もっと・・・頑張れるのに

※「あ〜わ 頭文字お題<台詞編>」より。名前変換なし。


オレの目の前に立つのは、頭一つ背の高い先輩。
オレの一つ上の、頭がよくて少し厳しい、先輩。

引退後も、たまに練習に参加してくれて。
帰ろうとするのを呼び止めた俺にも、嫌な顔一つしない、優しいせんぱい。
先に行かせた仁王先輩の、突き刺さるような視線。
それよりも、オレを優先してくれたという優越感が勝る。

 「どうしました?切原君。」

そう言って、軽く首を傾げるのは、クセのようなもの。
瞳はレンズに遮られて見えないけど、きっと緩く細められているはず。

 「あのぉ…オレ、話したいことがあって……。」
 「何だか、怖いですね。そんなに改まって…。」

怖いなんて言ってるけど、それは口だけ。
だって、口元に手を当てて、クスリと笑ってる。

 「えっと…全国大会の……準決勝の、時…。」
 「…!その事、ですか…。」

やっぱり、思い当たるのか…一瞬、表情が曇る。
綺麗に整った眉が、微かに歪む。

 「…あの時は、ごめんなさいね…「ワカメ野郎」だなんて……。
  私としたことが、大人気ない…。」

見当違いなことを気にしていた先輩に、ちょっと気が抜ける。
それに、元はと言えば(多少大袈裟になったが)あいつらが言った事。

 「違うッスよ!そんなのどーでもよくって!そーじゃ…なく、て……。」

オレは、どうしてもこれだけは言いたくて…でも、どうしても、言い辛くて…。
先輩は、言葉に詰まってしまったオレを急かすことはしない。
ただじっと、次の言葉を待っていてくれる。

 「…ゴメン、なさい……オレが、もっと強ければ…あんな試合しなくても、済んだのに…。」
 「あんな…?」
 「先輩の…中学最後の試合が、あんな!……あんな試合に、なっちゃうなんて…!
  先輩達が、オレに気合入れるために、わざと負けなきゃいけなかったって…。
  それに、柳生先輩に、あんな嫌な役目をさせちゃった…。」

全国大会の決勝戦では幸村部長が復帰し、優勝するためのオーダーが組まれ…。
結局、柳生先輩は補欠にまわり、あの試合が中学最後になってしまった。
もしかしたら先輩は、立海大が勝つためとはいえあんな試合をしなければならなくて。
もう、あんな試合をさせたオレの事なんて、嫌いになってしまったかもしれなくて。
冷静に考えたら、すごく怖いことだ。
そんなの…そんなの、嫌だ……嫌われたくなんて、ないんだ。

 「…君は、あの試合を『あんな試合』だと…そう、思っているんですか。」

いつもより、少しトーンを落とした低い声が、耳に響く。
やっぱり、怒ってるよ、な…そう思ったら、なんだか辛い。

 「君は、私が『全力で負けようとした試合』を『あんな試合』と…そう、言うのですか!」

え…?
どういうこと?全力で負けた試合って…どういうこと?わかんないよ。
『あんな試合』をさせたことを怒ってるんじゃないの?
『あんな試合』と言ったことを怒ってるの?
ねぇ、先輩…わかんないよ。難しくて…訳、わかんないよ。

 「誰が好き好んで、あんな格下の相手に負けるものですか!
  勝とうと思えば、簡単に勝てた試合です。」

何気にサラッと、凄い事言ってる気がするけど…でも、先輩なら完璧に勝てた相手だ。

 「あれは、立海大の勝利のため…いえ、君の更なる成長のための策でした。
  だから私は喜んで、その役目を引き受けたのです。
  云わば、完全に敵を油断させるための、最大の詐欺(ペテン)。
  私は、自分の役目を演じ切ったと、自負しています。
  それを『あんな試合』だと…君は、そんな風に思っていたのですか!」

……!今…何て言ったの?聞き間違いじゃ、ないよ…な…。
だって…『君のため』って、『喜んで』って…そう、言ったんだよな。
先輩のパートナーを連想させるフレーズが、自然と出てしまうのはちょっと悔しい。
なのに、自分の都合のいい単語だけを拾い集めて、帳消しにしてしまう。
オレの単純な思考が、笑えるくらい嬉しい。

 「私は、君が信じる値打ちも無い…不甲斐ない男だと、そう思われているのですね。」

あぁ、この言い回し…上げたと思ったら、辛辣な言葉でトコトン落とす会話術。
それを素でやっているのだから、天然ってホント怖い。
柳生先輩は、結構ドライな人だから、どうでもいい奴は目にもくれない。
でも、こういう言い方をする時は、先輩が本気で気に掛けてくれてるってこと。
オレと、真剣に向き合ってくれてるってこと。

 「まぁ、そう思われても仕方が無いほど、不本意で、無様な試合でした…。
  …全く悔いは無い、と言えば嘘になります…。
  ですが、君は見事に期待に答えてくれました…それだけで、充分です。」
 「柳生先輩…オレ…!」
 「君が、気に病むことは無いんですよ。
  それに…もう、八つ当たりもしてしまいましたしね。」

それまでの尖った雰囲気がフッと和らいで、口元に微かな苦笑い。
大人びた先輩が、たまに見せる幼い感情。
オレのリミッターを解除した一言は、そんな子供みたいな精一杯の八つ当たり。

 「もし、どうしても申し訳ないと思うのでしたら…。」

そこで、一呼吸、言葉を止める。
続く言葉に、改めて確信する…オレ、この人が、大好きだ。

 「君の想い描く強さを携えて、早く追いかけていらっしゃい。
  私も、君が信じるに値するような男になって、待っていますから。
  そして、また同じチームで、共に闘いましょう。」

先輩が、オレを待っていてくれる。
また一緒に、闘ってくれる。
本当は、ずっと隣で微笑んでくれたら…もしそんな事になったら、最高なんだけど。

でも…。
先輩の声が、オレを喜ばせてくれる言葉をくれる。
それだけでも、オレ…


もっと・・・頑張れるのに


軽く手を振って背中を向けた先に佇む、もう一人の先輩の姿。
二人並んで遠ざかっていく影を、見えなくなるまで見送って。

オレは、声に出ているのかわからないほど微かな声で、そっと呟いていた。


END


WEB拍手公開。<2008.2.2>
サイトUP。<2008.10.28>

WEB拍手から、繰上げ。
一応「そんなのってないよ!!」の、続編になります。
どうやら、やぎゅを慕ってる赤也、というパターンが好みらしいです。
というか、やぎゅが皆に好かれてると嬉しい♪

戻る