最高の受難日



今日は朝から、女の子達の気合が違う。
毎年この日は、テニス部レギュラーにとっての受難日だった。
今年も例年に習い、レギュラー達は朝からひたすら逃げ回り、当然部活も自粛される。
跡部なんて学校自体休んでるし、先生も容認しているというところが流石と言うべきか。
それでも諦め切れない女の子達の矛先が、関係者へと向けられるのは仕方ないのかもしれない。
レギュラーマネージャーの私の許には、そんな彼女達の想いのこもった贈り物が集まってしまう。
それはきっと、彼女達にとって納得のいかない事ではあるだろうけど。
だって、こういうものはやっぱり本人に直接渡したいものだし。
そんな気持ちをひしひしと感じながら、私は事務的にそれを引き継ぐ。
でも、持ち切れない想いを寄せられる彼等の気持ちもわかるから、私の胃は朝からキリキリと痛んだ。
まったく、私にとっても今日という日は受難日だ。
そして、ここにも今日最大の受難を被った人物が一人。
ピアノが置かれた以外は何もない、防音処置を施された個人レッスン室。
そのピアノに凭れるように、静かな寝息をたてている彼…テニス部レギュラー2年、鳳長太郎。
整った顔立ちに穏やかな性格、長身で均整の取れたスタイルと、元々好かれる要素は兼ね備えている。
彼が2年でレギュラーになってからは、その人気は飛躍的に伸びた。
噂には聞いていただろうけど、実際に体験する女の子達の迫力には、驚いたに違いない。
自分のためにと差し出されると断り切れなくて、つい受け取ってしまったのが悪かったのか。
すっかり囲まれてしまって、身動きが取れなくなったらしい。
そんな彼を見るに見かねた宍戸に、ここに匿われていたのだ。
宍戸から話を聞いた私が彼の様子を見に来たのは、HRが終わってすぐだった。
女の子達に囲まれちゃうなんて、まだまだだなぁ、と思うけど、それが彼の優しさなんだろう。
そして、そんな彼の優しさに惹かれているのが、ここにも一人。
私が朝から預かっている贈り物の中には、当然彼宛の物もあって、私の胃痛の原因でもあった。
こんなに人気者になってしまった彼は、もう私が気軽に頼れるような彼ではない気がして。
本当は、こっそり用意していた、今日のためのプレゼント。
私と同じような気持ちをいっぱい受け止めて、こんなに疲れてしまった彼に…渡せるわけない。
そのことに、今日とうとう気付かされてしまった。
規則正しく上下する肩に、そっと手を触れる。
手から伝わる彼の体温が、そのまま彼の暖かい心のようだった。
 「ごめんね、鳳君。今だけ甘えさせてね。私…いつも私が困ってる時に、助けてくれる鳳君が…。
  鳳君が……好きだったよ。でも、もうこんなにたくさんの人に、注目されるようになったんだね。
  いつまでも、私が頼ってちゃダメだよね。もう、頼らないように…頑張るから…。」
 「…前にも、言いましたよね。先輩は、頑張りすぎだって……。」
突然の声に驚いて離そうとした私の手は、一回り大きな彼の手に包まれていた。
 「それに、俺が助けてしまうのは、多分、先輩だけです。」
 「いつからっ…!」
私の疑問に答えずに、鳳君は真っ直ぐ私を見つめる。
 「まだまだレギュラーでは下っ端の俺を、支えてくれたのは先輩です。
  しっかりしてるかと思えば、無理して一人で仕事を抱え込んで、放っておけないのも先輩です。
  だから俺は、いつも見ていた…何かあったら、そばにいられるように。」
 「鳳…くん?」
 「俺は、先輩がいつも頼ってくれるのが、嬉しかったんですよ。」
鳳君は視線を手元に落とす…いつの間にか、私の手は彼の両手にしっかりと包まれていた。
微かに震えているのは、気のせいじゃない。
 「ねぇ、先輩…今言ってくれた事は、もう過去形ですか?でも…俺は……先輩が好きです。」
え…?どういう、こと?鳳君は、こんな冗談を言う人だった?
…違う。彼は、こんなこと冗談で言う人じゃない。
動揺して何も言えない私を、彼はゆっくりと見上げた。
 「もし過去形だとしても、今日は聞きたくない…誕生日にフラレちゃうなんて、惨め過ぎます…。」
そう、彼が今日最大の受難日だったのは、バレンタインに加えて今日が彼の誕生日だったから。
 「ねぇ、鳳君…私はまだこの気持ちを、持っててもいいのかな?」
 「あ!当たり前です!」
それまでしゅんと項垂れていた鳳君が、大きく何度も頷いた。
その変わり様がなんだか可笑しくて、2人で顔を見合わせて笑いあった。
外はすっかり紫色に染められて、校舎に残っている生徒の気配もまばらになっていた。
そろそろ、ほとぼりも冷めた頃だろうか。
そっと廊下を見渡して、人気のないのを確かめると、一気に玄関まで駆けだした。


帰り道で、鳳君が照れくさそうに頭をかきながら話してくれた。
 「俺、本当は…先輩が、今日誰かにチョコをあげるんじゃないかって…。
  そんなことばっかり気にしてたから、逃げ遅れて囲まれちゃって…。
  宍戸さんに、感謝しなくちゃ。今日は、最高の誕生日です!」
鳳君が本当に嬉しそうな笑顔を向けてくれたから、私はカバンの中のプレゼントに手を触れた。
これをみたら、鳳君はどんな笑顔を見せてくれるだろう。
 「鳳君…これ、受け取ってくれる?」



END


WEB拍手公開。<2006.2.18>
サイトUP。<2006.4.11>

WEB拍手から、繰上げ。
ちょたBD記念のSSでした。
どうしても、ちょたBDとバレンタインは、
切り離せないイベントですね。
それにしても、名前変換必要ないかも…(^_^;)

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