「あれぇ…今日は、樺地くん、いないの?」
の第一声に、そこにいるメンバーは揃って苦笑いした。
「ちゃんも、相変わらず樺地好きやなぁ。」
「当たり前でしょ!樺地くんは、いい男だぞ!癒し系じゃん。」
力一杯、断言するに、跡部は大袈裟に溜め息をついた。
普通の女生徒達なら、彼のこの仕草にすら見惚れるところだろう。
現に今だって、遠巻きに視線を向ける女生徒達の嬌声が、微かに聞こえてくる。
だが、そんなことにとっては大したことではなく、全く動じることはない。
そうでなければ、昼休みのこの空間に入り込めはしない。
「今日は、2年の連中は来れないって言ってたぜ。」
「なーんだぁ…じゃあ、鳳くんもいないんだ…がっかりー。」
パックのジュースを飲みながら言った向日の言葉に、は力無く項垂れた。
自分達には用はない、とでも言いたそうな様子に、宍戸も呆れた顔をする。
「相変わらず、デカイ男が好みだよなぁ、…。」
「男なら、ガタイもフトコロもデカい方がいいじゃん。小さいよぉ、跡部さま。」
「黙れ…ったく、口の減らねえ女だ…。」
氷帝のみならず、近隣の学校の女生徒達の人気が集中している集団のトップに立つ跡部に、こんな口を聞ける女子は数少ない。
その跡部に対してこれほどの振る舞いをしているにも関わらず、が他の女子から嫌悪の標的にされることはなかった。
それは「跡部は眼中にない」と公言していることや、大柄な男が好みで彼氏もいるということが、既に知れ渡っているからだ。
何より、氷帝内でも上位にあるの容姿と、それを鼻にかけずに異性同性問わず好かれる人懐っこさがあるからかもしれない。
これほどのメンバーが揃っていても、媚を売るような態度を見せないに、跡部達も気がおけない付き合いが出来ていた。
「そういえば、お前の男って…あの、青学のパワープレイヤーだったか?」
「その言い方…なんか、引っかかるんだけど。彼はねぇ、パワーだけじゃないんだからね!
ここだって、アッツイんだから!バーニングなんだから!!」
自分の胸元に手を当てて熱く語るに、聞く気は無いと言う様に耳を塞ぐ跡部。
相変わらずの会話に、メンバーも苦笑いするしかない。
「わかった、わかった…お前のデカイ奴好きなんて、俺様には関係ねえよ。
…そういえば、今日はいつものデカイ連れはいねえのか?」
「のこと?っていうか、デカイ連れ呼ばわりって、どういうこと?失礼な奴め、まったく…。
跡部は、の良さがわかってないよ!それとも…そんなにいないと、気に、なるの?」
悪戯っぽい笑みを浮かべ聞き返すに、跡部はあからさまに嫌な顔をした。
「ハン!誰が!お前等がいつも、つるんでるからだろ。
あんな、男みたいな奴、俺様が相手にするかよ。」
「そやなぁ…とだったら、頭並んでまうもんなぁ、跡部くんは。」
「うるせえぞ、忍足。」
忍足の言う通り、跡部との身長は、ほぼ同じ。
気にしていないつもりでも、跡部にしてみればあまり気分のいいモノではない。
忌々しげな表情の跡部には構わずに、は呆れ顔で大袈裟に溜め息をつく。
結局、にかかれば跡部に勝ち目はないようだ。
「まったく、見る目のないのが多くって…その点、鳳くんは流石だよね。
伊達に、ししゃもの違いが分かる訳じゃないよね。」
「はぁ?どういうことだよ?なんで、ここで鳳が出てくんだよ?それに、シシャモって?」
脈絡のない話の展開に、首を傾げて疑問符を飛ばす向日に、忍足が「オレに聞かんで。」と両手をあげて乾いた笑いを零す。
あからさまに眉を顰める跡部を横目に、宍戸が思い当たったように膝を叩いた。
「そういやぁ、あいつ、本物のシシャモが好物って言ってたっけ。
北海道旅行で喰ったシシャモが旨かったから、態々旬の時期に取り寄せたりするって。」
「まぁ、この辺で出回ってるものは、輸入品の擬似魚だと言うしな。」
「でもでも!そんなの、喰ってみたって分かんねーじゃん!」
「……それが、分かっちまうんだよ。長太郎はさ。見た目でも、だいたい分かるらしいぜ。
それにしても、…お前、長太郎の好物なんて、よく知ってるな。」
向日の素朴な疑問に答えた宍戸は、自分でもすぐに思い付かないようなパートナーの好物を、それほど親しくはないが知っていたことに驚いた。
だが、その疑問の答えに、宍戸を始めその場にいた全員が唖然とする。
「それは、ほら!親衛隊から、情報入手済みだしさ!」
どうやら、彼等の個人情報はだだ漏れらしい。
身体的プロフィールはもちろん、そんな個人的嗜好までが公表されているとは。
どこからそんな情報が流通しているのか、薄ら寒さも感じるが、有名人であるが故の悩みだろう。
知らないところで横行している情報に対する不快感や、自分が提供した知識が軽くスルーされた跡部の眉間の皺も、だんだんと深くなってきている。
「どうでもええけどなぁ、一体、何しに来たん?ちゃん…。
跡部に喧嘩売りに来たわけや、ないやろ?」
これ以上、跡部の機嫌を損ねると面倒だとでも思ったのか、停滞する話を進めるべく忍足が口を挟む。
忍足の言葉に、それまでの茶化すようなの表情が、ふと真剣味を帯びた。
「…協力して、ほしいの…。」
「「「「は?」」」」
これまでの話の流れからは、何の協力をすると言うのか見当も付かない。
話題といえば、のデカイ奴好きと、の身長と、鳳の好物と……と、跡部は順を追って思い返す。
男のいるが、と鳳の取り合いをしているなんてことは、まず考えられない…ということは……。
「と、鳳くんが、付き合える様に協力してほしいの!」
想像通りに返ってきた答えに、あぁ、やっぱり…と、跡部は納得する。
対称的に、脈絡のない話の内容に、宍戸と向日は首を傾げて疑問を露にし、そんな二人に忍足は緩い笑みを向けた。
「随分と、急な話やなぁ。どないしてん?」
「だって…鳳くんはピッタリなんだもん……の好きなタイプに…。」
「の、好きなタイプ?」
その場にいる全員の視線が、に集まる。
「の理想は、自分よりも大きな人だって…私、からそんなこと聞いたの、初めてなんだもん。
は、いっつも私の話ばっかり聞いてくれたから。そんなこと、今まで全然知らなくて…。
だから、の理想を叶えてあげたいの!」
話に出ていた条件ピッタリの鳳が現れて、あのアクシデントが起きたのは、なんて凄い偶然だろうと思う。
ちょっとした神様の気まぐれか…それでも構わなかった。
その後も、と鳳くんには接点が出来ている。
は、その偶然を、偶然のまま終わらせたくなかった。
自分自身を見ていない、あまりにも不器用な友人に、幸せになってほしかったから。
「…それは、お前だけの気持ちだろう。」
「そう…だけど…。」
「肝心の、本人の気持ちは確認したのか?巻き込まれる、鳳の気持ちは?
お前のお節介は、ただの余計なお世話になるんじゃねえのか?」
それまで黙って聞いていた跡部の声が、低く響く。
跡部の言うことは、いちいち正論だ。
何もかも見透かすような、透明な碧眼に見つめられ、は何も言えなくなる。
でも…確実なことは何もないけど、それでもどうにかしたかったから。
「跡部の言うことは、正しいよ…それは、自分でもわかってる。
でも、それを承知の上で、私はと鳳くんが、一緒にいて欲しいと思う!」
「そりゃ俺だって、長太郎が…その…に惚れてる、っていうなら、協力はしてやりてぇけど…。」
「別に、いいじゃん。それくらいよぉ。」
「軽はずみなこと、言ぅたらあかんで、岳人。あんま深入りせん方が、ええんとちゃうか。」
「とにかく、だ。俺達は、本人が泣きついてこない限り、積極的に協力はしない。
そのかわり、邪魔もしねえよ。お前の度胸に免じて、静観してやる。」
これ以上続ける気はないという跡部の結論の言葉に、はそれで上等だ、と思った。
跡部なら、こんな言い方をしても、きっと何か手を打ってくれる。
なんだかんだ言いながら、面倒見はいい…跡部とは、そういう男だ。
は、一つ大きく頷いて、メンバーを残し一角を後にした。
そろそろ、午後の授業の予鈴が鳴る頃で、屋上にいた生徒達もそれぞれ教室へ戻ろうとしていた。
彼等が、屋上を出て行くの後姿を見送っていると、それまで一言も聞こえなかった声があがった。
「そんなの、時間の問題だって〜。」
「そうだね。俺達が手を出すこともないと思うな。」
それまで、跡部の隣で横になっていた慈郎がムクリと起き上がり、欠伸混じりに呟いた。
滝も、涼やかな笑顔を崩すことなく、髪をかきあげる。
「そんなことは、最初からわかりきってるんだよ。」
「そやなぁ、鳳なんて、めっちゃわかりやすいやん、なぁ。」
「も、鳳のこと気に入ってるんだろ?だったら、問題ねえじゃん!」
「問題はねえけど…押し付けるわけにもいかねえだろ?」
この間の廊下での一件は、当然その日のうちに跡部達の耳に届いていて。
知らなかったとはいえ、の申し出は彼等にとっては今さらなことだった。
それをあえて口にしなかったのは、焦ることはないと跡部が判断したからだ。
「まったく…俺様の手を煩わせるんじゃねえ……。」
「とか言いながら、何かと世話焼いてしまうんやろなぁ、跡部は…。」
鬱陶しそうに睨み付ける跡部に「おぉ、コワっ!」とワザとらしく怯えてみせながら立ち上がる忍足に続き、午後の授業へと向かうメンバー達。
最後に腰を上げた跡部は、眩しい空を見上げて、蒼空に溶け込みそうな瞳を細めた。
END
<2007.8.26>
実は、話が続いたことで一番困ったのがこのお題でした。
ししゃもの話を、どうやって繋げたらいいのやら…。
気が付けば、前の話から1年近く経っていたという(^_^;)
しかも、他の話よりも長くなってるし…(苦笑)
何はともあれ、随分御無沙汰な更新です。
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