気のせいなんだよ



俺には、最近できた彼女がいる。
彼女は、一つ年下のマネージャー。
俺達テニス部をサポートしてくれる、頑張り屋さんだ。
俺は、彼女のそばで、ずっと大切に守っていく…そう誓った。



 「あ…タカさん……。もう、いいんっすか?」

久しぶりに朝練に出た俺に、桃はうろたえてるみたいだ。
あれ…どうして、久しぶりなんだろう。
それに、桃の言葉はどういう意味?
まぁ、いいか。


 「タカさん!…大丈夫、なのか?」

なんだよ、大石まで。
大丈夫って、どういうことだよ。
なにか、あったのか?
なんだか、最近の記憶が曖昧で…。


 「まだ、顔色が優れない様だが…。」

え?あ、そうか。だからみんな、心配そうなんだな。
俺、体調崩して、休んでたのか。
どうして、自分のことなのに忘れてたんだろ。
俺は、乾の言葉で、そう悟った。


 「無理すんなよぉ…まだ、休んでてもいいんだよ。」

そうは言ってもさ、俺のテニスは中学で終わり。
あと、それほど時間があるわけじゃないし。
心配してくれるのは嬉しいよ。
うん、大丈夫さ。そんな顔するなって、英二。


 「河村先輩…。」

海堂まで、一体どうしたっていうんだよ。
なんで、みんなしてそんなに暗い顔してるんだい?
もしかして、俺、なんかしちゃったのか?!
バーニング状態の時って、制御効かないからなぁ。


 「………っす。」

帽子を深く被りなおして、越前が俯く。
うわぁ…やっぱ、なにかしたんだ、俺…。
そんな、顔も見られないようなことなのか?
恥ずかしいなぁ、何やったんだろう。


 「河、村……!」

俺の顔を見て、絶句する手塚。
俺、手塚のそんな顔、初めて見たよ。
いつも冷静なお前でも、そんなに驚いたりするんだ。
って、俺が驚かれてるってのは、ちょっと心外だけど。


 「タカさん…覚えて、ないんだね。」

一瞬、大きく瞳を見開いて、またすぐ静かに目を伏せる不二。
今の不二の反応が、俺の記憶のずっと奥の、何かに引っかかった。
それが何なのか、どうしても思い出せない。
いい加減、俺が何を覚えてないのか、教えてくれないか。



俺は、隣に立つ彼女を見つめる。
心配そうに俺を見ていた彼女は、目が合うとゆっくり微笑んだ。
そうだ、俺は彼女に不安な顔をさせるわけにはいかない。

 「大丈夫、心配いらないよ。」

そう言うと、彼女は俺の腕にそっと手を添えた。
見上げる彼女の瞳は、溢れそうなほど水を湛えていた。

 「今日は帰って、ゆっくり休んだ方がいいですよ。」

頭の奥に、彼女の声…それは耳から入り込む声じゃない気がした。
だけど、心地よく響く声に、俺の表情は思わず緩んでしまう。

 「あぁ、そうしようか…。」

そう言う俺を、息を詰まらせ青ざめた顔をした仲間達が、呆然と見ていた。
彼等の視線は、俺が語りかけた先に注がれている。
一瞬、頭の中をかすめた疑問…彼女に関する出来事。

 「タカ先輩、行こう…。」

彼女の声が、俺の思考を遮った。
隣には大切な彼女がいて、お互いに差し出した手が触れ、俺達は初めてしっかりと指を絡めた。
そうだね、そんな事あるはずないよ…そんな疑問は、きっと全部、

気のせいなんだよ。

顔を強張らせて身動きの出来ない仲間達を振り返ることなく、俺達はその場から去った。
背中にかかる、不二の声…。

 「行っちゃ、ダメだ!タカさん!」

その声は、もう俺には、届かない…。



 「タカ先輩、大好き。」
 「ど、どうしたの!急に…。」
 「タカ先輩、ずっとそばにいてね。」
 「うん、そばにいるよ。」
 「タカ先輩、一人は…嫌。」
 「……あぁ、一人には、させない。」
 「タカ先輩……ゴメンね。」

無理に微笑む彼女の瞳に、今にも零れそうな涙。
不二…俺、やっとわかったよ。
俺が、何を覚えていなかったのか。

以前にもこんな日があったね…これは、デ・ジャ・ビュ。
俺達は、学校からの道を2人でゆっくりと歩く。
交差点に差しかかる。
まだ歪んでいる標識と、やけに新しい花束。
彼女の瞳から、耐え切れずに零れた雫。
それと同時に、激しいブレーキ音。
隣には、赤黒い色に染められた…彼女…。

(ゴメンね…ありがとう、タカ先輩…。)



あれ、どうしたんだろ…なんだか、すごく悲しい余韻。
でも、それが何かは思い出せない。
まぁ、いいか…きっと全部、

気のせいなんだよ。


また明日、朝練に出なきゃな。
歩き出す俺の頬に、零れた一粒の雫。


END

お題配布サイト様:『1403番』(管理人 くろぐろ 様)
怪−夢と小説で百物語−
主催:色葉さま
☆閉鎖されました。名残のバナーです☆

企画サイト様 寄稿<2006.4.28>
サイトUP <2006.11.6>

企画サイト「怪−夢と小説で百物語−」様に寄稿させていただいた作品です。
一人では出来ない百物語ですが、他の皆様と一緒に怖がらせてもらいました。
そのようなところにご一緒できて、怖いけど嬉しかったです(#^.^#)
このタカさんは、彼女が目の前で逝ってしまったことが信じられなくて、
全部気のせいにしてしまおうとしてます。
彼女も一人になりたくなくて、タカさんを連れて行こうとしたけど、
どうしてもできなかった…って、ラストのつもりでした(苦笑)
優しいタカさんが出てればいいなぁ…と思いますが。
主催された、色葉さま。ありがとうございました。

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