慰めずに…

※「素直になれない愛情表現 10のお題」より。


あぁ、ついてない…こんな日に限って、置き傘しとくの忘れるなんて。
外は重い雲が垂れ込めて、そこからポツポツと水滴が零れ落ちてくる。
まだ暮れる時間には早いのに、太陽を遮る分厚い雲で、辺りはすでに闇に覆われようとしていた。
私は深く息を吐き、玄関から一歩踏み出した。
容赦なく体を湿らせる水滴が、私の暗い気持ちを一滴づつ流してくれたらいいのに。
そんなこと思ったって、無理だってわかってるのにね。

私は、濡れることが嫌いじゃない。
こんな風に、雨に濡れているのも嫌いじゃない。
むしろ、好きなのかもしれないな。
その証拠に、今の私は傘なんかなくたって歩いてゆける。
周りの人が濡れねずみの私を怪訝そうに見ているけど、そんなのだって気にしない。
ただ、私の心の中のように、暗く沈んだあの空は…嫌い。
最近の私の心はあのどんよりした雲みたいに、訳もなく重苦しかった。
どうせなら、もっと激しく降ればいい。
頬に流れる水滴が、わからなくなるぐらい。

ここまで濡れてしまったのだから、いっそのことずぶ濡れになってしまおうか。
通学路の途中に海があるのって、これはついているというのかもしれない。
私は、ふらふらと砂浜に降りていき、靴を脱いで寄せてくる波打ち際へ歩いていった。
素足に水の感覚。
波が足元の砂を削っていくたびに、私を引き摺り込もうとしているようだった。
それも、いいかな…波に誘われるまま、私は空と海の狭間へと向かっていく。

波が膝の辺りでゆらゆらと揺らぐ。
スカートの裾がじっとりと染みを作っていき、膝に重くまとわりつく。
プリーツが取れちゃうな…なんて考えていた私は、誰かに呼ばれた気がして足を止めた。

 「おーい、!何やってんの?そんな所で。」

振り向くとそこには、見覚えのある人物が立っていた。
いつもさらりと風に揺れている色素の薄い髪が、雨に濡れてしっとりとしている。
同様に、眩しいぐらいの真っ白なワイシャツも、今は鍛えられた体の線が浮き出るほど張り付いている。

 「そんな所にいたら、風邪ひくぞ!」

彼はそう言いながら、波を掻き分けて私のほうへと進んでくる。
辺りを見渡しても誰もいないところを見ると、多分私に言ってるんだと思う。
彼の表情はいつものように爽やかすぎる笑顔だったけど、砂浜にはそれまで彼を雨から遮っていただろう傘が無造作に投げ出されていた。

 「取り合えず、こっち来ないか?」

彼はゆっくりと歩を進め、私を促すように手を差し出した。
足元の砂を削る波はまだ私をその場に止めようとするけど、私は何故か彼が差し出した手に惹かれていた。

砂浜へ戻った私に、彼は傘を差し掛ける。
お互いにすっかり濡れきってしまった私達にいまさら必要もないと思うけど、私は黙って傘に収まった。

 「ちょっと汗臭いかもしれないけど、我慢して。」

そう言って、彼は自分のバッグからタオルを取り出し、私の頭に被せるとあの笑顔を向けた。
いつも女の子達が騒いでいる、あの笑顔だ。

 「なんで、ここにいるの?佐伯…。」
 「通りかかったら、季節外れな遊泳者がいたからさ。」
 「だからって、佐伯まで海に入ることなかったのに。」

佐伯は私を遊泳者と言った。
その発想はよくわからないけど、私はそう取ってくれて良かったと思った。
きっと佐伯は、私がここにいた理由を聞かない。
頭に被せられたタオルから、微かに佐伯が使っているコロンの匂いがして、それが何だか心地よかった。
何も言わない佐伯と同じように、心地よかった。

 「気は、済んだかい?」

タオルで私の濡れた髪を優しく拭き取りながら、佐伯はただそれだけ言って、瞳を細める。
その瞳から零れる何もかも見通すような視線が、雲間から差し込む一筋の陽光のようだと思った。
私の心の中に厚く覆い被さっている闇を、消し掃ってくれる光のようだと思った。
私の頬に零れた水滴を、佐伯が雨粒だと思ってくれたらいいのに。
この重苦しさと一緒に、そのまま拭いさってくれたらいいのに。


空から一筋の光が差し込む。
あれほど間断なく降りそそいでいた水滴が、徐々にその間隔をあけていく。
役目を果たした傘を閉じて、見上げた空には雲間から覗く太陽の姿。

 「さぁ、行こうか。。」

そう言って私に手を差し出す佐伯の笑顔が、あの太陽のように見えた。
もう、私は大丈夫。

END


<2005.11.9>

なんとなく、サエさんです(#^.^#)
「R&D」をやってから、気になってたサエさん。
でも、いまいちサエさんがつかめない。
というか、この話を書いている時の私が、
ちょっと落ち気味だったから、
ヒロインも訳も無く落ちてます(苦笑)
サエさんに、見守られたい願望か?

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