縮まらない時間



俺には、5歳年上の彼女がいる。
きっかけは、駅で彼女が落とした定期を俺が拾ったこと。
走る彼女を追いかけて、声をかけたらナンパと間違えられて、余計に逃げられて。
こんな時、部活で鍛えた脚が役に立ったと実感した。
やっと、彼女が誤解を解いてくれたのはよかったんだけど。
今度は誤解したことと拾ってくれたことの、お礼やらお詫びやらを必死になって続ける彼女に、俺は…。
気付いたら、離れたくなくなってた。
俺は、一目ぼれなんて、信じて無かった。
その人のこと、よく知りもしないで「好き」なんて、言えないと思ってた。
でも、そういうことも、あるんだな。
お礼をさせて、という彼女の親切心に付け込んで、俺は次に会う約束を取り付けた。
俺って、こんなに狡猾な人間だったのか。

約束の日、約束の時間…初めて会った駅に彼女は待っていた。
定期を見てわかってたけど、彼女は社会人1年生…俺よりも、5歳年上。
中学生との約束を真に受ける訳ないって、半分は期待して無かった。
でも、彼女はあそこで待っていて、俺の姿を見つけると笑顔で駆け寄ってくれた。
 「鳳くん…よかった、来てくれて。」
 「スイマセン、さん。ちょっと、遅れちゃいましたね。」
嘘だ…本当は、少し前からあなたを見てたんだ。
一日、彼女と一緒に街を歩いて、彼女の仕事の話や、俺の部活の話をして。
お互いに共通する話題なんて無いのに、お互いの事を知りたい欲求に駆られる様に。
それは、本当に偶然だった。
会話の中で、彼女は特に付き合っている人はいないっていうのを聞いて。
今日、一緒に歩いている俺達は、周りから見たら恋人同士に見えたのかな?なんて笑顔で言うから。
その時、俺の口からは、思いがけない言葉が飛び出していた。
 「さん、もし迷惑じゃなかったら、これからも俺の隣を歩いてくれますか?」
きょとんとしている彼女を見て、俺は後悔した。
急に、何てことを言ってしまったんだろう。
彼女と視線を合わせるのが辛くて、俺は顔を背けてしまった。
そこに、彼女の躊躇いがちな声が聞こえた。
 「いいのかな…鳳くんから見たら、私なんてオバサンじゃないかな?」
予想外な言葉に、俺は小柄な彼女を見下ろしてしまう。
辺りは、徐々に沈んで行く夕日に朱く染められていくけど、彼女の頬がそれ以上に染まっているのは、気のせいじゃない…よな。
 「いいんです!俺は、あなたと…さんと一緒に歩きたいんですから。」
自分が子供だとわかってるけど、そんなこと言いたくなくて。
そうして、俺達は付き合いはじめたんだ。

社会人のさんと、学生の俺と、そうそう会える時間なんて合わせられなくて。
それでも、毎日電話したり、メールしたり、夜の僅かな時間でも会う時間を作り出す。
そんな時、彼女はいつも、車で待ち合わせ場所まで来てくれる。
別に、ダメなわけじゃない。
夜道を歩いてくるなんて言うより、よっぽど安心だ。
でも、たまに、思うんだ。
電話して、これから会おうって言う時。
 「たまには俺が、そっちに行きましょうか?」
 『ううん、いいよ。私が車で行ったほうが、帰る時に便利だから…。』
さんは、いつもそう言って、俺の家の近くにある公園で会おうと言う。
でも俺は、さんがそう言ってくれるのが、嬉しいけど…辛い。
会う前から、帰る時の話をされるのは、辛い。
迎えに行かせてくれないのが、子供だと言われているようで、辛い。
そんなに、すぐに帰りたいの?そんなに、俺に会うのが面倒なの?
子供じみた屁理屈だってわかってるけど、俺は、さんに男として会いたいんだ。
電話口で黙り込んだ俺を、心配そうにさんが呼ぶ。
 『どうしたの?長太郎くん…。』
その”くん付”で呼ぶ呼び方も、辛いよ。
俺は結局、年下で、学生で、頼りないと、そう言われているようで…辛いんだよ…さん。
 「…家にいてください。俺が、行きますから…。」
 『でも…。』
 「いいから、いてくださいっ!チャリ飛ばして、行きますからっ!」
 『…うん。』
思わず強くなる口調に、少し沈んだ声で答える。
違うのに…そんな声が聞きたいわけじゃないのに…どうして俺って奴は…!
てんでガキで、どうしようもなくて…早くあなたの顔を見て、抱きしめて、俺の気持ちを伝えたい。
俺はこんなに、さんに必要とされたいんだって!さんがいなくちゃ、ダメなんだって!

練習でもこれほどは乱さないだろうってくらいに、あがる息。
太腿なんてパンパンに張ってて、明日は久々に筋肉痛かもしれない。
必死にペダルを漕いで、もう少しでさんの家に着くって頃、道路に立っている人影が見えた。
なんで、こんな所に立ってるの?危ないじゃないか!
さんの姿を見つけて、俺は自転車から飛び降りる。
派手な音を立てて倒れる自転車も気にしないで、さんに駆け寄った。
 「さんっ!」
 「長太郎くん…。」
見上げるさんの頬に、街灯に反射した、涙の跡…。
俺は、思わず引き寄せて、そのまま腕の中に包み込んだ。
 「なんで、外に出てるの?危ないじゃないですか!」
 「……う、ん…。」
上擦った声が、胸の中で篭って聞こえた。
さんの涙で濡れるシャツが、心まで冷やしてしまうようだ。
 「どうしたの?何か、あったの?…俺……何か、しました?」
何も言わずに、ただ首を横に振るさんに、どうしようもなく、不安になる。
肩を掴んで、さんと目線を合わせた。
 「そんなに…俺は、頼りない?俺じゃ…ダメ、ですか…?」
 「そんなこと、ないよ。…ただ…私…長太郎くんを、怒らせちゃったのか、って…。
  だから、今日…来るなって…。もう、会わないって、言われるって思ったら…。」
俺は、さんが最期まで言えないように、強く抱きしめた。
だって、それはまったくの誤解なんだって、どうしたらわかってもらえるのか思いつかなくて。
 「それは…違う!もう会わないのなら、こんなことするのって、卑怯じゃないか!
  俺は、さんのこと、離すつもりは無いですよ。」
 「でも…。」
 「さんは、俺のこと必要としてる?俺は、さんが必要です。
  だからこそ、待ってて欲しいんだ。俺は絶対に、さんに追いつきますから。」
少し緩めた腕の間から、さんの濡れた瞳が、俺を見上げて揺れる。
 「さんに、頼ってもらえる男になりますから。」
 「ちょう…た、ろう…。」
細めた瞳から、ぽろぽろと零れ落ちる涙に、街灯が反射した。
泣いてるさんは見たくないけど、この涙は綺麗だと思った。
だから、涙を見せるのは、俺の前だけにして。

 「さん、俺のこと、必要にしてください。」
 「私のこと、支えててね。長太郎…。」

彼女が呼んでくれた俺の名前に、少しだけ彼女に追いつけた気がした。



END


<2006.7.4>

何故か、強引なちょたになってしまいました。
たまには、よくないですか、ねぇ…ダメ?(^_^;)
社会人になってからの5年と、学生の時の5年の差って、
微妙に違いますよね。
5歳違うだけでも、相手は中学生だもんなぁ(苦笑)

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