とにかく困らせる

※「素直になれない愛情表現 10のお題」より。


 「おはよう、伊武君。」
 「…おはよう…君がオレに話し掛けるなんて、珍しいね。珍しいっていうより、初めてなんじゃない?
  どうしたっていうの、急に。あんまり突拍子も無い事されると、気味が悪いんだけど…。」

彼の言う通り、一言言えば、十言帰ってくるような、この伊武という人物に私が話し掛けたのは、同じクラスになって1年半ちょっとで、 実は初めてのことだった。
初めて話をする相手にも関わらず、これだけの言葉を返せる彼も、かなり珍しいとは思うけど。
でも、こんなことで凹んでたら、この先やっていけない。
彼のボヤキは、この程度じゃすまないのだから。

 「うん、今日は決心してきたからね。気合入ってるんだ。」
 「…ふーん、そうなんだ…何でそんなに熱くなってんのか知らないけど、
  それとオレに何の関係があるっていうのさ。
  全く、訳わかんないよね。あんまり面倒な事に、巻き込まれたくないんだけどなぁ。」

ほら、だんだん台詞が長くなっていく。
初めての相手でこれだから、もっとお近づきになれば、もっと長くなるってことでしょ?

 「伊武君って、昨日誕生日だったんでしょ?」
 「…そうだけど…なんで君がそんなこと知ってるの?もしかして、神尾から聞いたとか?
  君って、確か神尾とよく話してたよね。神尾も口が軽すぎ。人のことまで言わなくてもいいのにさ。
  それでどれだけオレが迷惑だとか、考えた事無いんだろうか?
  あ、それとも、ストーカーってやつ?こっそり調べて回ってるとか?やめてよね、気持ち悪いから。」

伊武君って、私が神尾君と話してること気付いてたんだ。
っていうか、いつの間にかストーカー扱いですか?私…?
いやいや、ここでめげてちゃ、だめだ。くじけるな、私!

 「あのね、昨日休みだったから、1日遅れちゃったけどお祝い言いたくて…。
  誕生日おめでとう、伊武君。」
 「なんで君にお祝いを言ってもらわなきゃならないわけ?
  それに、別に祝ってもらわなくても構わないし、毎年誕生日は休みなんだから慣れてるしさ。
  意味も無くお祝いされても、オレ、対応に困るんだけど。でも、わざわざお祝いしてくれたのに、
  礼を言わないのも失礼だし。そんなことで、嫌な奴だって言いふらされるのも嫌だから、
  一応礼は言っておくよ。…ありがとう…。」

もう、この人は…。
今まで少し離れて聞いていたこのボヤキだけど、近くで聞くとやっぱインパクトあるよね。
本当に、伊武君だなぁ…と思ったら、なんか、可笑しい。

 「何笑ってんの?オレ、何か変なことした?ムカツクなぁ。君って、失礼な人だよね。
  こんなんだったら、ありがとうなんて言うんじゃなかったかもしれないね。
  っていうかさ、なんで君とこんな話してるのかすら、わかんないんだけど。
  一体、何がしたいわけ?そんなにオレって暇そうに見える?
  あぁ、そうか…きっと君には、オレがとんでもなく暇そうに見えるんだな。そうなんだ。
  ホント…ムカツクよね、そういうのってさ。オレだって、君の暇つぶしに付き合うほど、
  暇じゃないんだけど。」
 「違うよ。私は、伊武君と話したかったから、話が出来て嬉かっただけ。
  だって、伊武君は初めて話す私と、こんなにたくさん話してくれたから。嬉しいんだよ。」
 「変な人だね…君って。」

あれ、伊武君のあのマシンガンみたいなボヤキが…無い?
と思って彼を見ると、少し俯き気味に髪をかき上げてたりする。
サラサラとしたストレートな細い髪が、彼の案外しっかりとした指先から滑り落ちる。

 「…オレと話したかったって、何で急にそんなこと思うのさ。今まで話もしなかったのに、
  今更そんなこと言うのって、変じゃない?なんか、企んでるんだな?そうなんでしょ?
  神尾あたりと組んで、からかってるんじゃないの?」
 「…違うよ…今までの私は、弱虫で、意気地が無くて…伊武君に話し掛けたくても、
  いざとなると声が出なかったの。」

そう、今までは勇気が無くて、何も出来なかったから。
でも、あの荒れていたテニス部を立て直して、全国大会まで出られるぐらい強くなった伊武君を見て、私も強くなろうと思ったから、 まずは伊武君に近付く事から始めようと思った。
取り合えず、伊武君のボヤキに負けないで話が出来るようになる事を目指してて、それがただ一言の言葉からでいいってわかった。
だから伊武君、これからもっと前に進むために、私に勇気をください。

 「私、1年の時からずっと伊武君と話したかった。だから、もっと話せるように頑張るよ。」
 「べつに…話をするだけでそんなに頑張らなくてもいいんじゃない?
  それとも、オレって頑張らないと話もできないような奴に見えるんだ。嫌になるよなぁ。
  ほんと、ムカツクよね、君って…。」

伊武君は言葉は少しキツイけど、本気で言ってるわけじゃないのは今の表情でわかるよ。
だって、男の人にしては少し色白な伊武君の頬が、ほんのり染まってる気がするから。

 「私の名前…です。これから、よろしくね。」
 「…そんなの…知ってたよ。同じクラスなんだから、知らないほうがおかしいと思わない?
  いくらオレでもさ。それとも…本気でオレが知らないと思ってるの?ねぇ…さん。」

END


<2005.11.3>

突発的に、やってしまいました。
伊武くんBD記念。
相変わらず、名前変換の意味なし(-_-;)
それに、伊武くんのボヤキが、ただの文句に…。
彼って、難しい(苦笑)
ちなみに、R&D最初のクリアは、彼でした(笑)

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