その場から逃げる

※「素直になれない愛情表現 10のお題」より。


 「サエ、ちょっと…。」
 「ん?何…どうしたんだよ、急に?」

クラスメイトと談笑していたサエを廊下に呼び出して、私は簡潔に用件を告げた。

 「昼休みに、裏庭に来てもらっていいかな?」
 「らしくないなぁ。何か、用?」
 「うん…らしいよ。」
 「…ら、しい…?」

サエは怪訝そうに、その整った眉を歪ませた。
これが、私がサエを呼び出した最初の時。
その後も同じように、私はサエを呼び出している。



私とサエは、小学校の頃から何故か同じクラスになって、中学になった今でもその状態は続いている。
その中にはバネさんや樹っちゃん、テニス部の面子も揃ってて、いわゆる幼馴染っていう関係になっていた。
中学でテニス部に入ってから、急に大人びてカッコよくなったと言われるサエに、想いを寄せる女の子達も増えていった。
私はサエの近くに居すぎて、そんなことはぜんぜん知らなかった。
私にとってサエは、小学校からずっとおんなじサエだったし。
だから、女の子達が私のことを疎んじてたのも気付かなかった。
それに気付かされたのが、あのサエを呼び出した最初の時。

 「ちょっと、さん。アンタ、佐伯君の、何?」
 「何、って…ただの友達だけど…。」
 「ふー、ん…だったら、ちょっと手伝って欲しいんだけど。」
 「え?」
 「がね、佐伯君に告白したいんだって。昼休みに、裏庭に来てくれるように頼んでもらえないかな?」

彼女に隠れるように俯きがちに立っている女の子が、サエに告白したい子なんだ。
サエに告白したいなら自分で呼び出すとか、この友達に頼んでもいいのに。
でも、次の言葉でそれを私に頼む意味が、はっきり分かってしまった。

 「アンタと佐伯君って、ただの友達なんだから、いいよね、別に…。」

そうか…私とサエがどういう関係なのか確認も兼ねて…サエと彼女の橋渡しをさせようとしてるんだ。
その時の私は、自分の気持ちなんか知らなくて、彼女の言葉の通りにサエを呼び出していた。
彼女の言葉の通り、ただの友達だと思っていたから。



私は何度もサエを呼び出していた。
サエはその度に、私に言った。

 「また、が俺を呼び出すんだ…。」

そう言う時のサエの瞳は、目の前の私を通り越してどこか遠くを見ているようだった。
顔は笑っているのに、瞳は私を責めているようだった。
きっとサエは、いつもいつも呼び出している私を、鬱陶しいと思ってるんだ。
私はいつまでその視線に耐えられるのか、不安になる。
告白しようとする子達は、みんな女の子らしくて、可愛い感じで、サエと並んでも絵になるだろうなって思った。
でも、サエはいつも、彼女達の想いを受け取る事はなかった。
私は、そんなサエにホッとして、同時に怖くなるんだ。
(きっと、次に私が呼び出す時は……。)
そう思うたび、身体中がミシミシと音を立てて軋む痛みに襲われた。
それなのに私は、この感情に気付いていない振りをしている。



 「ちゃん、ちょっといいかな。」

柔らかな口調でかけられた声に、私は友達との話を止めて振り返った。
その声は、いつも私を和ませてくれる。

 「どうしたの?樹っちゃん?」
 「う〜ん、ちょっと…なのね。」

ちょいちょい、と手招きされて廊下へ出ると、樹っちゃんは小声で私に言った。

 「今から、ちょっと裏庭に来て欲しいのね。」
 「え…!な、に…。」
 「大事な用事、らしいのね。」
 「…らし、い…?」

どこかで聞いた、この会話…ううん、どこかでした事のある会話…。
あの時は、私が呼び出す側だった。
今、そこで待つ人が誰なのか、私は薄々気付いている。
だから足が竦んで、動けない。

 「ちゃん…怖がらなくてもいいのね。ホントはもっと早くこうしてたら良かったんだよ。」
 「…樹っちゃん…。」
 「まったくね、世話がやけちゃうのね。ふん。」

樹っちゃんは呆れたように言うけど、表情は穏やかな笑顔だったから、私はそれに惹かれる様に樹っちゃんの後を付いて行った。
裏庭が近づくにつれ、私の足はどんどん重くなっていく。
樹っちゃんは、私を気遣って歩調を合わせてくれる。
そして、裏庭で待っていたその後姿は、やっぱり私が思った通りの人物で…私はとうとう立ち止まってしまった。

 「ちゃん、もう一歩、なのね…。」

樹っちゃんはそう言って、トンと私の背中を押した。



 「やぁ。」
 「…うん。」

私に気付いたサエが、こっちに振り向いて声をかける。
私は両手をぐっと握り締めたまま、サエの顔をまともに見られなくて、俯いてしまう。

 「ごめんな。こんな方法はどうかと思ったけど、他に思いつかなくて…。吃驚しただろ?」

悪戯っぽく笑うサエの瞳は、やっぱり私を責めてるみたいだ。
ううん…サエが責めてるんじゃなくて、私が後ろめたいだけ。
自分の気持ちに嘘をついて、サエの気持ちも考えないで、勝手に呼び出すだけ呼び出して…。
…嫌だ…怖い……身体中が痛いよ…サエの言葉、聞きたくない…!
私は居た堪れなくなって、サエの視線の届かないところへと逃げ出そうとした。
でも、運動神経のいいサエから逃げ切れるはずもなく、私の腕はしっかりとサエに捕まっていた。

 「逃げないでよ、。俺の話も、聞けよ。俺がどうして、いつも呼び出しに答えてたのか…。」
 「サエ、離し……。」
 「どうして俺が……あの子達に答えない俺が、お前の呼び出しに答えてたのか!」

サエの手を振りほどこうとしていた私は、その言葉の意味を考えてみたけど、どうしても理解出来なくて。
聞き返そうとした私を、試合の時みたいにすごく真剣な瞳のサエが見つめていた。

 「俺は、呼び出しを無視する事も出来たんだよ。」
 「なんで……!」
 「だって、誰かも分からない人からの呼び出しなんて、答える必要ないだろ。」

そうだ、私はいつも誰が待っているのか言ってない。
ただ、行って欲しいと言うだけだった。

 「じゃあ、どうしていつも会いに行くの?」
 「呼び出したのが、だからだよ。」
 「…な……!」
 「最初にに呼び出された時、俺がどんなこと考えたか、わかる?」

そんなこと、私にはわからなかった…だって、あの時は自分の気持ちも知らなかったんだから。
私がゆっくりと首を横に振ると、サエは少し照れ臭そうに瞳を細めて、小さく呟いた。

 「が…告白してくれると、思ったんだ。」

なに、それ…どういうこと?
いつの間にか私の手は開放されていたけど、私はもう逃げる事を忘れていた。

 「でも、用がある”らしい”なんて言うし、そこにいたのは違う子だし…俺、お前が分からなくなった。
  それからも、ずっと呼び出されて、同じ事の繰り返しで…俺の気も、知らないでさぁ…。
  だから…が、俺が他の子と会うのは嫌だって言うまで、呼び出されてやるつもりだった。」
 「だって、私はただの友達だもん…サエの彼女でもないのに、そんなこと言えるわけないじゃない!」
 「…だったら、言えるようになればいいよ。」

言えるようになればいい、って、どういう意味なの、サエ?
いつもは余裕たっぷりって顔してるのに、どうしてそんな不安そうな顔してるの?

 「まぁ、その前に俺の方が我慢しきれなかったみたいだけどね。
  お前は、嫌じゃないの?俺が他の女の子と仲良くしても…他の子と、付き合っても…。
  いい加減、気付かないか?俺が答えていたのは、お前からの呼び出しだけだって。
  どうしてずっと、彼女達を断ってたのか。今日、を呼び出した意味に…そろそろ、気が付かないか。」
 「サエ…私……。」

いいのかな…自惚れても。
もう、サエを呼び出した後に感じるあの痛みに、襲われることもなくなるって。
私はただの友達なんだって、思い込もうとしなくても…いいのかな。

 「これでも、告白のつもりなんだけどな…。やっぱり、はっきり言わなきゃ、ダメ、か…?」

 「俺は、の事……。」

サエが最後まで言い終わらないうちに、私はサエの制服の裾を握り締めた。
他の子と仲良くするのは嫌だよ、ずっと傍に居たいよ、私を見てよ…サエ、好きだよ…。
今まで気付かない振りをしていた気持ちを込めてギュッと握り締めた手を、サエの大きな手が上からそっと包み込んだ。

 「はさ、もっと俺の事気にしてくれなきゃダメだよ。もう、他の子に引き出されるのはゴメンだからな。」



テニス部の部室で、溜め息をついている数名。

 「おつかれ〜、樹っちゃん。」
 「どうやら、うまくいったみてぇだな…。」
 「ホントにしょうがないのね。」
 「サエさんをさえぎる友達の壁…。」
 「…突っ込む気もおきねぇ…。」
 「むぅ…寂しい……。」
 「さっ!めでたく解決したことだし!練習するよ〜!」
 「無駄に元気なのね〜。」


END


<2006.3.20>

「今日もに呼び出されてさぁ…。
2年の子だったんだけど、ゴメンって言った途端泣かれてさぁ…。
参るよねぇ、ホント…。」
「なぁ、サエ…これで、何人目だ?」
「うーん…知らないなぁ、数えてないし…。」
「お前…六角中男子全員を敵にする日も近いぞ…。」
毎回、サエさんの愚痴を聞かされていたバネさん達が、
これはやばい!と、画策した…なんて、裏話。
サエさんが、偽者…(^_^;)

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