「好きだ……好きだよ。」

息苦しさに離す唇ももどかしく、吐息と共に紡がれる言葉。
いつも穏やかな空気を纏うこの人の、どこにこれほど激しい感情が潜んでいるんだろう。
想いの全てを吐き出すように向けられる熱は、私を深く深く溺れさせる。

小さな不安。



今、カズさんは合宿中。
私達は、一日何通かのメールで繋がっている状態。
お互いに様子を伝え合って、それだけでも存在を確認できるのが嬉しい。
そりゃ、会えるのが一番なのは、当然のことだけど。

今朝、携帯に入っていたメール。
 【今夜、そっちに行ってもいい?都合が悪かったら、いいんだけど。】
そんな一言だけだった。
どうしたんだろう…合宿で、何かあったの?
今日は特に残業するような仕事の予定は無いから、大丈夫。
きっとカズさんは、仕事の愚痴なんて言わないだろうけど。
前にもこんなメールが来たことがあった。
その時の事を思い出して、とても不安になる。
でも、もう大丈夫だよね?あの時みたいに、辛い想いに苦しめられないよね?
まだ少し怖いけど、私はそのメールに返信する。
 【大丈夫だよ。何時ごろになるか、教えて。】

お昼休みに開いた携帯画面には、1件のメール着信が表示されていた。
 【ゴメンね。10時頃になると思う。】
たった、その一言だけの言葉に、私はカズさんがどれだけの不安を抱えているのか考えた。
勝手に速く脈打つ鼓動に、締め付けられそうになった。


私は仕事から帰ると、ハーブティーを用意した。
疲れが取れるようにローズマリーと、フルーティーな香り付けにレモングラスをブレンドして。
もらったハーブは、いつの間にかカズさんの部屋と同じくらい増えている。
甘酸っぱい香りに包まれて、ゆっくり呼吸を繰り返した。
大丈夫…もう、あの時みたいな曖昧な繋がりじゃない。

10時を少し過ぎて、独特の低音を響かせるカズさんの車が、私の前でスッと止まった。
街灯に照らされるパールの入った黒い車体を覗き込むと、カズさんは促すように助手席のドアを開ける。

 「少し…走っても、いいかな?」

そう言って力無く笑うのは、何か不安を抱えている証拠。
少しでもその不安を軽くしてあげたいのに。
何も言わないまま峠を上り、頂上の夜景の見える駐車場へと滑り込んだ。
照明を落とした広い駐車場に2、3台の車が止められて、各々が景色を楽しんでいるんだろう。
エンジンを切ってシンとした室内で、カズさんはふっと息を吐いた。
虫の声が、微かに聞こえるだけの、静かな時間。
しばらくは2人とも、小さな灯りがキラキラと瞬く景色を眺めていた。

 「ねぇ、カズさん。喉渇かない?お茶を淹れてきたの。飲んでみてもらえる?」
 「え?あぁ…ありがとう。」

俯いて黙りこくっているカズさんに、カップに注いだハーブティーを渡す。
少し香りを嗅いで、一口、口に含むと、やっと私を真っ直ぐに見てくれた。

 「おいしいよ、これ。ローズマリーだよね?でも、ちょっと香りが変わってる…。」
 「うん、流石だね。やっぱりわかっちゃうんだ。レモングラスを少し入れてみたの。
  どっちも疲れを取る効果があるから、いいかなって思って…。」

「気に入ってくれた?」と続けようとした言葉は、私の口から出る事は無かった。
カップをホルダーに収めて、伸ばされた両腕にすっぽりと包まれてしまったから。
抱きしめられるのは初めてでは無いけれど、やっぱりいつもドキドキする。
チームの皆と一緒にいる時は少し小柄に見えるカズさんも、その逞しさはやはり男性を感じさせる。

 「…さん……。」

小さく囁かれた自分の名前に、身体が反応する。
頬にかかる吐息が唇に届き、触れるだけの口付けを落とす。

 「…好きだ……。」

角度を変えて、徐々に深くなる口付けは、そのままカズさんの苦悩のようで。
髪や背中にかけられた手の温度が、熱く伝わってくる。
息を繋ぐたびに唇を離し、その合間に吐息混じりに囁かれる言葉。

 「好きだ…好きだよ………さん………。」
 「……ふ…ぅん……。」

堪らずにあげられた私の声に気付いて、それでも名残惜しそうに唇を離すと、カズさんは私を抱き締めた。
どうしたんだろう…何がカズさんをそれほど不安にさせているんだろう…。

 「…ゴメン、さん……ゴメンね…急に、不安になったんだ……。」
 「カズさん…私、何か不安にさせてしまったの?私には、何も出来ないの?」
 「違うよ。僕が勝手に、不安になっただけなんだ……。」


昂っていた気持ちも少し落ち着いて、カズさんはゆっくりと話しだした。

 「昨日…皆で話してたんだけど、話題がさんのことになったんだ。
  『久しぶりに、会いたいな。』って、疾斗が言い出して…ほら、最近は来られなかったでしょ。
  航河や加賀見さんにも『どうしてる?』って聞かれたりして…。」
 「そうだよね、最近、行ってなかったから…今度の走行会に、差し入れに行ってもいい?」

そう言うと、カズさんは表情を曇らせた。
もしかして、私が行っちゃダメなのかな?それが嫌なのかな?

 「カズさん?」
 「……さんには、来て欲しいけど……だから、今日…会いに来てしまったんだ。」
 「え?」

言い辛そうに言葉を詰まらせて、俯いたまま小さく呟く。

 「……みんな、さんに惹かれているから。もちろん、僕の側にいてくれるって信じてるよ。
  でも…みんなと仲良くしているさんのこと……考えたら、やっぱり不安になってしまって…。
  まだどうしても、自信が揺らいでしまうんだ…。」

前にも、こんなことがあったね…中沢さんとのこと、誤解されてしまった時。

 「安心して。みんなと仲良くしてても、私が一番大切な人は、カズさんだけだから。」
 「…ありがとう。僕も、さんが、一番大事だよ。」

お互いに言ってしまった言葉に赤面して、顔を見合わせて笑ってしまう。
私は、今日会ってからやっと笑ってくれたカズさんに嬉しくなった。


でもね、知らないでしょ?
今日のカズさんが私に向けてくれた感情に、とても安心したってこと。
私だって、カズさんの周りにいるカリナさんみたいに艶やかな女の人達に、ちょっと不安になるんだよ。

そう言ったら、また今日みたいに、安心させてくれる?


END


<2006.6.20>

もう、最初っから、何をやってるんだか…。
さらっと、流してやってください(苦笑)
はぅ…何も言えない…。
カズさんの車は、ゲーム中で落ち着いた色の車としか見て無いけど、
出来ればCIVIC typeR希望。
色は、ナイトホークブラック・パールで。
自分でいろいろと手をかけている設定がいい。
でも、峠を走ってるカズさんって、
あまりイメージ無いかもしれない…。

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