昼休み、手には購買で買ったパンとジュースを持って、俺は屋上へと急いでいた。
重い扉を開けると、先輩達がいつもの場所に陣取っている。
俺が一番最後だったらしく、もうみんな食べ始めていた。
「遅いぞ、長太郎!」
「スイマセン、購買混んでて…。」
いつものサンドイッチを頬張る宍戸さんが空けてくれた場所に、俺は腰を下ろした。
空は澄んだ色が広がり、太陽の熱は遮られる事無く降り注ぐ。
屋上の給水塔が丁度いい日陰を作り、俺達はそこでよく一緒に昼食をとっていた。
この時間、テニス部のレギュラー陣がそこにいる間、誰も近付かないのは暗黙の了解らしい。
寄せ付けない雰囲気なのか、跡部部長の睨みが効いているのかは、定かではない。
最初は3年の人達だけだったけど、宍戸さんとダブルスを組むようになってからは俺もその中に入るようになっていた。
樺地はずっと部長についてたから、随分前から一緒だったみたいだけど。
「鳳、あの騒ぎもやっと収まったみたいやなぁ。」
「お前も、噂になる奴があいつだったのは、災難だったな。」
忍足さんや跡部部長は、俺の顔を見るなりそう言った。
あの騒ぎは確かに収まっていて、その収拾に先輩達が動いていたという話も聞いている。
本当に迷惑を掛けてしまったと反省してるけど、まさかあんなに大事になるとは思っていなかった。
あの雨の日、隣のコートに取りこぼされたボールが転がっていって、そこにいた彼女は気付いていないようだったから、俺は咄嗟に駆け出していた。
その人が先輩だったから、なのかどうかはわからない…ただ、自然に身体が動いてしまっただけなのだから。
「俺よりも、災難だったのは先輩なんじゃないですか?」
俺は、手に持ったジュースを見つめて呟いていた。
先輩は、あの一件で初めて俺の名前を知ったって、一緒に帰った夜に教えてくれた。
だから、知らない奴と変な噂をたてられたりして、迷惑だったんじゃないかって。
そして…俺はそれを知って、少し落胆していた。
彼女は知らなかったかもしれない…でも俺は、その前から知っていたんだけどな。
先輩は、昼休みの誰も近寄らないこの一角に、自然に入り込んで来る。
先輩達と話している彼女の視界には、いつも俺なんか入ってないみたいだった。
俺だけがその輪の中から取り残されている感じがして、いつか彼女と話すことができたら、俺もそこに入れるのかな…なんて、思ったこともあった。
先輩の事が気になっていたのは事実だけど、それが好きだって感情かどうかはまだわからない。
「長太郎…お前、まだ気にしてるのか?」
呆れた口調で言う宍戸さんの横で、忍足さんは携帯を操作しながら、面白い事を思い付いたように口角を上げた。
「ところで跡部、この前また告られたらしいやん。どないした?」
「あぁ、あれか…受けたぜ。まぁ、マジじゃねえがな。」
「ひでぇ〜!」
「どうせ、あいつだって、ブランドみてえなもんなんだろ?」
「…激ダサ…。」
先輩達は人気がある…特に跡部部長はよく女の子に告白されたりしている。
でも、まだ本気で付き合う人はいないらしくて、こんな会話を聞くのも俺の知る限り両手では足りないぐらいだ。
そして、あまり長くは続かなくて、大抵は女の子の方から別れを切り出すらしい。
他に好きな人ができたから…って。
俺にはよくわからない。
告白するほど好きだったなら、どうしてすぐに別れようと思うんだろう。
どうしてすぐに、他の人と付き合えるんだろう。
「跡部部長は、それでいいんですか?」
「あぁん?なんだ、鳳…。」
「お互い本気じゃなくても、付き合えるんですか?」
「……お前は、どうなんだよ。」
「俺は…付き合うなら、本気で好きになった人がいいです。」
「相手が本気で惚れてるかどうかなんて、わからねえじゃねえか。」
「それは!…そう、ですけど…。」
跡部部長の言ってることは正しい、俺は言葉を詰まらせる。
「でも俺は、心変わりするのも、されるのも…嫌です。」
「あっちゃ〜、鳳…そら、アカンわ!重過ぎやって。普通、それ言われたら、引くやろ。」
忍足さんは額に手を当てて、空を仰いだ。
「俺、何か変なこと言いましたか?」
「いろいろ見てみろってことだろ。ま、お前らしいと言えばらしいか。」
「もっと、軽くいけよなぁ。」
「そうやな…お前も大概”こう”やしな…。一途っちゅうか、生真面目っちゅうか…。」
宍戸さんは俺らしいと言い、向日さんは軽くいけと言う。
忍足さんの左右の視界を手で遮るようなポーズは、真っ直ぐ前しか見てない、って意味だろう。
でも、目の前の大事な物を見失いたくないと思うのは、おかしいんだろうか。
…どうしたんだろ、俺…先輩に楯突いてまで、どうしてこんなにむきになってるんだろ。
そんなに誰かを思ったことなんてない、はずなのに。
多分、あの時だって…。
あんまりガキ臭くて、情けなくて、頭の中混乱してて、なんだか…笑えてくる。
「やっぱり俺は、俺を信じてくれて…浮気をしない人がいいです。」
そう言った時、誰かが背後に立った気配を感じた。
「よぉ、。」
「…!!…先輩…。どうして…。」
「…忍足いる?何、用事って?」
振り返った俺は、そこに立っている先輩から目が離せなかった。
今の話、聞かれてしまった!さっき、忍足さんがメールしてたのは、先輩だったんだ!
「お前、今の聞いてたんだろ?…どう思うよ。」
「どうよ…って言われても…。」
「…もう、いいですよ。やだなぁ…これ以上、からかうの止めて下さいよ。」
困惑した顔で言葉を繋ごうとする彼女を遮って、苦笑いしながらこの話題を終わらせようとした。
ちゃんと、笑えてるかな…どうして、こんなことになったんだろう。
「鳳君…きっと、そんな娘ばっかりじゃないよ。」
「……え?」
「や、あの…前に、嫌な事があったのかな、って思ってさ。だから、そう思うのかな、って…。」
俺と目が合った先輩は「よく知りもしないのに、ゴメン。」って、俯いた。
そんなことない、その逆で、なんでわかるのかと思うぐらいで。
「そ、それよりさ、この前は、ありがとう。」
「え!あの、何が…。」
「お前等、せっかく収まったのに、また何やらかしてんだよ!」
「何って…鳳君はアンタ達と違って優しいんだよ!紳士なんだよ!
夜遅いからって、送ってくれたんだから!」
「あの自主練するって言った日だな、長太郎…。
まぁ、騒ぎになってないとこ見ると、誰にも見られてねえようだな…。」
呆れ果ててる宍戸さんや、他の先輩達の視線は痛かったけど、それ以上に彼女の気持ちが嬉しかった。
俺の情け無い部分も認めてくれたこと、わざと話題を変えてくれたこと…あのままだったら、泣いてしまいそうだったから。
「ま、そういうことにしておいてやる。鳳、とりあえず、今日の部活はグランド20周だ。」
「え…20周…。」
「ちょっと、跡部!なにそれ、20周って!」
「まがりなりにも、この俺様に楯突いたんだ。20周でも、足りねえぐらいだがな。」
「構いません。わかりました。」
「いいわけないよ、そんな八つ当たり!跡部の鬼!」
「なんとでも、ほざいてろ!」
昼休みの終了のチャイムが鳴り、俺達は屋上を後にした。
帰り際、俺はグランド20周のノルマを言われた。
やっぱり、そうだよな…あの跡部部長に、あれだけのこと言ってしまったんだから。
でも俺は、先輩が認めてくれて、ちゃんと彼女と先輩達の輪の中に入れた事が素直に嬉しかった。
先輩が俺を助けてくれたように、俺も彼女の力になれたらいいと思った。
それは恋愛感情に近い想いなのかもしれない。
最初は話が出来ればいいと…ただそれだけだったのに。
END
<2005.8.21>
すっかり続いてしまってます(^_^;)
名前変換いらないのかもしれないですね(苦笑)
ちょた視点にしたら、あまりにもヘタレてしまいました。
R&Dをしてて、あの台詞に「一体、彼の過去に何が?」
と思った人は、きっといるはず。
そう思って書いてたら、だんだんヘタレ君に…(汗)
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