生まれてきてくれてありがとう

※「あ〜わ 頭文字お題<台詞編>」より。


どうにも朝から、落ち着かない。
それは、カバンの中にある贈り物の所為。
まさか、自分からこれを用意する日が来ようとは…。
その小さな包みを持っているというだけで、胸がドキドキして。
誰も見るはずないのに、私はカバンのずっと奥にそれを隠した。

私に初めての彼氏が出来たのは、バレー部だった私の夏が終わってしまってから。
これまでは部活中心の生活で、あまり男子に興味も無かったし。
標準よりも”ちょっと”身長が高かった私と、並ぼうとする男子もいなかった。
(どうやら、女としては見られなかったらしい。)
彼氏なんてできるわけない、と諦めていた私の前に、颯爽と現れたのが鳳くんだった。
彼のことは、跡部達の後輩だって知ってたけど、それほど親しく話をすることは無かった。
そんな彼と付き会うことになるなんて、自分でも驚いているくらいだ。
付き合い始めたといったって、いつも宍戸や跡部達が一緒だったから、あまり実感はない。
今までの延長みたいな感じで、もしかしたら私の勘違い?…なんて、思うくらい。

毎年の事ながら、朝からテニスコートはすでに人だかり。
朝練からこの調子では、彼等が一日中逃げ回る事は目に見えている。

例え、彼女がいたとしても、彼女達は鳳くんに渡そうとするだろう。
私が鳳くんの彼女だなんて、認めてないのかもしれない。
私では、鳳くんに釣りあわないと思われてるかもしれない。
そんなの、自分が一番わかってるけど。

初めての彼氏は、実は非常に人気者だったと、今さらながら思い知る。
私のドキドキは、一気にクールダウンした。
この小さな包みは、このままカバンの奥に沈んでしまいそうだ…。

私は、ずっとこの日に無関心だったことを、今になって後悔していた。


休み時間になると、跡部達テニス部はいつの間にか教室から消えていた。
女の子達が彼等を探している声が、廊下から聞こえてくる。
教室に残っている男子は、呆れややっかみ半分の複雑な顔で、その様子を眺めていた。

不意に、バタバタとかなりの人数の足音が響き、勢いよくドアが開かれると…。

先輩!」

聞き覚えのある声。心地いい響き。
声と共に飛び込んできた彼は、私の席まで真っ直ぐ駆け寄ると、そのまま私の手を引いた。

「行きましょう。」
「え?…え?」

何が起きたのかわからずに、私は彼に手を引かれるまま、教室を出た。
後ろから追いかけてくる彼女達が、すごく一生懸命で。
彼等は毎年こんな風に逃げていて、彼女達は毎年こんな風に彼等を追って。
今の私は、両方の気持ちがわかってしまい、すれ違う気持ちが可哀想だと思った。


お互いに走ることには慣れていて、追ってくる彼女達から逃げ切るのは容易だった。
辿り着いたのは、特別教室棟の個別練習室の前。
「ちょっと、借りちゃいました。」と、悪戯っぽく笑う鳳くんの手には、この部屋の鍵があった。
たまに、ここでバイオリンを弾いている鳳くんなら、先生も信用してるんだろう。

もともとこの棟は授業で使うことは無く、防音も行き届いているため、外の音は完全に遮断された。
久しぶりに本気で走った私の、少し荒れた息遣いだけが響く。
残りの授業は、サボり決定かなぁ…なんて、息を落ち着かせながら考えた。

「すいません、先輩…巻き込んじゃって…。」
「え?あぁ、いいよ、別に…。ちょっと、ビックリしたけどね。」

シュンとうなだれる鳳くんが、窓際の壁にもたれて腰掛けた隣に、私もそっと腰掛ける。

「オレ…彼女がいるから、貰えないって…ちゃんと言ったんですけど…。
 なかなか聞いてもらえなくて、あのザマです…。」

「情けないです…。」と、俯いた鳳くんは、静かな声で、不甲斐なさを悔いるように呟いた。
やっぱり…彼女達にとっては、私の存在なんて取るに足りないものなんだ。
それはきっと、彼女達の気持ちは、私なんかじゃ揺るがないって事で。
そんな人を、独り占めしてしまって、いいのかな?と、思っていた私に、鳳くんの声が飛び込む。

「それってオレが、先輩の事を彼女だって、皆に思わせられなかったからですよね。
 だから、先輩がオレの彼女だって事、ちゃんとわかって貰わなきゃって…。」

すっと上げられたその顔は、さっきまでの悔しさに歪められた表情ではなかった。
怖くなるくらい真剣で、私の弱気な心を振り払うほどの強さを感じて。

「それに今日は、少しだけ先輩に近付いた日だから…。」

今日、鳳くんが追われる理由…。
女の子が気持ちを込めたプレゼントを渡すイベントに加えて、今日は彼が生を受けた日。

「オレももっと、しっかりしなきゃいけないと、思ったんです…けど……。」

何も言わない私に、鳳くんはまた少し不安な表情を浮かべた。
本当は、私が一番にお祝いしてあげなきゃいけなかったのに。
朝から女の子達に囲まれてるのを見て、私は引け目を感じてしまって…。
しっかりしなきゃいけないのは、私の方だ。
鳳くんの人気が並じゃないことは、最初からわかってたはず…。
それを知ったうえで、私は彼の側にいたいと思ったんだから。
彼は、私といてくれると、言ってくれたんだから。

「鳳くん…。」
「は?!…はい…。」

所在無さげに眉尻を下げた彼が、弾かれたように視線を向けた。
…今日この日、彼にこんな顔させるなんて、私って最低だ。

だから。
いつも真っ直ぐな視線を向けてくれるあなたに、感謝の気持ちを。

「生まれてきてくれて…私と出会ってくれて、ありがとう……。」
「あ…ありがとうございますっ!どんなプレゼントよりも、一番嬉しいです!」

喜色満面に綻んだ表情が、眩しくて。
顔を見合わせて笑いながら、そっと触れた手を握り占めた。

「生まれてきてくれてありがとう…鳳くん。」


END


WEB拍手公開。<2007.2.20>
サイトUP。<2007.5.17>

WEB拍手から、繰上げ。
ちょたBD記念でした。
この主人公は、タカさん夢の主人公とお友達…。
なんて、裏設定が密かにあったり(^_^;)
今さらだけど、おめでと♪ちょた。

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