隣の彼。



月始めの席替えで私の隣になったのは、大きな身体をちょっと窮屈そうにちぢこませて、困ったように笑う人だった。
私は、同じクラスだというのに、あまり男子の事はよくわかってなかった。
 「よろしくね、さん。」
途惑いがちに微笑む、彼の名前は『河村 隆』という。

彼は見た目を裏切ることない、真面目な人だ。
いつも物静かで、微笑を絶やさない、穏やかな声で話す人だ。
一緒に日直をしても、いつも面倒なことを引き受けてくれる、気遣いの人だ。
友達から、いつも男子がサボるんだ、なんて話を聞くと、私は彼と一緒でよかったと思った。

休み時間、クラス内が急にざわめいた。
何かと思ったら、その原因が廊下に立っていた。
あれはテニス部の…そう!不二くんと菊丸くんだ。
彼等が呼び出したのは、私の隣の河村くん。
入り口付近で話していた彼が、自分の席に戻ってきて、机の中から出した英語の辞書を菊丸くんに渡した。
拝むような勢いの菊丸くんの隣で、不二くんは少し呆れがちな笑みを浮かべてた。
何か数言、話をしている彼等を眺めていると、不二くんがいつになく大笑いしてるのが見れた。
珍しいのを見ちゃったかも、と少しだけ特した気分になった。
予鈴が鳴り、2人が教室に帰っていくのを、河村くんは笑顔で見送っていた。

お昼休み、今日は寝坊してしまってお弁当がない私は、購買でパンを買おうと並んでいた。
私の前には、大きな背中があって、前がどんな風になってるのか見えなかった。
その時、後ろから押されてよろけた私は、思わず目の前の背中にしがみついてしまって。
驚いたように振り向いた彼は、私の隣の河村くんだった。
 「大丈夫かい?さん。」
ぶつかった私を非難するでもなく、ましてや心配までしてくれるなんて。
とりあえず頷いてみたけど、どんどん後ろから人が溢れてきて、私は河村くんの背中から離れることが出来ずにしがみついたまま。
迷惑だったのか、見るに見かねたのか、河村くんは私を自分の前へと促した。
 「こっちの方が、少しは楽でしょ?」
そう言って照れたように笑う河村くんを、私は何故か直視出来なくて、俯いて「ありがとう。」と言うだけだった。

友達と一緒にお昼を食べていると、廊下から河村くんを呼んでいる声が聞こえた。
女子が騒いでるところをみると、やっぱりそこにはテニス部がいて、あれは手塚くんと大石くん。
多分、部活の連絡か何かなんだろうけど、河村くんの話しに頷く手塚くん達を見てると、相談事でもあるのかもしれない。
河村くんって、テニス部のお悩み相談的ポジションなんだろうか?
あの、完璧って言われる手塚くんや、気配りの大石くんが、河村くんを頼りにしているように見えるから。
でも、そう言われると妙に納得出来そうだと、最近になって急に思い始めた。

私はそれまでテニス部にもあまり興味がない、友達に言わせれば珍しい人だった。
だから、河村くんがそのテニス部にいるってことも、隣の席になってやっと気付いた。
テニス部って、もっと派手なイメージがあったけど、隣で河村くんを見ていてもそんな感じはしないし。
でも地味っていう訳じゃなくて、そこにいるだけで気持ちがホコホコするような、静かな暖かさを感じる人だと思うから。
それが、彼の性格なのか、彼の持つ雰囲気なのか、私は最近、河村くんの事が気になってしょうがなくなっている。

 「さん、これから帰るの?」
放課後、帰ろうとする私に、河村くんが声を掛けた。
「うん。」と答えると、にっこり笑って部活のジャージを片手に教室を出ようとする。
私は、咄嗟にその後姿を引き止めてしまった。
 「河村くんは、これから部活なの?」
ちょっと吃驚したように振り向く彼に、私もどうして引き止めてしまったのかとうろたえた。
それはそうだよ…いきなり引き止めたくせに、他に何を言っていいのかわからない。
結局は、そう言うしかなかった私に、河村くんは笑っている。
 「そうだよ。」
 「あの…頑張ってね。」
 「うん、頑張るよ。ありがとう、さん。」
そう言った河村くんが、本当に嬉しそうに笑ったから、私は速まる鼓動に驚いて、もう少しその笑顔を見ていたいと思ったんだけど…。
 「あーっ、タカさん、これから行くンすか?オレ等もなンすよ。一緒に行きません?」
入り口から大きな声で河村くんを呼ぶのは、テニス部の後輩達だろうか。
 「やぁ、桃と越前もこれからか。じゃ、俺もそろそろ行かなきゃ。さんも、帰り道、気を付けてね。」
河村くんに声を掛けた彼は、もう一人の肩を無理矢理組んでいるって感じ。
組まれてる彼も、不服そうな顔をしながらでも、そのまま身を任せているのは、慣れてるか諦めてるかどちらかだろうね。
河村くんは、そんな2人を見ながら苦笑している。
それにしても、あんな気軽に声を掛けてくるなんて、やっぱり、河村くんって後輩にも慕われてるんだ…なんか、わかる気がする…。

今までは気にしたこともなかったのに、校庭を抜けようとした私の足は、自然とテニスコートの方へと向いていた。
そこから聞こえてくるのは、女の子達の黄色い声援で、私が寄り付かなかった理由の一つ。
でも、今の私はそんな声も気になっていない。
彼女達と少し離れた場所から、フェンスに囲まれたテニスコートを眺めた。
丁度、練習試合をしているところで、コート上にいるのはさっき河村くんに声をかけた彼と、頭にバンダナを巻いた彼。
テニスのルールはあまりわからないけど、どうやら負けてしまったのはバンダナ君らしい。
悔しそうにコートから出てきた彼の肩を、河村くんは落ち着かせるようにポンポンと2、3回たたいた。
見守るような視線を送る河村くんに、黙ってお辞儀を返してバンダナ君はベンチへ下がった。

河村くんは、後輩にも優しい。
私は、ちょっとテニス部のみんなが羨ましく思えた。
そうやって、ぼんやりと部活を眺めていた私の横に立った人物に、私はどうして気が付かなかったんだろう。
 「君はたしか、河村と同じクラスで席も隣の、さんだね。今は、河村目当てにここにいる、ってところかな。」
うわぁ!いつの間に!
私はすかさず、2、3歩彼から離れた。
なんでそんな事がわかるんだろう…おそるべし、データ収集力。
でも、私は彼と…このデータマンと呼ばれているらしい乾くんと話なんてしたことないはず。
私のことを知られているのも、河村くんを見ているのを気付かれたのも、謎としかいいようがない。
 「なんで…知ってんの?」
 「それはともかく、河村のもう一つの顔を、見た事はあるのか?」
もはや、私と会話する気はないのか、乾くんはあっさりと質問を受け流した。
ところで、河村くんのもう一つの顔、って?
疑問で一杯の私に、まぁ、見てればわかるよ、と言い残して、乾君はコートに入った。

河村くんは、ゆっくりと自分のラケットを握りしめた。
途端に、河村くんのまとっている空気が変わった。
ラケットを肩に担ぎ、一歩一歩コートへ入っていく。
そして、対面している乾くんに向けてラケットをかざすと、大きく息を吸い込んだ。
…その場の空気が、震えるようだった。
 「HeyHey!いつでもカモ〜ン!!データにないパワ〜を存分に味わいなぁっ!」
……あれは、誰ですか?
本当に、あの河村くんですか?
 「オラオラァ!BURNING!!」
コートにいるのは、いつもとはまるで別人な、熱く燃え盛る彼だった。
静かな暖かさとは対極的な熱さを感じて、私の視線はそこから動けなくなる。
あれが、もう一つの、河村くんの顔。
いつもハの字を描いているような眉はきりりとつり上がり、真っ直ぐに射止める視線でボールを追う姿に、ドキドキした。
嬉しそうに笑った河村くんと、同じくらいドキドキして、息が苦しくなる。
 「I’m a WINNER!!」
河村くんの雄叫びと共にゲームは終わり、2人はコートから出てきた。

今のゲームの余韻に浸っていた私は、またしても彼が横に立ったことに気が付かなかった。
 「で、感想は?」
 「へっ?い!いつの間に…?」
隣には、音も立てずに並んでいた、乾くんがいた。
でも、感想って…何の?
何も答えない私に構わずに、なにやらノートに書きこんでいる。
 「ちょ…ちょっと、勝手に作らないでよ。」
 「では、答えてくれるのかな?」
眼鏡の所為で瞳は見えないけど、多分おもしろがってるんだと思う。
だけど、その時の私は、河村くんの姿に圧倒されてて、そんなことどうでもよかった。
 「優しい人だと思ってたけど、テニスの時はすごく熱いんだね…それに、かっこいいよ、河村くん。」
 「ほぅ…そうきたか…。それでは、今後は君のデータも念頭に入れねばならないな。」
 「どういうこと?」
 「なに…俺も、身体を張った甲斐があるってことだ。」
ノートに書きこみながら、乾くんがコートに戻っていった。
何故、私のデータがいるんだろう…乾くんは、私の質問には何一つ答えてはくれなかった。

私の隣には、いつも照れたように微笑む彼がいる。
いつも周りに気を配り、誰からも慕われている人。
でも、自分自身の勝負時にはとても熱くなる人だ。
私は、そんな彼がいつの間にか気になってしょうがなくなって。
それは…密かに同じ想いを持っていた彼に、きっと伝わるはず。

彼と私が、クラスだけじゃなくて、ずっと隣同士でいることも、きっとこれから近い将来。


END


<2006.7.27>

他校中心といいながら、例外の青学。
青学で、一番すきなタカさんです。
タカさんは、誰からも慕われて…という感じに
したかったはずなんだ…けど…ね。
バーニングタカさんは、難しいよ(-_-;)
で、訳もわからず終わるんだ(苦笑)

戻る