前もロクに見られないぐらい積みあがった重そうな荷物が、前から歩いてくる。
…いや、そうじゃなくて、足元を確認して女の人だとわかって、かなり高い位置にある手元から身長のある人だと確信して、もしかしたら…なんて思ってる俺は、実は彼女がどちらに避けるかと悩んでいたりする。
ほら、こんな時って同じ方に避けちゃったりってことがよくあるから。
おぼつかない足取りの彼女は、前にいる俺の気配に気が付いたのか、歩く速度を緩めた。
「前の人、そこ動かないでね。」
そう言いながら俺の横を通り過ぎようとする人は、やっぱり思ったとおりの人で。
「先輩!どうしたんですか?こんな荷物抱えて。」
資料の入ったダンボールを取り上げると、前が見えるようになった先輩が、驚いた顔で俺を見る。
「え?何?鳳、くん…どうして!…っていうか、それ、だめだって!」
急に軽くなった自分の手元にうろたえたように、ちょっと意味不明になりながら、俺が持つ荷物を取り戻そうとする。
「こんなに重いのに、1人で持つのは大変じゃないですか。」
「大丈夫だよ。中ちゃんのお墨付だし、これぐらい慣れてるから…。」
中ちゃん、というのは、社会教科担任の中西先生の事で、授業に使う資料の量はハンパじゃないって宍戸さんから聞いたことがある。
「慣れてるって…そんなによくあるんですか!」
「まぁ、この体格だからねぇ…力仕事はよく頼まれるよ。
女子からも、男子に頼むより頼みやすいみたいだから。」
この体格って…俺は、少し唖然としてた。
先輩は、決してすごい筋肉質とか太ってるとかじゃなくて、ただ身長が高くてそれに見合ってバランスよく筋肉が付いているって感じで…って、別に変な意味で見ていたわけじゃないんだけど。
「鳳君も、何か用事があるんじゃない?私は大丈夫だからさ、それ戻していいよ。」
「そんな訳にはいきません。一度持っちゃったから、戻せないですよ。
それに、やっぱりこんな重いの持たせる訳にはいかないですしね。」
俺が先輩に向き直ってそう言うと、小さな声で「ありがとう。」って言う先輩の頬が少し染まったような気がした。
そんな表情の一つ一つに心が動かされるのって、やっぱりこれは特別な感情を持ってるって事なんだろうか。
俺はまだ、これが特別だというのを認めるのが怖いと思っていたのに。
先輩は荷物を取り戻すのは諦めたようで、俺は先輩のクラスまで運ぶ事にした。
その途中、聞き覚えのある声が先輩を呼ぶ。
「〜、いつの間に鳳とそんなに仲良しになったの〜?」
少し間延びしたような話し方、テニス部の先輩の芥川さんだった。
その隣でくすくす笑ってるのは、同じく先輩である滝さん。
「知らないよ。また変に噂になったりしても…。」
「ちょ…ちょっと、嫌な事言わないでよ!鳳君は、親切でしてくれてるんだから。」
そんな2人に先輩は慌てて弁解してて、俺は少し落ち込んでいた。
俺はそうなっても構わないと、少しだけ思ってたのかもしれない。
でも、先輩にとってはそれは迷惑なことなんだ。
「滝もジローも、そういうのって興味ないと思ってたのに。」
「そんなことないよ〜。おもしろそうだし〜。」
「うん、こんな愉しそうなのに、乗らない手はないでしょ?」
「…はぁ……あんた達、可愛い後輩を庇おうって気は、無いわけ?」
「へ〜!後輩ね。がそれ言っちゃうの!」
「え!な、なに?何のこと?」
「ふーん…それって素で言ってる?それとも駆け引き…もしそうなら、君もなかなかやるね。」
滝さんも芥川さんも、俺が何を気にしているのか薄々勘付いているみたいで、どこか意味深な言い回しをしている。
俺が気にしている事…先輩から見れば俺はただの後輩…そんなのはわかり切ったことなのに。
先輩が全くわかってないみたいだったのは、救いなのかな。
最近知り合ったばかりの俺が、こんな事思ってるなんて知ったら、先輩はどう思うだろう。
俺は、ただの後輩としてじゃなくて、俺自身として見て欲しいなんて。
だからこれは、知られるわけにはいかない…。
「ほら、あんた達が変な事言うから、鳳君も困ってるじゃん。」
先輩達の話を聞きながらちょっと考え込んでしまって、それが顔に出てたみたいだった。
ただ、その意味はやっぱりわかってないだろうけど。
「もう!ジローも滝も訳わかんなすぎ!クラスに戻るなら、鳳君の代わってあげてよ。
そろそろ休み時間終わっちゃうから。」
「い、いいですよ。俺が持って行きますから。時間も無いですし、そろそろ行きましょう。」
俺は、まだ何か言いたそうな滝さんの視線を遮るように、先輩を促した。
滝さんはあの意味ありげな微笑で、芥川さんもいつもの眠たそうな顔ではなくて、そう言う俺と先輩を交互に眺めていた。
これはきっと、先輩達全員に広まるのは時間の問題…特に、忍足さんとかにはからかわれるだろうな。
それでも、少しでもいいから俺が助けてあげたかったんだ。
先輩はクラスに戻るまでずっと大丈夫だからって言い続けてた。
いつも”大丈夫だ”と言う彼女に、俺はもっと頼ってくれたらいいのにと願っていた。
結局クラスの前まで荷物を運ばせてしまって、近くにいた男子に荷物を引き渡すと、鳳君は「それじゃ、俺、もう行きますね。」と言ってそのまま戻っていった。
「ありがとう。」と声をかけた私に、笑顔で答える鳳君の後姿を見送っていると、が背中から抱きついてきた。
「ちょっと、ちょっと!今のって、鳳君でしょ?今度はどうしちゃったの、?」
「え!あぁ…職員室で中ちゃんに捕まって、資料持たされたのを助けてくれたんだよね。」
「へぇ〜…やっぱ、優しいよね、鳳君って。あーいう人を好青年って言うのかね。」
は私の背中越しに鳳君が向かった方を見ながらそう言った。
鳳君が歩いていくのを遠巻きに見ていた女の子達は、彼が通り過ぎると嬉しそうに声をあげている。
今更ながら人気のある人だと思うし、その訳も身を持って知っているし。
「そうなんだよね。今もさ、誰が見ても私なら大丈夫だって言うと思うんだけど。」
「それでも助けてくれるところが、鳳君の好青年たる所以だと思うよ、私は。」
予鈴が鳴って、廊下に出ていた生徒達は急いで教室へと入っていく。
廊下でボンヤリしていた私を、が中へと引っ張っていった。
私がようやく持っていた荷物を軽々と持っていた鳳君は、やっぱり男の人なんだなぁ、って思う。
鳳君があんまり私のことを女の子扱いするから、照れくさくてなんだか変な感じだった。
きっと彼は無意識にしているのだろうけど、女の子なら誰だって嬉しいと思うよ。
だから、クラスへ帰る途中にそんな事を話したと思う。
「本当に、鳳君は優しいよね。同じテニス部で、跡部や忍足とは大違いでさ。
少しは見習って欲しいよ…。」
横にいた鳳君が、ふと立ち止まる。
どうしたのかと思って振り返ると、妙に神妙な顔をした鳳君がいた。
「どう…したの…?」
「先輩は…跡部部長に……いえ、何でもないです。」
鳳君は何かを言いかけて、そして、言うのをやめた。
私はその続きが気になって、でも、それを聞く事はしなかった。
何も無かったように、いつもの穏やかな表情の鳳君に戻っていたから。
もうすぐ学期末試験、そして夏休みに入ってすぐに夏の大会の地区予選が始まる。
私は今、そのことだけを考えようと思った。
これが最後の大会だから、悔いのないように。
だから…私は強くならなきゃいけない。
もう誰も頼ってはいけない…たとえそれが、側にいるだけで安心できる人でも。
彼はこんな私にまで優しくしてしまうから、彼の負担にならないように、彼が私を気にしなくてもいいように。
END
<2005.10.3>
滝くん&ジローちゃん、登場!
話し方がよくわからなくて、会話部分は誰が誰やら(苦笑)
こんな感じで、氷帝’sをみんな出せたらいいな…なんて(^_^;)
相も変わらず、進展せず…というか、ヒロイン可愛くない!
ちょたもひたすらヘタレてくるし…こんなんで、地区大会は
大丈夫なのか?
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