、連れて行って。カズさんの、側に…。」
 「あぁ、さんのわがまま…きくしかないみたい。一緒に、行こう。
  だから、もう…あんなこと、言わないで。心臓に悪いよ…。」

カズさんは諦めたみたいに苦笑って、私を抱き締める腕に力を込めた。
私は、後ろからまわされた腕に手を添えて、小さく頷いた。

どこかに遊びに行くとか、出来なくてもいいの…そりゃ、行けたら嬉しいけど。
たとえ仕事でも、一緒に行けるんだったら、それでいいんだよ。
私は、カズさんが夢中になっているところを、見てるだけでも愉しいから。

でも、やっぱり…たまには一緒に、出掛けてね。
私のことだけ、見てくれるところへ。


END


<2006.6.19>

祝!初カズさん!
手は出さないだろうと思ってた「BACKLASH」
何故、突然手を出したかと言えば、廉価版とカズさん(笑)
それと、他のサイト様のSSの影響です(^_^;)
好きなんだよぉ…「影の立役者」的キャラと「メカニック」!
カズさんは、もろビンゴ!!
ということで、短期集中サイトっぽいですが、よろしくです。
作中の車関係エピソードは、
某走り屋さん漫画参照ということで…(苦笑)

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