※「あ〜わ 頭文字お題<台詞編>」より。名前変換なし。
「そんなに死にたいなら、一人で死ねばいい!」
オレはそれまで、彼のそんな激しさを見たことはなかった。
オレが峠で出会った天才的な走りをする男とチームを組んで程なく。
彼は、メカニックとしてオレ達のチームに連れて来られた。
レースの世界の中で、噂は聞いた事がある。
若いのに、的確なセッティングをする、将来有望なメカニックの存在。
だが、ある事故を境に、その噂はプッツリと途絶えた。
まさか、目の前にいるこの彼が噂の主だなんて、最初はわからなかった。
名を知られるほどの腕を持っていながら、決して慢心することはない。
彼は、呆れるほど実直で堅実、いつも笑みを湛えた穏やかな人柄だったから。
だからオレは、彼がそれほどの激しさを持ち合わせているとは、思っていなかった。
そのレースは、最初から調子が悪かった。
いくら踏み込んでも、前に出られない。
オレは徐々に焦りを感じ、それは無理な走りへと繋がっていく。
インカムからは、落ち着いて立て直せ、という声が響く。
それが余計に、オレの焦燥を駆り立てる。
一瞬の、ミス、だった。
マシンは壁に弾かれて、それきりオレの意識は途絶えた。
気が付いたのは、白い壁に囲まれたベットの上。
傍らで、ホッと息を吐く彼の姿。
あぁ…オレは、あんな無様な走りをした挙句、惨めにも生き延びている。
そんな暗い考えが頭の中を占領して、思わず口を吐いて出た…。
「死んで…しまえばよかった、のに……。」
驚愕に息を詰める彼の気配を、側で感じた。
僅かの沈黙のあと…微かな彼の声。
「死ぬなら、一人で死になさい…。」
「…え?」
吐息のように、聞き取れないほどの微かな声に、思わず聞き返す。
すると、いつになく鋭い視線を放ち、彼が再び口を開く。
「そんなに死にたいなら、一人で死ねばいい!
せっかく、マシンが身代わりになってまで、君の命を守ってくれたというのに。
それが不満なら、君一人で逝けばいい!」
「な…!」
「僕は、ドライバーの命を預かるマシンを、蔑ろにするような奴は認めない!
マシンが君達を守るように、僕がマシンを守る!
それは同時に、僕が大切な君たちの命を預かっているという、証だ!」
「………。」
「……だから…そんなに簡単に、死ねばよかったなんて…言わないで…。
僕は、もう二度と、誰も失いたくは…ないんだ…。」
彼は声を震わせて、辛そうに瞳を歪めた。
まるで、自身が傷を負ったような、痛々しい表情で。
これが、彼のメカニックとしての真情なのだと、痛感した。
速さはドライバーのテクニックで極められる…今までオレはそう思っていたけれど。
それが間違いだと、彼に教えられた気がした。
「どうしたの、航河?」
「お前を、怒らせたくはないと思ってた。」
怪訝な顔をして、調整に戻るカズ。
それが、オレとカズとの出会い。
END
WEB拍手公開。<2007.4.20>
サイトUP。<2007.8.1>
WEB拍手から、繰上げ。
勝手にカズさんBD企画(笑)
カズさんの激しい一面を、垣間見る航河…。
航河が、カズさんの調整するマシンに、安心感を感じてくれるといい。
カズさんのBD記念に、拍手に置いてました。
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