「ずっと、憧れていた…ずっと、あんた達みたいになりたかったっすよ。
 でもいつの間にか、そんな気持ちが少しづつ変わっていったんだ。

 あんた達みたい、じゃなくって…あんた達と一緒に、ってさ」

ねぇ・・お願いだから 2

※「あ〜わ 頭文字お題<台詞編>」より。名前変換なし。


一人の補習者もなく試験も終了し、とうとう明日から休暇に入る。
後輩達へ明け渡したものの、何かに付けて部室に集まってしまうのは、身体に染みついてしまった習慣のようなものだ。
それに今日集まったのは、明日からの予定の確認をするためでもある。
新しく部長になった赤也は、そんな先輩達を羨ましげに眺めていた。
だいたい、今までこれほど愉しそうにしている先輩達を見る機会は、めったに無かった。
笑顔を浮かべつつも、彼等からはどこかピリピリとした緊張感が滲み出ていた。
それは、あくまでも勝利にこだわる気魄を、いつでも身に纏っていたからなのだと思う。
全国大会を終えた今、肩の荷を降ろした彼等は、普通の高校生としての顔を見せている。
そんな珍しい光景を見られるのは貴重だし、思わず写メしとこうかと思ってしまうくらいだ。
でも、だからって……!

 「ずりぃーっすよ!先輩たちばっかり!!なんで、オレだけ置いてけぼりなんすか!」

着替え終わった赤也を、まるで初めて気が付いたとでもいうような表情で、彼等は振り返った。
赤也は、彼等が試験明けの休暇を利用して旅行に行くというのを聞いた時、当然自分も一緒に連れて行ってもらえると思っていた。
中学からずっと、必死になって彼等にくい付いてきたし、彼等もそれを受け入れてくれていた。
これからバラバラになってしまう彼等の思い出の中に、自分も含めてもらえると思っていたのに…!
ただ、拗ねてるだけなんだ…そんなのみっともないと思うけど、少しぐらいはいいじゃないか。
もしかしたら、優しい柳先輩や柳生先輩が「連れて行ったら。」って、取り成してくれるかもしれない。
丸井先輩やジャッカル先輩、仁王先輩が「うるさいから、連れてけ。」って、言ってくれるかもしれない。
真田先輩が「鍛えなおしてくれる!」って、強制連行してくれるかもしれない…そんな、淡い期待を込めた我侭だった。
だが…。

 「赤也…お前は、俺達が築き上げた功績を、ここで終わりにするつもり?
  そんなこと、ないだろう?まだこれからもずっと、引き継いでいかなければならないんだ。
  それが、常勝と呼ばれた、立海の掟…それを、忘れたわけではないだろう。
  気を抜いている暇は、ないんじゃないかな?」

唇に笑みを乗せ、幸村は言った。
本当ににこやかに、幸村は微笑んだ。
この3年間、『常勝』という立海大の伝統を、実質的に担っていた幸村の言葉だ。
誰にも反論の余地は無く、赤也も当然、駄々をこね続ける訳にはいかなかった。
だがそれ以上に赤也が口を閉ざしたのは、幸村のその視線だった。
穏やかな表情にもかかわらず、射貫かれそうな程に鋭く冷たい瞳。
確かに、少しトゲのある部分をのぞかせる先輩ではあったが、これ程冷ややかな眼差しで見つめられたことは無かった。
まるで、これまで交わした些細な一言でさえ全てが夢で、本当は自分なんて存在すら認められていないんじゃないか?
外はまだ過ぎていく夏を惜しんで容赦なく熱を振りまいているのに、ここだけが凍える吹雪の中に閉じ込められているみたいだ。

それほどまでの強い拒絶に、赤也は寂しさを通り越して…怖くなった。

****

傷心の面持ちで、赤也が部室を後にした。
柳生は、そんな背中に後ろ髪を引かれながら、かける言葉もなく見送っていた。


 「ねぇ、柳生……後からでもいい…合流、できないか?」
 「え、えぇ…それでも、いいのでしたら、なんとか……。」

 「あぁ、頼むよ。必ず、来て欲しい…楽しみに、してるよ。」



あの日、詰め寄る幸村に途惑いつつ、これほど強く頼むということは、何かどうにもならない理由があるのではないかと思った。
もしかしたら、予約の関係上、どうしても人数が揃わなければならないのかもしれない。
それならば、自分の代わりに赤也を連れて行っては?と進言してみたが、幸村は頑なに拒否した。
ひたすら柳生に来て欲しいのだと、子どものようにせがんだ。
どうしても同行させて欲しいと、父に無理を言ってまで行きたかった用事だ。
こればかりは、幸村の頼みであっても譲れない。
しかし、それも金曜まで…土曜の午前中には合流できるだろう。
もともと憧憬の思いを抱いている幸村にそこまで言われては、どのみち柳生に断れるはずがない。

楽しみにしている、と言った幸村の微笑が、このまま消えてしまうのではないかと不安になるほど、あまりにも儚くて。
もう二度と、幸村にそんな表情をさせたくないと、ここにいる誰もが思っているのに…そのために出来ることなら惜しみはしない、と。

****

木曜日の朝、待ち合わせた駅前には、早朝から出掛けて行った柳生の代わりに、赤也の姿があった。
いつも目覚まし通りに起きるのが苦手な赤也が、今日は何故かベルが鳴る前に目が覚めた。
せっかく目が覚めたのだから見送りくらいしておこうと、ホンの軽い気持ちで家を出たのだ。
自分でも気付かぬうちに、行かなければならないという思いに、駆られていたのかもしれないのだけど。

 「あれ?随分早いね。珍しいじゃないか、赤也。」
 「普段から、こうだといいのだがな。」
 「まったく、こんな時ばかり……!だいたい、今日は練習が……。」
 「あぁ、もう!せっかく、見送りに来たってのに!それに、今日の練習は、午後からっすよ!!」

引退したとはいえ、やっぱり彼等にとっての自分は、頼りない後輩で。
いつまでたっても、頭が上がらなくて。
それでも、こんなやりとりが出来なくなってしまうのは寂しいと感じてしまう。
だから、ついつい赤也は彼等の姿を追ってしまうのだ。

 「そろそろ、時間だね。」

と言う幸村の言葉に、彼等は揃って赤也に背を向けた。
そんな彼等の背に向かって、本当に何も考えずに、赤也は声をかけた。

 「ちゃんと、帰ってきてくださいよ。」

ホームへと向かっていた彼等の足が一瞬止まり、言葉もなく振り返る。
彼等はともかく、言った本人の赤也でさえも、その意外な言葉に驚いていた。
どうして、そんな言葉が、出てきたのだろう…そんなの、当然じゃないか。

 「はぁ〜っ…そんなん、あたりまえだろぃ!」
 「まさか、迷子にでもなるっていうのか?お前でもあるまいし…。」

赤也のクセッ毛をかき混ぜるブン太の隣で、呆れ顔で溜め息をつくジャッカル。
うるさそうにブン太の手をはねのけようとしている赤也の姿を、仁王は無言で見つめていた。

 「どうした、仁王?今日は随分大人しいじゃないか。」
 「…いや、別に……。おまえさんこそ、止めんでよかの?」

音も無く隣に並んだ柳に気付き、仁王はまだじゃれあっている彼等をつぃっと顎で指し示した。
柳の言葉には、いつもなら一緒にからかっていただろう、という意味が含まれている。
だが、今は一緒になってからかう気にはなれなかった。
今回の旅行には、何故か最初から違和感が付きまとっていた。
赤也の言葉に、ぼんやりとした靄が色濃く立ち込めていく。

  −ちゃんと、帰ってきてくださいよ。−

そう言った赤也も、きっと何かを感じ取っている。
日常から、どこかずれていきそうな、漠然とした違和感を。
違和感の正体は、わからない…そんなわだかまりに気付かれない様に、仁王は柳の興味をそらそうとした。
多分、無駄な足掻きなのだとは自分でもわかっているけど。

 「……放っておけ。いつものことだ。」

微かに眉を顰めて、数瞬の間を置き告げた彼のこの一言で、確信を持った。
柳は、仁王が感じている言い知れない暗雲に気付いていても、それを口に出すことはしない。
もしかしたら、彼もどこか腑に落ちないものを感じているのかもしれないから。
ちらと横目で見やったのは、憮然とした表情で仁王立ちする真田の隣で、微笑む幸村の姿。
この旅行を切り出した時とは裏腹に、なんて壊れそうな脆い笑顔。
なんで、そんな顔をする?
それでは、まるで……人知れず神に許しを請う咎人のようだ。

 「いいかげんにせんか!いつまでも、フザケテいる時間は無いのだぞ!」

それまで飽きずにじゃれあっていた3人が、真田の一喝にピタリと動きを止めた。
じゃぁな、と手を振りながら、少し先を行く真田と幸村を追うように、ブン太とジャッカルが後を追う。
すれ違いざまに赤也の肩に手をかけた仁王と柳も、後ろ手に手を振りホームへと向かった。

それまでの賑やかさが一変して、辺りは虚無な空間に包まれる。
待合室に一人残された赤也は、見えなくなった彼等に向かい、震える声で呟いた。


 「本当に……ちゃんと、帰ってきてくださいよ。」


****


いつまでも続くと思っていた日常…それを一番望んでいた、彼。

あの時誓ったのだ…あれほどの苦しみを、辛さを……失望を………。
もう二度と、あじあわせたりは、しないと…。


END

<2008.5.25>

まだ、ホラーにはならないもよう…。
というか、それほど怖くはならないはず。
これで、全員一言は話したと思う。
なかなか進まないけど、まぁ、のんびりと、ね(苦笑)

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