今日も鳳先輩は、あの瞳で見つめている。
暖かい、優しい視線を向けている。
決して傍には行かないで、遠くから愛しむ様に。


遠くから見守る

※「素直になれない愛情表現 10のお題」より。


 「鳳先輩は、先輩のこと、好きですよね。」
休憩でベンチに腰掛けた鳳先輩にドリンクとタオルを手渡しながら、私は横に立って本当にさり気なく言ったつもり。
遠くを見つめていた鳳先輩が、一瞬、瞳を見開いて、ゆっくりと私の方に振り向いた。
 「…どうして…そう、思うの?さん…。」
冷静さを装いつつも、瞳は動揺を隠していない。
鳳先輩って、本当に感情を隠せない人だなぁ、と思った。
 「鳳先輩を見てたら、わかります。」
私の言葉に、鳳先輩の表情から、焦りが見えた。
そして、額に手をあてて苦笑する。
 「…まいった、な…。もしかして、みんな……。」
鳳先輩が何を心配しているのかはわかる。
私はその言葉を遮って、周りには聞こえないように囁いた。
 「多分…知ってるのは私だけです。」
横で、本当に安心したように、安堵の息をこぼす鳳先輩。
でもこの言葉の意味には、気付いてないよね。
 「誰にも、言わないでね。これは、隠さなきゃいけないことだから。」
苦笑する先輩から、思い切り寂しい気持ちが溢れているのを感じた。
それは、私にまで染み入ってきて、私の心を寂しくさせた。
 「わかりました。」
それだけ言った私に、鳳先輩は俯いて、小さな声で「ありがとう。」と呟いた。

先輩は、私が尊敬する大好きな先輩だ。
この200人を超える部員数を誇る男子テニス部の頂点に立つレギュラー部員。
その人達をサポートするのが、レギュラーマネの仕事。
レギュラー部員はアイドルのような人気で、マネージャー希望者も彼等目当てが多かった。
でも、その仕事は並大抵の事じゃなくて、もっとも過酷な仕事だと思う。
マネージャーで入部した同じ1年生の娘達は、仕事のきつさにほとんど辞めていった。
平のマネージャーだった私を、レギュラーマネに推薦してくれたのが、先輩だった。
卒業してしまう先輩の後任として、仕事を叩きこんでくれているのも先輩。
私は先輩のそばにずっといたから、遠くから送られる視線にも気付いてしまった。
そして、その視線が決して届かないことも、気付いてしまった。
だって、先輩には、大切な人がいる。

 「自分でも…どうしようもないって、わかってるんだけどね。」
独り言のように呟く鳳先輩。
 「でも…こういう気持ちって、どうにもならなくて…。不毛だよね。」
自嘲気味に笑う鳳先輩が、本当は泣いているように見えた。
そうですね…こういう気持ちって、届かないとわかってても、どうにもできないですね。
それは、私が一番知っている…届かない視線は、鳳先輩だけじゃない。
 「じゃあ…そんな不毛な恋をしている人を好きになった私は…もっと不毛な、恋をしてるんですね。」
一番不毛な恋をしているのは、鳳先輩じゃなくて、私。
届かなかった鳳先輩の視線に気付いた私、私の届けられない視線に気付かない鳳先輩。
これだって、隠さなきゃならない気持ちだったのに。
 「……………え?」
驚愕の色を浮かべる瞳が、まっすぐ私を捉えた。
どうしてこの人の瞳は、これほど素直に感情を現すんだろう。
 「え?」
私は首を軽く傾げて、ワザと聞き返した。
 「え〜〜〜〜!」
急に大きな声をあげた鳳先輩に、練習中の部員の視線が集まる。
 「何、サボってやがるんだ、お前等!校庭10周!」
跡部部長の重低音な怒声が、コートに響いた。
 「ま、待ってください!跡部部長!彼女は…!」
 「なんだ、まだ走り足りないのか…つべこべ言わねえで、とっとと行きやがれ!」
私を庇う鳳先輩の言葉は、もちろん部長に聞き入れられる訳が無い。
驚いた先輩が、仕事の手を止めてこっちを見ている。
私達は、そんな視線達を避けるように、校庭へと駆け出した。

校庭を走りながら、鳳先輩は何かを言いあぐねている様で。
何を言いたいかは想像がつく…黙ったまま走る私の横を、同じ速さで走る先輩。
自分のペースで走れないのは一番キツイはずなのに、わざわざ私のペースに合わせる鳳先輩は、本当に優しい人だ。
私は、そんな先輩を好きでいるだけで、充分だった。
 「あの…さん…。さっきのことだけど…。」
鳳先輩が、やっと重い口を開く。
あぁ、とうとう終わっちゃうんだ…私の不毛な恋…。
私は荒い呼吸のまま、何も言えずにただ走る。
 「今すぐは…無理だと思うんだ…。…そんなにすぐに…気持ちを切り替えるなんて、できない…から。」
どういう意味だろう…鳳先輩は、何を言ってるんだろう。
酸素が不足している頭じゃ、理解するのに時間が必要。
 「でも…俺も、このままじゃいけないって…思ってて。…俺も…振り切らなきゃいけないって…。」
私自身、体力があるわけでもなく、だんだんと上がる息に、もつれそうになる足に…。
鳳先輩の声だけ、頭の中で何度もリフレイン。
 「もう少し…時間をくれないかな。さんが…まだ…俺を見ていてくれるなら……。」
 「…え?」
半分ほど走ったところで、鳳先輩は私を止めた。
 「君の分の残りは俺が走っておくから、君はどこかで休んでるといいよ。」
そう言って、私に何も言わせないまま、また校庭へと駆けだしていく。
今までとはペースがぜんぜん違う…私に合わせて無理をしていたんですね。
本当に、優しい…やっぱり、私には、この不毛な恋を終わらせるなんて、無理。

跡部部長達3年生が引退し、日吉先輩を部長に新たな氷帝テニス部が始動する。
鳳先輩が日吉先輩と共に氷帝テニス部の主軸を担う頃、私もなんとかレギュラーマネとして独り立ちした。
今の鳳先輩の背中は、以前よりもずっと大きく見える。
でも、あの遠くを見つめる瞳は、相変わらず暖かく、優しい。
遠くから、愛しむような視線は変わらない。
 「さん、今、いいかな?」
ラリー練習を終え、休憩を取るためにベンチ脇に来た鳳先輩が、私に声をかけた。
頷く私に困ったような笑顔を浮かべて、並んで座るように促した。
 「前に、言ったよね。時間をくれないか、って。あれはまだ、有効かな。」
 「どう、思います?」
お互いに前を向いたまま、視線も合わせずに会話する。
それなのに、今、鳳先輩がまた困った顔で笑ってるのがわかる。
 「あれから…俺も君を見てたよ。誰にも気付かれなかった俺に、気付いた君を…さ…。」
鳳先輩の膝の上に組まれた手は、ぎゅっと握られている。
 「それで…その…君はまだ、不毛な恋をしていると…思ってる、かな…。」

私はいつも、鳳先輩が遠くを見つめているのを知っていた。
だって、ずっと鳳先輩を見ていたから。
 「もう、不毛な恋じゃ、ないです…よね?」
 「うん…君次第、だけど。」
だから、私に向けられた視線にも、気付いてしまった。
その視線は、暖かくて、優しくて。
いつでも遠くから見守ってくれる、愛しむような視線。
 「多分、知ってるのは、私だけですね。」
隣で笑う鳳先輩の瞳から、暖かい気持ちが溢れてくる。
それは私にまで染み入って、私の心も暖かくさせた。

END


<2006.1.17>

ちょたのヒロインは、年上って感じだったけど、
珍しく年下ヒロインです。
ちなみに、先輩の大事な人は、宍戸だったりする。
何も触れられなかったけどね(^_^;)

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