久しぶりに、ゆっくりとした時間を過ごしていた。
最近は、本当に擦れ違っていた二人だから。
早いうちから決まっていた休日に、会えなかった時間を取り戻そうとするように、いろいろと予定を立てていたのに。
…今、私達がいるのは、カズさんの部屋の中。
窓の外は、白い結晶が風に舞い、街中をその色に染め替えていた。
「せっかく、久しぶりに出掛けられると思ったのに…。」
恨めしげに窓の外を眺める私に、カズさんが「しょうがないよ。」と苦笑いする。
昨夜から、この時期にしては珍しいほどの寒気がこの地域を覆い、朝、目が覚めた時にはもう、辺りは白く染まっていた。
急な雪の到来は、都会の交通管制を麻痺させる。
カズさんの愛車も、当然夏タイヤのままだ。
どのみち、このまま根付く雪ではないから、この日のためだけにタイヤを交換するのも大袈裟だし。
カズさんは別に気にしないって言うけど、私は休日にまで作業をさせたくはない。
今日は、久しぶりに植物園まで行ってみようと、計画していた。
少し肌寒くはあるけど、公園まで足を延ばしてゆっくりと散策するのも悪くないと、楽しみにしていたのだけど。
この天気では、それは叶いそうもない。
「私って、雨女で、雪女なのかなぁ…。」
「そう言えば、さんが見に来た日のレースって、雨が多かったかもね。」
クスクスと笑うカズさんの台詞に、私は項垂れて、深く溜め息をついた。
私にとっては、笑い事じゃないのにな…。
「でも、僕にとっては、さんは晴れ女だけど。」
「…どうして…?」
「さんは、僕の心をいつも晴らせてくれるからね。」
「……!」
どうしてこの人は、こうもサラッとこういうことを言ってしまうのか。
落ちてしまった気持ちが急浮上して、私は熱くなる頬を両手で覆った。
そんな私を愛おしそうに見つめて、優しく髪を撫ぜてくれるカズさんも、気まずそうに苦笑い。
「こっちに来てから結構経つけど、いつも冬は少し物足りなくて…。」
カズさんは、白い雪の舞う窓の外を見ながら、ポツリと呟いた。
隣に座っていた私は、どこか遠くを見ているような視線を向けるカズさんの横顔を、ぼんやりと眺めていた。
「僕の生まれ育った土地では、雪は生活の一部だったから。」
そう言えば、カズさんは秋田の出身で、冬は一面雪に包まれてしまう土地で暮らしていたんだ。
「これくらいの雪は、まだまだ序の口なんだけどね。」
その頃を思い出しているのか、懐かしそうに瞳を細める。
私と出会う前の、私の知らない、カズさんの思い出…私は少し、寂しく思う。
「雪との付き合いは、長いから。僕の除雪の腕は、相当なものだと思うよ。」
「こっちでは、披露できなくて残念。」そう言って、楽しそうに笑う。
私は、雪の中のカズさんも知らない…雪との関わりでさえ、私には敵わないように思えてくる。
…雪が、嫌いになりそうだ…私は、窓の外を見ないように瞼を閉じて、ただカズさんの肩に頭を預けた。
不意に、私の肩を抱くカズさんの手に、微かに力が込められた気がした。
ゆっくりと目を開けると、じっと私を見つめるカズさんの視線とぶつかる。
その瞳は、切なげでもあり、愛しげでもあり、どこか決意を秘めたような、そんな真っ直ぐな想いを感じた。
そして、彼の声が、静かに響く。
「さんは…雪は、嫌い?」
まるで、心の中を見透かされたようだ。
私のつまらない嫉妬心が、彼に伝わってしまったのかと思うと、恥ずかしくなった。
あの真っ白な雪にまでも張り合おうとする、こんな醜い心…自分でも、嫌になる。
カズさんの真っ直ぐな視線に、私は身体が竦んでしまう。
「いつか…できれば、近いうちに…見せてあげたいと……見てもらいたいと、思うんだ。
僕が、生まれ育った土地を…。僕という人間を、育ててくれた土地や、自然…深い雪も。
全部、僕の好きな…僕の大事なものだから…。」
「…カズ…さん…?」
「僕が大好きで、とても大事な君に…見て欲しいと思う。そして、好きに…なってもらえたら、って…。」
カズさんという人間を、大切にはぐくんでくれた土地…カズさんを形成するためには必要不可欠な要素。
その、とても大切な場所に、連れて行ってくれる?
今頃はきっと、一面白い雪に覆われているだろうその広大な土地へ、こんなにも狭い心でしか見られない私を?
「さんは、雪は、嫌い…かな?だったら…無理にとは、言わないけど…。」
何も言わない私に、もう一度確認するように、カズさんの優しい瞳が誘う。
最後まで、強引にはいかないところが、カズさんらしい。
必ず、私の逃げ道を作ってくれる、優しいカズさんらしい。
…行きたいよ…私も、見てみたい……カズさんが、生まれ育った、優しい土地を……。
「カズさんは、雪の扱いに慣れてるんだよね。」
「え?」
「じゃあ、私が雪に埋まらないように、除雪してくれるんだよね。」
「さん…。」
カズさんの両腕が背中に回り、私は暖かい胸の中に包まれる。
私が知らなかった思い出の中に、入り込めたらいいと思った。
隣で微笑んでくれるなら、きっと私はどこだって好きになれる。
「カズさんの好きな雪なら、私も好きになれるよ。」
「一緒に、行こう。僕は、君と見るあの土地が、もっと好きになれる。」
「除雪の腕の見せどころだね。」と言う私に、「御披露しましょ。」とカズさんが悪戯に笑った。
窓の外には、まだ融け切れない、白い雪。
END
<2006.12.5>
同じ北海道でも、雪の多い処と少ない処に住んでいる人は、
除雪の要領が違うものだと思うですよ。
都会育ちと雪国育ちなら、なおさらだよね。
当然、秋田出身のカズさんは、雪の扱いがうまいはず。
…という、ネタでした。
『雨女、雪女』なのは、オイラです…(^_^;)
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