リ・セット
「なぁ、柳生…。」
「なんですか?仁王くん。」
珍しく、長い足を投げ出すように座る柳生と、片膝に肘をかける仁王。
二人以外、誰もいない空間。
並んで座っていた仁王が、コトリと柳生の肩にもたれかかる。
それを振り払うこともせず、柳生はただ前を向いたまま。
「仮定の…はなし……。」
「…はい。」
いつになくしおらしい様子に、戸惑いが混じる声。
「オレ達の…今までの記憶とか、経験とか…全部サラになって……。」
「…それは、これまでの人格を形成していたものを消去する…ということですか?」
「あぁ…まぁ、そんなとこ。」
お互いに視線を合わせる事もなく、ポツポツと交わされる会話。
「お互いに、まっさらになって、全く新しいオレ達になって…。」
「えぇ。」
「そうして、また、隣に立ったオレに…。」
「……。」
「…お前さんは…気付くことが、出来るんかのぉ…。」
声に出すのも、躊躇う言葉。
耳にするのも、沈痛な言葉。
どこか予感していた、近い未来。
伏目がちに視線を落とす、仁王。
辛酸の表情を浮かべる、柳生。
やがて、フッと息を吐き、声を絞り出す。
「自我意識が消失してしまった状態では、難しいでしょうね。」
「…そうじゃな……。」
「ですが…。」
「……。」
続きを促すように見上げる仁王に、柳生は憂いに揺れる視線を合わせる。
「きっと、私は…あなたと一緒にいる今を、忘れることはないでしょう。」
「…あぁ…オレも、お前といる今を、無くす事なんてなかよ。」
「きっと…心のどこかに……この想いが残されて…。」
「きっと…潜在意識の深い底に…。」
襟足の長い髪を結んでいた紐をスルリと解き、視界を遮る厚いレンズを外し。
露わにされたお互いの姿を、記憶に刻み込む様に見つめあう。
「無意識に、あなたを探すでしょう。」
「また、お前さんの隣に立つぜよ…。」
「だから…私を、探し出してくださいね。」
「だから…オレを、見つけ出しんしゃい。」
額を合わせて、一番近くで、存在を確かめる。
力無く、儚く、笑顔を交わし合う。
きっと、別の空間では…。
彼は、いつも被っていた帽子を床に置き。
彼は、孤独な闘いを終えて微笑を浮かべ。
彼は、余す事なく張り詰めた緊張を解き。
彼は、紅く染まった狂気的な視線を和らげ。
彼は、ずっと口にしていたガムを手放し。
彼は、その頭髪に再び刃を入れはしない。
そして彼等はゆっくりと、促される眠りに、深く深く…堕ちていく。
次に目覚めた時には、違う自分として生きていくことを、微かに感じ取りながら。
それでも再びの出会いには、きっと…彼に気付くことが出来ると信じて。
END
<2007.9.19>
キャストとしての、彼等のリセット。
もう、いろいろと混ざってますが。
彼等に「お疲れさま」と言いたくて。
多分、次に見る時の彼等は、
新しい彼等になっているんだけど。
それはそれで、嬉しいのだけど。
ここにいた彼等が好きだったのは、
間違いないです。
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