わかりました

※「あ〜わ 頭文字お題<台詞編>」より。名前変換なし。


「わかりました…。」

何も言わず、俺の話に耳を傾けていた彼は、暫らくの沈黙のあと、ゆっくりと、短く答えた。
これは、一種の賭けに近かった。


彼の存在は、自分の耳にも入っていた…若いが、優秀なメカニックがいると。
確かに彼の調整するマシンは、レース毎のコースの状況を的確に読んでいる。
対戦相手ということも忘れるぐらい、マシンの走る姿に、音に、引き寄せられる。
彼が手懸けるマシンで、このコースを駆けてみたい…いつしか、そんな事を思うようになっていた。

彼の父親は、十数年ほど前の事故で後遺症を残すほどの酷い怪我をして引退した、有名なドライバーだった。
その血を受け継いだのか、彼がレースの世界に惹き付けられたのは、必然だったのかもしれない。
だが、それもある事故を境にして、距離を置くことになる。
彼だけの責任ではない…それでもこの世界から身を引いたのは、彼の責任感の強さと…父親の幻なのだろう。

その後、彼の名は、レースの世界から消えてしまった。


あるサーキット場で、観客席にポツリと座る、一人の青年が目に入った。
レース中だというのに、一瞬で流れる景色の中、彼の存在だけが目に焼きついて離れなかった。
たった数言、挨拶を交わした程度…自分の記憶が正しければ、間違いなく彼だ。
あとラスト数周、それまでそこにいて欲しい…俺は、切実に願った。
そして、レースを終えて観客席へ走った俺の視界に彼の姿を映した時、俺は自分の運に賭けた。

「岩戸くん…だよね。」

彼は、俯いていた顔を上げ、当惑気味に挨拶を返した。


俺のしようとしていることは、彼にとって迷惑でしかないのかもしれない。
せっかく癒えた傷を、再び拡げてしまうのかも…。
でも、ここに彼がいる現実が、俺を後押しした。

彼はまだ、レースの世界で、生きたいのだと…連れ戻さなければならないと…彼ならば、闘えると…。


「君は…今まで、平気だったかい?この世界から、離れて…。」

彼は、瞳を見開いて、ただじっと見上げている。

「俺はずっと、君が調整するマシンを敵にまわすのは、怖いと思っていたよ。
 いつでも、その状況に適応した走りをする。
 それは、ドライバーの腕だけじゃない…君の…メカニックの力があってこそだ。」

膝の上に組まれた両手を握り締め、彼が息を詰まらせる。

「どちらが欠けても、ダメなんだ…俺は、そう思う。
 信頼できるメカニックが作り上げるマシン、そのマシンに命を預けるドライバー。
 両方揃わなければ、速さなんて生まれない。」

今までの俺に、足りなかったもの…理論だけではどうしようもない、技術的な要素。

「俺は、君が作り上げたマシンなら、この命を預けられる…後悔は、しない。
 一緒に、走らないか?…俺には、君が必要なんだ。」

彼は瞳を揺らめかせ、噛み締めていた唇を微かに震わせた。
俺の意思は、彼に伝わったのだろうか?

その答えは…強い決意を瞳に込めて、静かに沈黙を破った彼の、たった一言の言葉。


「どうかしましたか、加賀見さん?」
「俺は、間違ってはいなかったと思うよ。」

怪訝な顔をして、調整に戻るカズ。

それが、俺とカズとの出会い。


END


WEB拍手公開。<2007.4.22>
サイトUP。<2007.8.1>

WEB拍手から、繰上げ。
勝手にカズさんBD企画(笑)
カズさんが、加賀見さんについて行こうと決めた瞬間…。
…に、なっていればいいのですが。
カズさんのBD記念に、拍手に置いてました。

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