※「あ〜わ 頭文字お題<台詞編>」より。
「何をしているの?」
背後からそっとかけられた声に、私は慌ててテーブルの上に覆い被さった。
今、これを彼に見られるわけにはいかないから。
「なんでもないの…ちょっと、仕事の関係で……。」
曖昧な笑顔で誤魔化す私に、まだ腑に落ちない顔をしながらも、彼は再び仕事に戻った。
彼は、私が側にいても、仕事や趣味に没頭してしまう人だ。
もちろん、完全に忘れているわけではないけど。
ただ、ほんの少しだけ、興味がそちらに偏ってしまうだけ。
だからといって、気付かれないだろうとこっそり何かを始めると、彼は鋭敏に感じ取る。
彼の側では、隠し事なんて到底できそうにない。
今、腕の下に隠したものは、実は伊達さんから打診されていたもの。
私が読者レポーターとして彼等を取材してから、伊達さんとは時々会うようになった。
そして、1週間ほど前に食事をした時に、ちょっとだけその話に触れたのだ。
『読者リポーター企画の第二弾の話が、持ち上がってるんだけど…。』
前回の企画が好評だったこともあり、できれば今回もやってみないか、とのことだった。
まだ正式な依頼ではないが、企画の概要と取材先の資料が送られてきたのは数日前のこと。
それを見た上で考えてほしいと連絡があり、私はその書類を見て唖然とした。
これは、果たして、引き受けていいものだろうか?
なにより、彼に知られても、大丈夫なのだろうか?
彼を知っている人ならば、みんな口を揃えて言うはずだ。
『彼に限って、そんな事ありえない。』
彼はおおらかで懐の広い人…そんな些細な事を、気にすることはないだろう…って。
でも、みんなは彼のこんな一面を知ることはない。
彼は、大袈裟なほどの心配性で、意外なほどの妬きもちやき。
例えチームのメンバーだとしても、二人きりで会ったりするのを嫌がるのだから。
私の前での彼は、これが普通…そして、こんなに気に掛けてくれるのが、嬉しいと思う私がいる。
それなのに、今、私の腕の下には、にこやかに微笑む男性アイドルグループの写真。
今度、別々の事務所に所属する一押しの若手タレントが、ユニットを組んでデビューすることになった。
その珍しいパターンのデビューは、どこの出版社も注目している。
そんな彼等に密着する、という今回の企画。
アイドルの取材に慣れている者でもなく、かといって、ファンによるミーハーなノリでは務まらない。
客観的に彼等を見ることが出来て、尚且つ読者目線で取材できる者…。
そこで、白羽の矢が立ったのが、前回の企画でレポーターを務めた私、だったという訳だ。
私が引き受けるなら、紙上での公募はせずにそのまま企画を起動する、とまで言ってくれている。
こんな私を、そこまで買ってくれている編集長や伊達さんの気持ちは、すごくありがたいと思うけど。
彼のことを思うと、この話をすんなりと受けるのは、躊躇われた。
大事なレースが控えているこの時期に、彼に余計な不安を与えたくない。
本音を言えば、少しだけ興味はあった。
自分の知らない世界を自分の目線で取材して、それをたくさんの人に知ってもらうことが出来る。
この充実感は、彼等が教えてくれた事。
また、あの時のような気持ちを感じることが出来るなら…だけど、それでは…。
どうせなら、もっと女性らしい特集ならよかったのに…。
逡巡する自分の気持ちに囚われていた私には、そっと寄り添う存在に気付くことが出来なかった。
「へぇ…格好いい男の子達だね。今度、取材する人?」
急に背後から伸ばされた手に、テーブルの上の資料は簡単に取上げられた。
いきなりのことに言葉も出せず振り向くと、じっと資料を見つめる彼の姿。
「ち、違うの!まだ、正式に依頼されたんじゃなくて…ただ、こんな企画があるって話だけで…。」
うろたえる私に視線を移して、彼は気まずそうに苦笑する。
私は、彼のこの表情を知っている…不安な気持ちを誤魔化そうとする表情だって。
「断ろうと、思ってたの!私には、きっと無理よ、アイドルの取材なんて…。だから…!」
「どうして?」
「…え?」
てっきり安心して喜んでくれるものと思っていた私は、彼の言葉に問い返すしかできなかった。
きっと、間の抜けたような顔のままで。
「断ること、ないじゃない?さんなら、大丈夫だよ。」
「でも…。」
真っ直ぐに見つめる彼の視線に、厳しさが混じる。
それは、私に向けられるというよりは、彼自身に向けられている様で。
「僕のことを…気にしているの?だから、断るって?
そんなことして、僕が嬉しいと…喜ぶと思っているの?」
心の中を、見透かされたようだ。
「そりゃ…あんなに魅力的な人達の中にいるさんのことを考えたら、すごく不安だよ。
だけど、僕のそんな独り善がりな気持ちで、君のチャンスを潰してしまうほうが、辛いよ。」
「…カズ、さん……。」
「僕は、君の邪魔をしたくて、側にいるわけじゃない。」
私の身勝手な思いやりが、彼を余計に傷つけていた。
彼に対する、酷い侮辱…彼の邪魔をしているのは、私のほうだ。
「…め…ん、なさ、い……。」
喉を詰まらせる後悔のしこりに、塞がれた声を無理矢理絞り出す。
きちんと言わなきゃ、いけないのに…これだけ言うのがやっと。
罪悪感に俯いていた私は、両肩に温もりを感じ、額に熱が触れ、思わず顔を上げる。
耳に届く、優しい声。
「謝らないで。さんにそうさせてしまったのは、僕なのだから。
本当は、そう言ってくれるのが、嬉しいと思うくらい。
ただ、これだけはわかってほしいんだ。
僕は、目標に向かって頑張っている、さんが好きだよ。
だから、僕のことなんて、気にすることはないんだ。
君がしたいと思ったことなら、僕は…応援したい。」
言葉とは裏腹に、その笑顔には憂いが込められて。
私は、彼にこんな表情をさせてしまうなら、今回の依頼はやはり断ろうと。
そう思い、口にしようとした矢先…。
彼はゆっくりと私の左手を取り、指先を掲げる。
私は、彼のその仕草を、じっと見つめていた。
すると、ポケットからおもむろに取り出したモノを、そっと薬指へと宛がった。
「何を…しているの?」
するりと指先を滑らせたモノ…それは、小さなリボンがデザインされた指輪。
中央の結び目の部分には、透明に輝く小さな石。
それは、彼等が肌身離さず持っている、大切なモノと同じ輝きを持っていた。
「これって……。」
「これは、僕の独占欲の証…好きにして良いって言ってるのに、矛盾してるよね?
でも、さんの事を引き止めておきたいのも、本音。
迷惑なら、外してくれても構わない。僕の、自己満足でしかないから。」
彼は、はにかみながら、透明な輝きに口付けを落とした。
薬指で光る、彼の所有物だという印。
小さなリボンで、私の全てを彼と結び付けて。
「これでもう君は、どこにいても誰といても…僕だけの…。
ほんの少しでも、そう、思わせて…。」
これで、もう私達は離れることはないんだね。
どこにいても、誰といても、私はあなたのモノだから。
数日後、私の前には、輝く盛りの彼等がいて。
彼等の輝きと同じくらい、左手のリボンが存在を主張した。
END
WEB拍手公開。<2007.9.13>
サイトUP。<2008.2.2>
WEB拍手から、繰上げ。
なんだか、独占欲の強いカズさんになってしまいました(^_^;)
さんの周りに男性陣がいる事に、耐えられないらしい。
そこで、最終手段のまるでプロポーズのような、指輪贈呈式というわけです。
ちなみに、取材相手は某純情少年です(笑)
自分だったら、思わず靡いてしまいそうですが…(苦笑)
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