世界が終わるその時は…



 「なんだよ、この終わり方!」

部活が終わってから、少し残って打ちたいと言うアキラに、付き合うことにした。
橘さんも、今日は用事があるっていうから、俺達に鍵を預けて帰ってしまったし。
もうすっかり日は落ちて、ボールを追うことが難しくなってきた頃、やっと俺達は帰り支度を始めて。
俺がボールを確認している間に、さっさと着替えに行ってしまったアキラにちょっとムカつく。
そして、わざとゆっくり着替えてる俺の後ろで、毎週読んでいるという漫画雑誌を見ながら、素っ頓狂な声をあげたのだ。

 「いきなり大きな声、出さないでよね。アキラの声って、普段でも耳に響くんだから。
  そんなにでかい声出さなくても、ここにいるのは俺だけでしょ?充分聞こえるのにさぁ。
  それとも、俺に対する嫌がらせ?どうせ、俺の声は小さいけどね。
  これ見よがしに、でかい声出さなくてもさぁ。でかきゃいいってモンでも、ないでしょ。
  それに……。」
 「あ〜ぁ!悪かったって!そんなつもりで、でかい声出したわけじゃないんだって…。」

そんなこと、最初からわかってるけど、アキラを静かにさせるのってこれが一番手っ取り早い。
ほんと、単純。
で、なんででかい声出したのかと聞けば、連載してた漫画が最終回だったって。
その終わり方が、どうやら納得できなかったらしい。
内容は、少年誌系特有の戦闘モノ…最初は緩やかに進むストーリー。新たに現れる敵達に、深まって行く謎。
傷付き悩みながら、それと共に頼りになる仲間も増えていき、強大な敵へと立ち向かう主人公たち。
別に、連載してれば最終回だって当然のように来るだろう。
ただそれが、読者の想像に任せるっていう終わり方だっただけのこと。
でもアキラにとっては、最期の決着が付かないまま有耶無耶に終わるのが、どうにも気に入らないという。

 「別に、どうでもいいじゃん。気にいるようなラストを、自分で考えられるってことでしょ。
  そのまま続いてたら、全滅で終わったかもしれないじゃない。それはそれで、納得いかないんでしょ?」
 「それは、そうだけどよぉ…。」

やっぱりすっきりしないって顔で、渋々言葉を呑み込んだアキラに溜め息を零して、俺はロッカーを閉めた。

*****

街灯が途切れ途切れに足元を照らす、いつもの通い慣れた道。
隣を歩くのは、いつものようにしゃべり続けてるアキラで。
今日の練習の事とか、授業が解らなかったっていうグチとか、いつもの如くまくしたてて。
俺は、やっぱりそれを黙って聞いてるだけだったけど。
そのうちにまた、さっきの話を蒸し返すんだろうなぁ…なんてのは、薄々予想は付いていた。

 「なぁ、深司…お前なら、さっきの話、どう終わらせる?」

俺は、あの終わり方でいいと思ってたんだ。
危険だと知りながら、それでも全員で立ち向かって行こうと決めた、主人公たち。
自分たちの住み慣れた場所に、再び戻ってくるとの誓いを残して。
その作者が作り出した世界は、明るい未来を予感させる終わり方をしていたから。
だから、俺は…。

 「俺は、あのままでいいと思うけど。」

そう言った俺に、アキラは「そぉかぁ…?」と少し不満そうに、眉を顰めてみせた。

*****

 「アキラはさぁ、考えたこと無い?」
 「え?何を?」

何、言ってんの?って感じで、キョトンとした顔で首を傾げるから、鬱陶しい前髪がサラリと流れて、両の瞳が露になる。
久しぶりに、見れたかも…なんて思いながら、ワザと呆れたように溜め息をついてみる。
これで、アキラも俺の言うことに集中するでしょ。

 「まぁ、しょうがないよね、アキラだし…。」
 「どういう意味だよ!」
 「そのままでしょ?どうでもいいけど。でさぁ、アキラは考えたこと無いかなぁ。」
 「だから、なんなんだよ!」
 「もしも、俺達がいるこの世界が、誰かに創られた世界だったとしたら、って…。」

アキラは、やっぱりわかってないようで、情けない顔してこっち見てる。
俺は、なんとなく考えてしまうことがあった。
もしもこの世界が、小説や漫画のように誰かが考えて創り出した世界だとしたら、いずれはその誰かによって最終回を迎えるのだろう、と。
最終回とは、この世界が終わるということで、その時自分は、仲間たちはどうなるんだろう。

 「この世界が終わる時って、俺達はどうなるんだろうね。」

別に、アキラに答えを求めていたわけじゃない。
ただ、そんな事を考えてしまうことがあっただけ。
橘さんと出会う前の自分が見せた、弱気な妄想の小さな欠片。
もしかしたらここにいる俺は、誰かが創った世界の中の一部なんじゃないかって。
理不尽な扱いを受けるって設定の、登場人物の一人。
…そんな妄想、もう捨ててしまったと思ってたのになぁ…。
アキラが、あんなこと言い出すから、思い出しちゃったじゃないか。
あーぁ…やっぱりアキラって、ロクな事言わないんだからさぁ。
これじゃ俺が、恐れてるみたいじゃない。

今の、この居心地のいい世界が、最終回で終わってしまうことに…。

*****

気が付けば、少し手前の街灯の下で、アキラは立ち止まったまま考え込んでるようだった
数歩、先を歩いていた俺は、振り向いたままその場に立ち止まる。
微かに、アキラが呟いた気がしたけど、聞き取る事が出来なくて。
歩み寄った俺は、アキラを照らす街灯の明かりの中に足を踏み入れることが出来なかった。
少し俯いていた顔を上げて、真っ直ぐに見つめる視線が、眩しかったから。

 「あのさぁ…あんま難しいことはよくわかんねぇけどさ…。」

今の俺の顔は、アキラに見えてるんだろうか。
だとしたら、酷く不様に映っているだろう。
普段、表に出すことのない感情が溢れ、そのまま映し出されてしまった表情が…。

 「俺は、俺のやりたいようにするよ。最期まで足掻いて、駆けずりまわって。
  それで、そんな誰かが創ってる世界なんて変えてやるさ。」

そんな無茶苦茶な理屈なのに、何故かホッとしているなんて。
だから、灯りの下になんかいかない。
アキラなんかに、見せてやらない。

 「きっと、俺達は最期まで同じ場所で、いつもと同じことしてんだよ。
  テニスやって、バカやって笑って、ずっと同じメンバーで。」

まったく…そんなこと言ってるから、単細胞って言いたくなるんじゃない。
ホント、アキラって脳天気だよね。
単純すぎてさ…俺だけが、馬鹿みたいに見えてくるじゃん。

 「だから、俺はずっと深司の隣で、深司はずっと俺の隣で…。
  それで、いいんじゃねぇかな。」
 「何それ…アキラのくせに、ナマイキ…。なんか、ムカツク…。」
 「なんだよ、それ!」

俺は、踵を返して、歩を進めた。
置いて行かれそうになったアキラが、慌てて駆けて来る足音を、背中に聞いた。
結局はアキラだって、あの最終回で納得してるんじゃない。


最終回は……世界が終わるその時は、自分達で明るい未来を創るんだ…って。

俺達は、ずっと一緒に、足掻き続けるんだ。


END

「テニスで綴る100の風景」さま

企画サイト「テニスで綴る100の風景」様

寄稿 <2006.10.8>
サイトUP <2006.12.5>

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