あなたは、俺達にとって数少ない理解者で。
俺達の、一番の応援者で。

いつも『俺達』の…。
そして『あの人』の…。


ほんの一瞬でいい、僕だけを見て?



今日も、一年先輩のさんは、コート脇で俺達の練習を見ている。


ねぇ、さん。
あなたに初めて会ったのは、あの水飲み場だったよね。

橘さんが来る前のテニス部は、荒れ放題でさ。
顧問はやる気ないし、先輩はいい加減だし…。
せっかくテニスがしたくて入部したっていうのに。
全然テニスをさせてくれない状態でさ。
何が気に入らないのか、先輩達はいつも俺達をいたぶって。
俺達だって抵抗したに決まってるじゃん。
そんな小さな力で止められるような暴力じゃないしね。

俺が、擦り剥いた肘を洗い流してた時、通りかかったんだっけ。
無理矢理、保健室に連れて行かれて…手当てしてくれたよね。
傷だらけの俺を、あなたは泣きそうな顔して見ていたよね。


俺達はいつも傷だらけで、保健室の常連になりつつあって。
後から知ったけど、さんって、保健委員だったんだね。
それからは、保健医がいない時、たまに怪我の手当てをしてくれた。
傷だらけの俺達に、何も出来なくてゴメン、って言った。
実際は、ただの保健委員なんだから。
あなたが、どうこう出来るような問題じゃないんだけどさ。
それでも、自分には力が無いと嘆いて、涙するような人だった。

孤立無援の俺達を、庇おうとしてくれる。
…数少ない、小さな理解者だった。

俺達は…少なくても俺は、この学校全てが敵のように感じてたよ。
だから、その小さな力を頼るわけにはいかないじゃない。
そのためにさんが傷ついて、それであなたを失ってしまう。
そんなのは、嫌だったんだ。

ただ、時が過ぎるのを祈るだけ…この悪夢が覚めるまで。
そんな諦めに似た、無気力に流れる時。
それを打ち砕いてくれたのが、橘さんだった。


橘さんが来てから、俺達のテニス部は変わったよ。
意味もなく向けられる、悪意に淀んだ場所から出て行こうって。
俺達だけの新しい場所に。
たった7人で始まった、俺達のテニス部。
すぐには認めてもらえなくて、まだまだ周りの目は冷たかったけど。
ストリートテニス場が空いている時にしか、コートは使えないし。
だから、基礎訓練ばかり続けてた。
そんな不自由な環境でも、テニスが出来る。
それが、俺達にとっては重要なんだ。

あなたは、それからも、いつもテニス部を覗いてくれて。
俺達はみんな、あなたを慕うようになってた。
いつの間にか揃ってた、救急箱や、ドリンクボトル。
それって、さんが持ち込んでくれたんでしょ。



橘さんは、俺達が進む道を切り開いてくれた。
さんは、俺達の背中を支えてくれた。
だから俺達は、こうして前を向いて行ける。


だから…それ以上を望んじゃだめだって。
そんなことくらい、俺だってわかってるんだ。


「あ!さん!」
「こんにちは、杏ちゃん。あの…桔平くんは……。」
「お兄ちゃんなら…。」



そう…それは、しょうがない事。
橘さんは、俺達のために、いろんな障害の盾になってくれた。
俺は、橘さんの事、本当に尊敬してる。
そんな橘さんの事、支えてたのも、さんだから。
いつも身近で、支えていたから。


だから。

橘さんとさんが惹かれ合うのも、当然なんだよな。



でもさ…。

俺だって…。


ずっと…見てたんだ。



橘さんが、あなたを知る前から。
あなたが、橘さんを知る前から。



橘さんはまだ来てなくて、皆と軽く話をしてるさんを見てた。
うん、俺はいつも、そんなところまで、見てたんだよね。
一人で離れてた俺のとこにも、あなたは話しに来てくれる。
まるで…俺の視線に気付いたみたいに。


「ねぇ、伊武くん。一番最初に会った時の事、覚えてる?」

   ― 忘れるわけ、ないじゃない。

「私ね、その前から知ってたんだ。伊武くん達の事…。」

   ― やっぱり『達』なんだ…まぁ、そうだよな。

「いつも傷だらけだったから、見てて辛かった。」

   ― でも、そうでなきゃ、あなたに会えなかったんだよね。

「あの日の伊武くんって、なんだか放っておけなくて。」

   ― あの日…。

「声かけちゃった自分に、びっくりしたよ。」

   ― 俺は…。

「あ…どうでもいいかな。そんなこと…。」

「……別に。どうして?」

「だって、いつも返事してくれるのに、黙ってるから…。」

「話の途中だと思ったし…俺が聞いて無いとでも思ったの?」

「ううん、そうじゃなくて…。」

   ― 俺は、あなたに…。

「伊武くんは、思ったことは、ちゃんと言ってくれるから…。」

   ― ……言えて、ないじゃん。

「黙ってるって事は、どうでもいい事なのかな…って。」

   ― 一番、思ってること……言えて…ない。

「ごめんね、つまんない事言って…。」

「そんなこと、言ってない。それに、俺にだって、言えない事も、あるし。」

「そっか…そうだよね。」

   ― 俺が、一番、言いたい事は…!



「なんだ、!来てたのか!」
「あ!桔平くん!」




…そんなに、嬉しそうにしないでよ。
さんって、無神経だよね。
橘さんの横で笑っているあなたまで、俺は見てしまうのに。


「私、あの時、伊武くんに声をかけて、よかったって思ってる!」


嬉しそうに、橘さんの隣に駆け寄って。
思い出したように振り返り、そう言うあなたは、笑顔のまま。
本当に、優しくて…残酷だよね。


ねぇ、さん。

俺がずっと思ってたこと、言ったとしたら…。
だとしたら、あなたはどうする?


   ― テニス部の中の、俺じゃなくて…。 ―



   ― ほんの一瞬でいい、伊武深司という、俺だけを見て? ―


END


お題配布サイト様:『僕ノ言ノ葉』管理人 月流 様※閉鎖されました。
君と僕の物語
主催:神涙月流さま
閉鎖されました!お疲れさまです。
名残のバナーです。

企画サイト様 寄稿 <2006.5.10>
サイトUP <2006.11.6>

テニスの王子様、他校限定夢小説企画サイト「君と僕の物語」様に
寄稿させていただいた作品です。
お題を見た時、すごく書きたいと思ったのですが、
やっぱり、伊武っちは、難しい…特に、彼視点。
おまけに、悲恋だし…ゴメンよ、伊武っち(^_^;)
他の方の素敵な作品の中に、場違いがひとり紛れてました(苦笑)
本人は、楽しんで書かせて貰いましたが…(汗)
主催された、神涙月流さま。
ありがとうございました。

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