その日、目覚めると外は一面の白い雪で覆われていた。
なんだかガラにも無くワクワクして、私はいつもよりもずっと早く、学校へと向かった。
だって、その白い雪に、一番最初に足跡を残したかったから。
そんな子供っぽい感情を一杯にして、私の後ろにポツポツと足跡が付いてくるのを、時々振り返りながら歩いた。
気が付けば、私の足跡の前に、違う足跡が残されていた。
学校までこのまま一番乗り、という私の密かな野望は、儚く散ってしまった。
悔し紛れに、この足跡を踏みつけてみる。
でも私は、その足跡を消すことが出来なかった。
私の足よりも遥かに大きな足跡の中に、すっぽりと納まってしまったから。
次の一歩へと足を伸ばせば、私にとってはかなり大股で。
間違いなくこれは、男の人の足跡だろうと思った。
少し跳ねるようにして、私はその足跡を追いかける。
一体、どんな人なんだろう。
大きくて、長い脚。
軽く外に向けられたつま先が、真っ直ぐに前へと進む。
きっと背が高くて、背筋をピンと張り、しっかりと前を見て歩く人だろう。
この足跡の人物は、私の中では、もうすっかり特定の人物に置き換えられていた。
それは、私がこっそりと秘めている、想い。
学校へ行くには、大通りを渡らなければならない。
道路は、行き交う車の熱で、雪は姿を消していた。
横断歩道で、この足跡が途切れてしまうのは、わかりきったこと。
私はそれがひどく残念に思えた。
たった、十数メートルだけ、同じ道を歩いた、彼の足跡。
お別れは、もうすぐ。
足跡を辿ってずっと下を向いていた私の視界に、見慣れたチェックの柄のスラックスが見えた。
私が辿る足跡は、その彼から続いている。
足跡の彼が、目の前にいる…!!
私は、視線をあげるのがちょっと怖かった。
彼がこちらを振り向いて、目があったりなんかしたら…。
もし、自分の足跡を辿ってくる変な娘だ、なんて思われたら、どうしよう。
私の思い画いた人かどうか確認してもいないのに、そんなことを考えて。
さり気無く、足跡から横に反れる。
車は、横断歩道を明け渡すように、動きを止めている。
信号は変わったはずなのに、彼は渡ろうとはしない。
このままじゃ、私は彼に追い着いてしまう。
「おはよう、さん。今日は随分、早いんだね。」
不意に頭上から、雪のように柔らかく降ってくる、声。
思わず、俯いていた顔を上げるとそこに、アッシュグレイの髪が見えた。
私は一瞬、雪を積もらせているのかと、錯覚した。
「朝、起きたら、外が真っ白だったでしょ。
なんだか、嬉しくってさ。俺も、少し早く家を出たんだ。」
微かに白くけぶる息が、彼のにこやかな笑顔から零れる。
足跡の彼は、私が思い描いた彼で。
こんないきなりの偶然に、私は何も言えないまま。
「…って、さんは、違うよね。
なんか、一人で浮かれてるね、俺…。」
そう言って、照れたように苦笑う彼。
信号は、私にチャンスを与えてくれるように、いつの間にか私達を引き止めていた。
私も同じように感じたんだって、ちゃんと伝えなきゃ…深呼吸して、大きな彼を見上げる。
「私も…。」
「ん?」
「まだ、誰も歩いてない雪道を、歩きたかったの!」
ちょっと吃驚して私を見た彼が、クスッと笑みを漏らした。
「よかった…。同じこと、考えてたんだね。俺たち…。」
お互いに顔を見合わせて、声を上げて笑う。
信号は再び車の波を止めて、私達は一緒にゆっくりと渡った。
まだ、誰も歩いていない白い道を、私達は並んで歩く。
もう私は、俯いて彼の足跡を辿ることはない。
同じ道を歩く私達の後を、並ぶ2人の足跡が付いてくる。
END
<2007.1.26>
文中に「彼」の名前は出てませんが、ちょたということで。
雪が降ると喜ぶ、わんこちょた。
余談ですが、北海道では大雪が降ると除雪が間に合わなくて、
歩道を歩くには前の人の足跡を辿らないと、埋まります(ーー;)
甘さの欠片もない…(苦笑)
戻る