「、おはよう!ねぇねぇ、どうだったの、学園祭!」
親友のに勢いよく背中を叩かれて、私は少しつんのめりそうになる体勢を辛うじて整える。
は親戚の法事が重なってしまって、学園祭には来られなかったんだ。
私がテニス部の担当になった事を知った時のの驚きは、相当なものだった。
はテニス部に好きな人がいる…うまくいかないものだと思った。
そんな私は、テニス部の事はまったく知らなかったのに。
学園祭のことを話しながら、私はと並んで玄関へと向かっていた。
そこへ…。
「おはよう、!」
声を聞くだけでドキドキする。
短いけど、すごく満ち足りていた期間、ずっと近くで聞こえていた声。
そして…あの最終日の夜、佐伯先輩から告げられた言葉。
それが一気に記憶を駆け巡って、私は声の方へ振り向くことができなかった。
周りがざわめいているのが、ずっと遠くから聞こえた。
「どうしたの、?何かあったのか?」
そばに来て、心配そうに私の顔を覗きこんだ佐伯先輩の視線は、あの夜と同じに優しかったけど。
それよりも、悲鳴のように聞こえる周りの声や、まだ夢から覚めてないような現実に、私は何も考えられなくて。
「お!おはよう、ございますっ!あのっ…サエ、キ先輩…。あっ!もう、チャイム鳴りますね!じゃ、失礼します!」
動揺を隠しきれなくて、私は早口でまくし立てた。
佐伯先輩の表情には、少しの驚愕と、少しの疑念が、浮んでいた。
多分、準備期間中に呼んでいた「サエ先輩」という呼び方を変えたことに気が付いたんだと思う。
でもあの呼び方は、きっとあの期間限定で許されたことなんだから。
チームワークがいい六角中テニス部で、その輪に入りやすくしてくれた佐伯先輩の優しさなんだから。
あの夢のような期間が過ぎてしまった今となっては、もう軽々しく言ってはイケないんだ。
私は佐伯先輩に見惚れているの背中を押して、校内へと駆け込んだ。
私の後ろからは、まだざわめきが途切れなく聞こえていた。
休み時間に、が今朝のことを聞いてきたけど、私は当たり障りのない言葉でやり過ごした。
自分でもあの2週間は、夢だったのかと思っている。
それならきっと、佐伯先輩も…。
私が窓の外を眺めてそんなことを考え込んでいた時、教室中が急にざわざわと騒がしくなった。
その中には、女の子達の嬌声とかが混じっていた。
誰が来たんだろう…そう思って視線を向けると、その人が真っ直ぐこっちに向かって来る姿が見えた。
私は、その場から動けなくなった…その人の視線から、逃げることができない。
「やぁ、。ちょっと、今朝の様子が気になってね。」
佐伯先輩は、笑顔で私を気遣ってくれる。
でも少しだけ、視線がキツイ気がして、少し怖かった。
「…なんで…ここに、佐伯先輩が……。」
「なんで、って…自分の彼女に会いに来るのに、理由がいるのかい?」
その言葉に、教室中の女の子達から悲鳴があがった。
当の先輩は、やっぱりちょっと不機嫌そうに眉をしかめていて…え?
今、なんて言いました?
「彼女」?…「自分の彼女」って、言ったんですか?
思わず辺りを見回したけど、私の近くにはもう誰もいなくて。
と、いうことは…それって、私、ですか?
「そんな吃驚した顔しなくても…うーん、ちょっと場所を変えようか。」
表情を変えることなく私の手を引いて立ち上がらせると、返事を待たずに教室を出て行く。
クラスのざわめきを背中に聞きながら、私達は屋上への階段を上がって行った。
少し息切れをしている私に対して、やっぱりというか、佐伯先輩はケロッとした顔をしていた。
私が落ち着くのを待って居てくれたのか、しばらくしてから静かに口を開く。
「ねぇ、…。今朝はどうしたんだい?急に呼び方を変えてみたり、他人行儀だったり…。」
「佐伯先輩だって…。」
「ほら、また。俺は『サエ先輩』っていうのも、妥協してたんだよ。」
不満そうに俯いて、先輩は髪をかきあげる。
「…でも、佐伯先輩は…本気じゃ、ない…。私は、他の人と…違う、から。」
「どうして、そう、思うの?」
少し驚いたように、佐伯先輩が私を見ている。
私は、一緒にまわった模擬店のことを思い出した。
(「お前なら、女性を強引にでも誘うのではないか?あぁ、そうか…彼女は違うという――。」)
あの時、彼に最後まで言わせずにあの場所を離れたけど、他の人なら誘うのに私は違うと言ってたのは聞こえた。
それはそうだよね…出会ってたった2週間の私を、本気で好きになるなんて思えない。
私は勘違いしてはいけない。
「私は、あの2週間だけで満足です。あの時だけでも、佐伯先輩と一緒にいられたから。
最後に、すごくいい思い出をもらえたから。だから…。」
「俺は…あれが最後だなんて思ってなかったんだけどね。
しょうがない…は、もっと俺が見えるところにいなきゃダメみたいだね。
で、もっと俺だけを見てくれなきゃダメだよ。」
夏休みが終わったばかりで、まだ暑さが残る陽射しは、屋上に容赦なく降り注ぐ。
佐伯先輩が、そんな陽射しを受けて佇む姿はとっても似合ってて。
見てって言われなくても、先輩から目が離せなくなってるのに。
「そんなこと、言われたら…勘違いしちゃいます、私…。」
「勘違い、じゃなくて、本気で俺のことだけを考えていて欲しい。
そうだ!マネージャーしてくれないか、!全国大会の間だけでもいい。
に、もっとそばで、いつも俺を見ていて欲しい。」
「そんな、急に…!それに、他の皆に…。」
「心配しなくても、大丈夫。剣太郎なら絶対OKだよ。他の皆も、反対する奴なんてうちにはいないよ。」
そう言うなり、佐伯先輩は誰かにメールを送信していた。
多分、テニス部の誰かだろうけど、私の返事も聞かないで結構強引だと思った。
早速さっきの返事が来たらしく、短い着信音が鳴って画面を見た先輩が、口元に笑みを浮かべる。
「ほらね。【大歓迎!】だってさ。」
カッコよくて、優しくて、強引で…そんな先輩を、ずっとそばで見ていても、いいのかな。
私が黙って頷くと、佐伯先輩はゆっくりと髪を梳いてくれた。
「本当は、俺だけのマネージャーになって欲しいんだけど…それはもう少し先でいいかな。
俺がしか見てないって、分かってもらえるまではね。
でも…『他の人』と違う、なんて言うって事は、それだけ俺の事を気にしてくれたって事かな?
だとしたら、嬉しいな。」
「だって、学園祭の模擬店で――。」
「あぁ、柳だね。今度、しっかりお返ししないとね。」
「え?」
なんでもないって笑う佐伯先輩の瞳が、一瞬輝いたような気がした。
END
<2006.4.16>
「ガクプリ」サエさんの、最終日からED迄の間…
のイメージで。
どうしても、あのマスターの台詞が気になって。
ヒロインがその意味を「特別な人」というよりは、
「気にしてない人」という風に聞いていたら…。
学園祭の期間だけの恋愛と思い込んで、
それが終われば一緒に終わる関係なんだと
思っていた…という感じに見てもらえれば(^_^;)
苦しい、いいわけっすね…。
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