優しい誤解。



週末の夜、合宿中のカズさんからの電話をちょうど切ったところへ、再度着信が鳴った。
もしかして、カズさん、何か言い忘れたことでもあったのかな?そう思って画面を見ると、そこには意外な人物の名前があった。
なんだろう?と半分驚きながら電話に出ると、耳に飛び込んできたのはいつもの甲高い声。

 『ちょっと、!!あなた、もう少し彼氏の事を、ちゃんと管理しなさいよね!
  まさか、最近うまくいって無いとかじゃないでしょうね!!
  まぁ、カズさんの”のほほん”とした顔見たら、そんなことありえないでしょうけど!』

あまりの剣幕に、少し耳から携帯を離してみても、ちゃんと聞こえるところがすごいと思う。
しかも”のほほん”って…まぁ、そこらへんはあまり異論はないけど。
それにしても、いったいどうしたと言うんだろう?

 「こんばんは、カリナさん。なにか、あったんですか?」
 『なに、暢気な事言ってるのよ!…んもぅ!電話じゃ埒があかないったら!
  いいこと!明日の走行会、絶対に見に来なさいよね!』
 「う…ん…。わかった…。」
 『ホントに、わかってんの?まぁ、いいわ。明日、絶対だからね!』

そう言い切って、カリナさんは電話を切った。
どうしたんだろう?カズさんからの電話では、なにかあった様には感じなかったんだけど。
でも、カズさんはあまりそういう事は言ってくれないし…私には、言えないことなのかな?
だとしたら…ちょっと、きついなぁ…。
そんなこと思いながらも、久しぶりに皆さんに会うのだから、冷たいお茶でも差し入れしようかな、とか考えてる私は、カリナさんの言う通り暢気なのかもしれない。


次の日サーキット場に行くと、露出度の高い服装の女の人が入り口付近に立って私を待ち構えていた。

 「遅いわよ、!いい加減、待ちくたびれちゃったじゃない!」

何も言い返せないまま、私はカリナさんに手を引かれて、ずんずんピットの方へと引きずられていく。
でも、ちょっと待って!今の私は、記者でもなんでもない…部外者なんだから、そんなところまで行けないよ。
抵抗してはみたものの、それは無駄なことだった。

 「こんにちは〜、カリナ、応援に来ちゃいましたぁ!
  でぇ、そこで偶然会っちゃったんで、この子、連れて来ちゃったんですぅ!」
 「え?え?」

有無を言わさず腕を組まれて、無理矢理ずるずると引きずられてきた私は、心の準備もないままにみんなの前に引き出されてしまった。
一斉に、視線が集まる。

 「やぁ、久しぶりだね。さん。元気だった?」
 「オゥ…元気そうだな。」
 「じゃん!ひっさしぶりだな〜!」

記者の仕事を終えてからしばらくここに来ることが無かったため、彼等と会うのは本当に久しぶりだったけど、変わらず親しげに声をかけてくれる。

 「ご無沙汰してます。みなさんも、お元気そうですね。」
 「なんだよぉ、そんな他人行儀な言い方すんなよな!あんたはもう、俺達の仲間みたいなもんなんだからさ!」
 「あぁ、ゆっくりしていくといいよ。」

彼等が、忙しい準備の合間にかけてくれた言葉に、あの2ヶ月間のことが思い出された。
私にとって、あの2ヶ月はとても貴重な体験で…なんて、感傷に浸る間もなく、私はまたもや腕を引かれてしまう。

 「ちょっと、あんた、何やってんのよ!今日の目的は、加賀見さん達とまったりすることじゃないのよ!
  あ・れ!見なさいよ!!」

カリナさんが指差す方へと視線を向けると、そこには真剣な表情で車に向かっているカズさんと、そこに纏わり付くような女の子の姿。
豊満なバストを覆うだけのようなトップと、深くスリットの入った超ミニなスカートからのびるすらりとした細い脚。
あれが私服だって言うから、ちょっとびっくり。
高いヒールのパンプスに納まった長い脚を惜しげも無くさらして、カズさんに寄り添い甘ったるい声を出している。

 「ねぇ、カズさん…私、もう疲れちゃったぁ…。椅子出してよぉ。」
 「え…あぁ、椅子ね。…はい、これでいい?」
 「えぇ〜、こんなのしかないのぉ…ま、いっか。それよりぃ、喉が渇いたぁ!何か無いのぉ。」
 「うーん…今日はそれ程用意して無いんだけど…。」
 「じゃぁ、カズさんが飲んでるやつ、頂戴!それがいい!」
 「え!これでいいの?…うん、いいよ。」

どこかで、見た事あるよ…こんな場面…。
そして、どこかで聞いた事ある、この会話…。
私は、その様子を見ながら他人事のように憤慨しているカリナさんに、ちょっと苦笑する。

 「ちょっと、今の聞いたでしょ!」
 「うん…。」

車の整備を続けつつ、彼女の要求を聞いているカズさん。
相変わらず、気遣いの人だ。
自分が忙しいというのに、嫌な顔一つ見せないなんて…本当にいつまでも変わらないんだから。
その優しさが、どれほど誤解してしまうくらいの威力があるのか、ぜんぜん気付いて無い…。

 「最近、私もいろいろと仕事が増えたし、チームもちょっと名前が売れてきたでしょ。
  それでこのチームのレースクィーンに新しく入ったのがあの娘なの。
  悪い娘じゃないのよ…私の後輩なんだから…でもちょっと、限度をわきまえない、っていうか…。
  とにかく!カズさんもあんな人だしぃ、何だかんだいっても優しいじゃない。
  それをいいことに、言いたい放題なのよ。優しくされるのを真に受けちゃって…。
  この間、休憩中にさ…あの娘が話してるの…聞いちゃったから……。」
  
少し言いづらそうに、カリナさんは言葉を濁した。
いつもははっきりと言い切るのに、そんなに言いづらいのかな…私にとって、ショックな事なのかな…?
カリナさんにそんな顔されたら、すごい不安になっちゃうよ。

 「…何…?」
 「カズさんに限って、絶対にありえるわけないんだけどぉ…。
  『カズさんって、きっと私に気があるのよ!もう、私の言いなり、って感じ?だから、ちょっとお付き合いしてもいいかな、ってぇ。』
  なんて言ってるから…なんか鼻に付いちゃうのよね、そういうのって…。
  私、言ったのよ!カズさんには、アンタがいるんだ!って…。
  でも、自信たっぷりで、全然聞く気無いし…だから!が見せ付けてやんないと、あの娘、わかんないのよ!」
 「カリナさん…。」

以前、私が記者としてここに来たすぐの頃、カリナさんは私に対して敵対心をむき出しにしていた。
部外者の私に、チームのみんなはすごく親切にしてくれたけど、それがカリナさんには気に入らないところだったと思う。
チームのために今まで一生懸命サポートしてきた自分と、ポッとでてきた部外者の私が、同じように扱われるなんて認めたくなかったのかもしれない。
でも本当に仕事に対しては真剣で、私の仕事のことも認めてくれてるってわかったから。
それからの私達は、会うたびにけなし合いながら、それでも何となく仲良くなっていた。
今日、カリナさんが私を連れてきたのは、私のことも彼女のことも、心配してくれたんだってわかるよ。
そんなに気にしてくれるのって、私がカズさんの彼女だって認めてくれたから、なんだよね。
カリナさんも、カズさんに負けずに優しいよね。
私ってば、優しい人達に囲まれて、幸せモノだね。


 「あれ、さん!…どうしたの?昨日は来てくれるって、言ってなかったのに!まさか…何か、あったんじゃ…!」

いい加減、ピットの前で騒いでいた私達に気付いて、カズさんが仕事の手を止めた。
急に来てしまった私に、何かあったんじゃないかって、うろたえてる。
その横には、怪訝そうな顔をして私を見ている彼女がいる。
私が「なんでもない。」と言おうとしたのを遮って、カズさん達に背を向けたカリナさんが大きな声で叫んだ。

 「に、カズさんが女とベッタベタなのを見せてやろうと思って!
  だから、言ったでしょ?カズさんだってこんななんだから、アンタも今度の合コン、付き合いなさいよね!」
 「ええっ!ちょっ…ちょっと、カリナさん!!」

カリナさんの台詞に、私の方が動揺してしまった。
私とカズさんのことを知ってから、カリナさんはそういうお誘いはしなくなったはずなのに。
すると、いつから聞いていたのか背後から会話に加わってきたのは、オングストロームの面々。

 「そういうことなら、オレものった!ただ〜し!女性陣が、だけなら♪」
 「それじゃ、合コンになんてならないだろ?アホ!でも…それなら、俺も行く。」
 「お前達、いい加減にしろ。さんも困ってるだろう?だが、たまにはそれもいいかもな…。」

冗談か本気かわからないような会話が、私の背後で飛び交っている。
カズさんの笑顔も、ちょっと引き攣り気味だ。
横にいる彼女は、見たことも無い私に対するメンバーの態度に、あからさまに不機嫌な表情を浮かべた。

 「ねぇ、カズさん。あの人って、いったい何者?なによ!部外者のくせに、こんな所まで…。」

ツナギを引っ張って説明を求める彼女の言葉も、今の彼には届かない。
今の彼の視界には、メンバーに囲まれて着々と進行していく合コン(?)計画に、強制参加にされそうな自分の彼女しか映っていない。

 「なぁなぁ、いつにする?今日か?」
 「そんなに急じゃ、店もとれない…もっと、考えろ。単細胞…。」
 「なんだとぉっ!お前に言われたくねぇっ!」
 「やめないか、疾斗も航河も…。店なら、俺がどうにかするから…。」
 「さっすが〜!やっぱ、加賀見さんだよ!じゃあさ、やっぱ、今日だろ?もっちろん…カズさん、ぬ・き・で!」

そう言って、企むように瞳を細める鷹島さんや、加賀見さん達もカズさんに視線を向ける。
隣にいる彼女は、訳がわからないという顔をして、カズさんと私を交互に見ている。
カズさんが、すごく真剣な顔をして、私をじっと見つめた。
どうしよう…私がボーッとしてるうちにどんどん話は進んでて、もし簡単に「行ってもいいよ。」なんて言われたら、なんか立ち直れないかも…。
そんなこと考えているうちに、カズさんの視線が辛くなって、私は足元に視線を落としてしまった。


 「ねぇ、カズさん!ねぇったら……え!ちょっとぉ!!」

彼女の声に甘さが消えて、少し不服そうな声に変わった。
どうしたのかと顔を上げると、大きく息を吐き、縋り付いていた彼女を振り切ってこっちに来るカズさんが見えた。
カズさんは笑顔なんだけど…ちょっと、怖くないですか?

 「あの…カズさん、私……ふぇっ…?!」

ツカツカと歩み寄るとみんなに囲まれている私をグッと引き寄せて、私は変な声をあげてそのままカズさんに抱き寄せられた。
恥ずかしいよぉ、カズさん…みんなの視線が、痛い…。

 「だめですよ。さんは、僕のなんだから。せっかく電話で我慢してたのに…顔を見たら離したくなくなる。」

突然、なんて事を!
この状況や、カズさんの言葉に、顔が熱くなってきて…多分、真っ赤になってるだろう。
でも、鷹島さんの冷やかしや、加賀見さんや中沢さんの暖かい笑顔に、彼等も不器用な私達をずっと見守ってくれてると感じて、嬉しかった。
優しいカズさんの周りには、こんなに優しい人達が集まってくるんだね。
私も、その中に入れるといいなぁ。

 「なぁーんだぁ…その人が、カズさんの彼女なんだぁ。全然、普通じゃない。」

ほんわかしていたピット内の雰囲気に、彼女の呆れたような声が割って入る。
鷹島さんや中沢さんが、その台詞に反応して表情を歪めた。
それを制したのは、カズさんの言葉。

 「いいじゃない、普通って…。僕にとっては、それが一番だよ。
  それに…他の人がなんと言おうと、さんは、僕にとって特別だから。」
 「なに、それ!訳わかんない!誰にだって、いい顔してるくせに!」

彼女の反論に、カズさんは力無く笑った。
確かにカズさんって、みんなに分け隔てなく優しいから。
悪い言い方をするなら、そんな風に言われてもおかしくない。
でも反対に、そんな事出来る方がすごいって思うんだけどなぁ。
そこに、大きなため息が聞こえて、カリナさんがやれやれと言うように肩を竦めた。

 「なぁーんにもわかってないのね、アンタって。
  ちょっと優しくされたからって、気があるって勘違いしてたのは、アンタじゃない。
  だから、言ったのよ!カズさんには、この娘がいるんだって!
  私達に優しいのは、カズさんの普通なのよ。でも、彼女には違うの。
  そんなの、とっこしちゃってんだから…もう、見てらんないぐらい!」

まだ納得いかないように憮然としている彼女の腕をとって、カリナさんがピットから出て行こうとする。

 「加賀見さんの顔も見られたから、今日は帰りますねぇ。あ、は置いて行きますからぁ、後はよろしく!
  じゃあ、頑張ってくださいねぇ、加賀見さぁん♪今度、お食事連れてってくださいねぇ!」

彼女に言い聞かせていた時とはころっと変わった、いつもの高く甘えた声。
この場を和ませようとする、カリナさんなりの配慮。
私を連れて来た時と同じように、彼女に有無を言わせずにずんずん引っ張っていく。
私の肩に手を掛けていたカズさんが「ちょっと、行ってくるね。」と言って、彼女達の後を追った。
それも、カズさんなりの配慮…鷹島さんとか「ほっときなよ。」って言ってるけど、聞かないよね。
私はそんなカズさんに、苦笑を送ってしまうけど、何故か憎めなくて。
だって、カリナさんも言ってたけど…それが、カズさんの普通、なんだから。

****

まったく…なんでアタシがこんなことやってんだか…。
せっかくここまで来たっていうのに、加賀見さんとはたいした話も出来なくて、アタシの横には少し生意気な後輩がむくれてて。
結局は、がおいしいとこを持ってっただけ?
はぁ〜っ…いい加減、うんざりだわ、アタシのこのポジションって…。
でも、なんか放って置けないのよね、カズさんとって。
なんて言うの?本当に、見ててイライラするほどじれったくて…可愛いったらないわよ。
今時、こんな人がいるのか!って、びっくりしたわよ。
ブチブチとぼやいていると後ろから呼ばれた気がして、アタシ達は立ち止まった。
呼んでいたのは、ボヤキの原因の一人のカズさんで、アタシは溜め息が出た。

 「カリナちゃん…今日は、どうもありがとう。君がさんを連れて来てくれて、嬉しかったよ。
  それにね、僕の悪いところにも気付かせてくれて、感謝してるんだ。」

思わず和んじゃいそうな笑顔のカズさんにつられそうだけど、アタシはこれだけは言わなきゃと思ってた。

 「カズさん、全然わかってないじゃない!これが、ダメだって言ってんのよ、アタシは!
  がいるのに、どうして来ちゃうわけ?」
 「あぁ、そうだよね。でも、どうしても、伝えたくて。さんも、きっとわかってくれるから…。
  それと…君にも、謝らなきゃと思って。僕は、君に嫌な思いをさせてしまったみたいだから。ゴメンね。」

言われるまで気付かなかったと言わんばかりなカズさんと、複雑な顔してカズさんを見ている後輩と…。
アタシは、そんな2人を見て、軽い頭痛にこめかみをおさえる。

 「やっぱりダメだね、僕は…。これが、僕の悪い所だって、さっき気付かせられたばかりだっていうのに…。
  だけど、ダメな僕も、いい顔する僕も、そのまま受け止めてくれたのが、君の言う”普通”なさんなんだ。
  それだけでも、僕の”特別”で…だから、それを君にも知ってて欲しくて…。」

カズさんは申し訳無さそうに頭をかきながら、言葉を選んでいる。
それは、どれほど惚気るんだ!って言ってやりたいくらい、気持ちが一杯で。
ゴメン、…。
もう聞いてらんないから、アタシってばつい、虐めたくなっちゃうのよね…。

 「カズさ〜ん、惚気てるところ悪いけどぉ、早く戻んないとが攫われちゃうわよ♪」
 「え!じゃ、じゃあ、そろそろ戻るよ!カリナちゃん達も、気をつけて帰ってね。」

アタフタしながら、アタシ達を気遣うことを忘れなくて、ホントにわかってるのかすっごい不安…。
でも、こんなにうろたえるカズさんを見られるのは、が絡んでる時だけなんだよね。

…あなたやっぱり、もう少し彼氏の事を、ちゃんと管理しといた方がいいと思うわ。


END


<2006.6.26>

どんどん長くなっていく…(-_-;)
カリナさんとさんが仲良し、って感じにしたかっただけなんだけど。
オリジナルの娘には、可哀想な扱いをしてしまいました。
カズさんはだんだん、へたれていくし…。
さて、この後、さんは攫われてしまったのでしょうか?
それよりも、走行会はどうなったんでしょうか?
そして、オングストロームはこのままで、大丈夫なんでしょうか(笑)

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