「ねぇねぇ、昨日の部活で凄いことやらかしたんだって??」
朝、教室に入るなり、おはようの挨拶もそこそこに私はクラスの女子連中に取り囲まれた。
「昨日はテニス部と一緒だったんでしょ?」
「テニス部のギャラリーしてた子が、そこら中で噂してるよぉ。」
「一体、何した…。」
質問攻めにあっている最中に飛び込んできたの一言で、まわりは騒然とした。
「!鳳君、押し倒したって本当?」
「「「えぇ〜〜〜!!」」」
噂は尾びれ背びれが幾重にも重なって、物凄いことになっているらしい。
私は、思わずこめかみを押さえてため息をついた…朝から眩暈がしそうだ。
「よぉ、。お前、誰を押し倒したって?」
背中に薔薇を背負って華麗に登場した跡部が、必死に笑いを堪えているのがわかる。
ていうか、現場にいたんだから間違いを訂正してくれたって…まぁ、それを期待するのが間違いなんだろうけどね…絶対に、面白がってるんだから。
「最初に言っておくけど、押し倒してないからっ!コケそうになったのを助けてもらっただけ!」
これで納得するとは思えないけど、一応訂正しておかないと。
後は何を言っても同じだろうから、噂が消えるのを待つしかない。
私がこんな感じなら、鳳君はもっと大変なんだろうな、と、少し気の毒な気がしていた。
休み時間ごとに昨日の事を聞かれるからその都度説明しなければならず、昼休みになる頃にはもう疲れ果ててグッタリだった。
本当に、なんでもないのになぁ…同じクラスの跡部や忍足、あとは3年レギュラーを知っているってぐらいしか、私はテニス部に興味がなかった。
に言わせると”あの”テニス部に興味が無いなんてどうかしているらしいけど、跡部と忍足にはいつもからかわれてばっかりだし、他の連中だって私のことを女扱いしないから、惹かれる対象として見ることが出来ないだけ。
後輩に至っては人数いすぎで誰が誰やら状態、はっきり言えば、鳳君の名前も昨日初めて知ったようなものなのに。
朝からのドタバタに、いつもは楽しいお弁当の時間も、箸の進みが遅くなる。
パックのジュースを飲んでたら、なんだか廊下の方が急に騒がしくなった。
が突付くからつられて入り口の方を見ると、跡部と何か話している宍戸の姿が見えた。
2人共しきりにこちらを見ているみたいだけど、私には関係ないね…なんて考えてたらいきなり跡部に呼ばれて、ジュースを吹きだしそうになった。
「、お前に用だとよ。」
ニヤッ、と跡部が不敵な笑みを浮かべる。
その横を通り過ぎ、廊下にいる宍戸の所へ行くと、目の前に携帯を突きつけられた。
開かれたメール画面には、メッセージが1通。
【昨日の件で、先輩に迷惑かかってないでしょうか?】
はい?これは、私のこと…だよね?
「長太郎が朝からウゼーんだよ。休み時間ごとに、これで4通目だ。」
「はぁ。」
「お前、大丈夫だな?」
「まぁ、休み時間ごとに説明するのが大変だけどね。心配ないって言っておいてよ。
私のことより、自分の心配した方がいいって。鳳君は…大丈夫、なの?」
多分、彼の方が大変なのに、人が良過ぎるというか、心配性というか…。
「あいつは、なんとかなるだろうけど、一応、伝えとく。じゃあな。」
そろそろ昼休みも終わる時間になり、宍戸は自分のクラスに帰っていった。
席に戻ると、がチョコをくれた。
「疲れたときは、甘いものだよ。部活まであと2時限、頑張れ!」
鳳君の心配や、宍戸やの気遣いが、本当に嬉しいと思った。
それだけでも頑張れるよ…気合入れなきゃ!と、私は甘いチョコを頬張った。
結局、質問攻めは放課後まで続き、部活に出ても部員の視線が痛かった。
昨日の現場を見てるんだから、あれは不可抗力だって知ってるはずなのに。
これがテニス部じゃなかったら、これほどの騒ぎにはならなかったのかもしれないけど。
恐るべし、テニス部人気だわ。
そんな具合で調子は最悪、試合も近いという事もあって、私は居残り練習することにした。
頭の中を空っぽにして、時間が経つのも忘れるぐらい一人でずっとサーブを打ち続けた。
気が付けばもう8時過ぎていて、片付けて玄関を出ると外は真っ暗になっていた。
急いで帰ろうと校門へ向うと、グランドの方からボールを打つ音が聞こえる。
確か、あっちにはテニスコートがあったはず。
いつも女の子のギャラリーがあふれかえるフェンス脇はガランとしていて、ナイターの照明に照らされたコート上では誰かが一心にボールを打っていた。
「…鳳君?」
アッシュグレイの短い髪、しなやかに伸びた長い手足、確かに昨日の鳳君。
サーブを打つ瞬間に何かを呟いて、振り下ろすラケットから打ち出された弾道は物凄いスピードで相手コートに突き刺さる。
初めて見たテニスをしている鳳君の姿が、綺麗だと思った。
そんな彼に見惚れてて、近寄りすぎたフェンスにぶつかった音が思ったよりも大きく響いた。
トスを上げたボールは彼の足元に転がり、こっちを向いた鳳君と目が合った。
「…先輩?」
私がいることに驚いてる様子で、流れる汗も気にすることなくこちらに駆け寄ってくる。
「どうしたんですか、こんな時間に!」
「鳳君こそ、こんな時間まで自主練?」
「はい、今日は全然決まらなくて…跡部部長にも怒鳴られっぱなしで…。」
そう言う鳳君は、少し疲れたように苦笑した。
きっと今日は1日中、あの噂に振り回されたんだろう。
「なんか…ゴメンね。昨日の事で、大変だったんでしょ?私の不注意だったのに…。」
「いいえ、俺がもっとよく考えればよかったんです。
先輩にまで、迷惑かけてしまって…大丈夫でしたか?」
謝る私に、鳳君は自分に非があると申し訳無さそうに表情を曇らせた。
こっちの方が申し訳ないぐらいなのに。
「宍戸から聞いたよ。心配してくれてたって。大丈夫だから…ありがとう。」
「よかったぁ…俺も宍戸さんから聞いたけど、なんかずっと心配で…。
あ、すぐに片付けますから待っててください。もう遅いですから、送りますよ。」
安心したのか、そう言って彼は人懐っこい笑顔を見せた。
宍戸が言ってた「なんとかなる。」っていうのは、これか?と思ったぐらいだ。
「いいよ。鳳君も疲れてるんだし。一人で帰るから、気にしないで。」
「そうはいきませんよ!こんな時間に、女の人を一人で帰せるわけないじゃないですか!」
本当に、どうしてこうもさらっとこんな事が言えるかなぁ…。
それにしても、彼は誰に対してもこれほど親切なんだろうか。
昨日会ったばかりの私にまで気を使って、その優しさを誤解しちゃう女の子だっているかもれない。
優しいのも程々にしないとねぇ…私はこの優しい後輩が少し心配になった。
部室で着替えている鳳君を待つ間、誰もいないのをいいことにコートに入った。
初めて入ったテニスコートは一人で立つには思ったより広く感じる。
「この広さを、1人で守るんだ…。」
「ダブルスなら、半分ですよ。」
何時の間に来ていたのか、鳳君は私の隣に並んでコートを見ている。
そういえば、宍戸のダブルスパートナーだって言ってたっけ。
照明が落とされたコートはひっそりとして、上空には星が瞬いていた。
その中の一つが、スゥーッと尾を引いて流れ落ちる。
「あ、流れ星…。」
鳳君は小さく呟いて、静かに瞼を閉じた。
その姿が何か願い事を唱えているように見えて、こんな彼を、可愛い、と思ってしまうのは失礼だろうか?
「先輩、そろそろ帰りましょうか……あの…どうか、しましたか?」
「あっ…ううん、なんでもない。帰ろうか。」
何を考えていたかなんて彼にわかる筈無いのに、私は気不味くなって笑って誤魔化した。
そんな私を鳳君は一瞬怪訝そうに見てたけど、すぐに笑顔を浮かべた。
帰り道、私の隣には鳳君が並んで歩いている。
こんなに話をするのは初めてなのに、不自然に感じることは無かった。
会話の内容が、跡部や宍戸のことがほとんどだったからかもしれない。
彼等が2人の共通点なんだから当然のことだろうけど、鳳君もあえてそれを話題にしている感じがして、そんなところも気を使ってるんだな…って思った。
私は初めて知り合いで良かったと、跡部に感謝していた。
さっきの流れ星、もし願い事を唱えるとしたら…。
こんな機会がまたありますようにと。
なんの抵抗も無く私の隣を並んで歩いてくれる人が現われますように。
その相手が、鳳君だったらいいと…何となく思っていた。
END
1.抱きしめて離さないで。の続きになります。
やっぱり、名前変換があんまりないです(-_-;)
氷帝のクラス編成や部活なんかは適当です。
あんまり資料もないもので…。
WJも、アニプリもさらっと見てたからなぁ。
いまさらはまった自分が悪いんだけど。
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