雪待月 1



青学との、あの忘れられない闘いを終え、氷帝テニス部の今年の夏は、終わりを告げた。
部長としての任を引継ぎ、これからの氷帝を背負う後輩達に自分が残せるものを全て置いて行こう。
そんな跡部の想いは、3年レギュラー全員の想いと同じくするもので、引退した今でも彼等の姿はコートにあった。
3年の引退を名残惜しく思っていた後輩達も、彼等の姿がそこにあるだけで安心と同時に気を引き締める。
空は天高く澄み渡り、汗ばむ身体を撫でる風は涼やかさを感じる、そんな季節へと移ろいでいた。


秋期休暇を1週間後に控えたある日、部室のソファで優雅に寛いでいる跡部が、そこでたむろっていた3年にある計画を持ち掛けた。

 「慰安合宿だぁ?」

それにすかさず反応した宍戸の声が、部室内に響く。

 「そうだ。せっかくの秋期休暇だ。ただ、身体を遊ばせておくよりいいだろう。それに、お前達の健闘の労いも兼ねてな。」

あの日短く刈られた髪に、かきあげる仕草をするたびに忌々しげに歪めていた表情を、仲間達は見守ってきた。
当然そんな仲間達の想いは、跡部にも届いている。
本来の俺様ぶり健在のアピールも、すべて彼等への感謝の裏返し。
今回の計画も、そんな気持ちの表れだ。

 「で、今回はどこの別荘に御招待してくれるんだ?」
 「どうせまた、跡部んちで買い取った別荘の様子見も兼ねて、なんやろ?」

その提案に、向日が興味津々で身を乗り出し、忍足も調子を合わせてきた。

 「まぁ、そんなとこだな。外れではあるが、一応都内だ。振興都市で、行楽の施設が充実している地域らしいぜ。
  買い取った別荘にもテニスコートはあるが、少し移動すれば運動公園もある。
  プロのレースチームがテストコースとして使用している、サーキット場もあるという話だ。」
 「まじまじっ?!走ってるとこも、見れる?すっげー!!たっのしみ〜!!」

いつの間に起きたのか、机にうつ伏せてうつうつとしていた芥川も、瞳をキラキラさせて沸きあがる。
そんな姿を見ながらフッと笑みを零す跡部に、それまで静かに会話を聞いていた滝が問いかける。

 「2年は、どうするの?樺地は君が手放さないだろうけど、鳳と日吉には声掛けるんでしょ?」

くすくすと笑う滝に、跡部は口角を上げて不適に微笑む。

 「当然だ。俺様の後を継ぐ奴等に、じっくり叩きこんでやらねえとな。」
 「じゃあ、長太郎と若には俺から話しておくぜ。」

最初は途惑っていた宍戸も、この計画に異論があるはずもなく。
こうして、合宿と称した彼等の慰安旅行の計画は、着々と進行していった。

****

 「ねぇ、加賀見さん…。最近、この先に結構人が出入りしてますよね。
  この先って、何かありましたっけ?」

合宿所に利用しているペンションのリビングで、ソファに座って本を読んでいた加賀見に外から帰ってきた鷹島が声を掛けた。
本から視線を外した加賀見は、整った眉を微かに顰めて少しの間考えを巡らせる。

 「さぁ…ここを利用し始めた頃から、この先には特に人の出入りはなかったような気がするが…。」
 「そぉーっすよね…なんか、あるんすかね?」

少し首を捻っていたが、それほど気になってはいないのか、鷹島は軽く挨拶を返して自分の部屋へと戻っていった。
最近、名実共に上がってきているレーシングチーム 『オングストローム』。
彼等がチームを結成した頃から、ずっとこのペンションを合宿所として利用してきた。
この地域はスポーツ振興に力を入れているため、本格的な運動場施設にサーキット場も完備している。
ペンションも道路沿いではあるが他の建物と少し距離があるため、マシンを調整する際のエンジン音等で迷惑をかける心配も、多少は緩和できる。
立地条件としては申し分ない上に、なによりここのオーナーがチームを気に入ってくれているので、なにかと融通が利くのがありがたい。
暫らくして、ロードワークに出ていた中沢と、ガレージでマシンの調整をしていた岩戸が、揃って帰ってきた。
加賀見はそのまま、さっきの鷹島との話題を気にすることもなく、揃った仲間達に声を掛けた。

 「みんな揃ったことだし、今度のレースのミーティングを始めよう。」

****

中間考査が終了してから1週間、氷帝学園は秋期休暇に入る。
この期間は部活も自主活動となり、各部で独自のメニューが組まれることとなる。
テニス部は自主練習とし、全国大会に登録していた2年生部員を連れ出すということで、学園側に許可を取った。
それまでも、跡部家の別荘を利用して合宿は数回行ってきたが、今回は監督の榊が所用で同行できないために、わざわざ学園に届けを出したのだ。
もっとも、跡部の申請に抜かりがあるはずもなく、その申請がすんなり通ったのは言うまでもない。

 「俺達も、一緒に行けるんですか?」
 「…ウス。」
 「そんなことをするよりも、練習してた方が有効的だと思いますがね。」

嬉しそうに顔を綻ばせる鳳、予め知らされていたので黙って頷く樺地、少し煩わしそうな顔をする新部長となった日吉。
宍戸の連絡事項に、三者三様の表情を見せる後輩達。
だが、跡部が提案者ということは、それはもう決定事項ということだと、これまでの経験で明らかだ。
なにより、その日はあと数日後に迫っている。
断る理由を考える暇もない。
有無を言わさず連れ出されるのは免れないだろう…と、すっかり行く気で喜んでいる鳳と樺地を尻目に、諦めたように日吉は溜め息を吐いた。


合宿当日、跡部が手配した大型ワゴン車で出発した総勢9名は、思い思いに騒ぎながら、目的地へと向かっていた。
都内から暫らく車は走り、都会の様相から郊外の風景へと、景色は変化していた。
もともと別荘地として賑わっていたこの土地は、緑地公園化や宿泊施設等の建設が進み、行楽地の賑わいを見せている。
この時期は、紅葉も始まり風景も見頃を向かえる頃で、観光客の姿も見られた。
運動公園としての設備も整っており、各種の大会も行われているようだ。
彼等を乗せたワゴン車はそんな風景の中を進み、一棟のペンションの前に差しかかった。
道路脇にはキャリアに積まれた、鮮やかなブルーのマシン。
車体に貼られた、チーム名やスポンサーと思われるステッカーに、一目でレースに使用するマシンとわかる。
そのマシンを見つけた慈郎や宍戸は、途端に瞳を輝かせた。

 「すげーすげー!なぁなぁ、本物のレースマシンだよぉ!」
 「あぁ、走ってるとこ、見てみてえよな。」

窓にへばり付いてはしゃいでいるのを横目に眺め、跡部は煩わしそうに眉を顰めた。
いつもならこの騒がしさに雷を落としておきたいものだが、今回は部員の慰安も兼ねている。
跡部は諦めたように、溜め息をこぼした。
それに、朝から少し、調子がすぐれない…こめかみの辺りの鈍痛が続いている。
早朝の記憶が曖昧になっており、気付けばこのワゴン車の中にいた、という感じだ。
隣に座る樺地に少し眠ることを伝えると、跡部はそのまま瞳を閉じた。

そのペンションを越してすぐの脇道を、ワゴン車は入って行く。
細い舗装はすぐに山道に変わり、両側から覆い被さるように鬱蒼と木々が生い茂る。
まだ日の高い時間だというのに、薄暗い道が暫らく続いた。
あのペンション以来、当然のように建物は見当たらなかった。
あれほど騒がしかった車内も、流石に不安な静寂に包まれ始めた頃、急に道が開けて薄日が差す場所に出た。
そこには、重厚な創りの門が行く手を遮っている。
門の向こうは、かつてはキチンと手入れをされ見事な花を咲かせていただろう花壇が並び、その中央を割くように通路が伸びている。
そしてその奥に、かなり年数を経ていると思われる洋館が、薄暗がりの中にひっそりとそびえていた。

 「随分、静かやなぁ。」
 「…っーか、誰もいないんじゃね?」

ワゴン車から降り、建物を見つめてポツリと漏らした忍足に、向日も不安そうに擦り寄った。
鳳が無意識に胸元のクロスを握り締めるのを、日吉は横目に見ていた。
暫らく門の前で待っていたが、一向に建物から人が出てくる気配はない。

 「おかしいな…管理している者がいるはずなんだが…。」

今日、ここを利用することは、事前に連絡していた。
それに合わせて、ここを管理する者を手配していたはずだった。
この時間に到着するのを知っているのだから、何らかのリアクションがあってもおかしくはない。
なのに、まったく反応がないことを、跡部は不審に思った。
だが、それに反するように、安堵している自分もいる。
跡部は、朝から続くこのモヤモヤした気分を、もどかしく感じていた。
とりあえず、少し休みたい…。
急かすようにワゴン車から全員を降ろし、荷物を樺地に預けると、跡部はその重い門を押し開けた。
重苦しい、軋んだ音を響かせて、その門はゆっくりと跡部達を迎え入れる。
門から一歩足を踏み入れた途端、建物の方から生温い風が吹き込んでくるのを感じた。
半分寝ぼけた状態で荷物のように抱えられていた慈郎が、ピクンと身体を強張らせて樺地にしがみ付く。
向日は相変わらず忍足の側から離れず、鳳もクロスを握り占めたまま、前を行く宍戸を追った。
何故か立ち入ることを躊躇している日吉の隣で、滝も真っ直ぐに建物を見つめていた。

 「何をしている。早く入れ…門を、閉めるぞ。」

跡部の焦れた様子に、一瞬二人は顔を見合わせて、観念したように歩を進めた。
全員が門を潜るのを確認したように、彼等を乗せてきたワゴン車はまたあの鬱蒼とした道を戻って行く。

そして、跡部は静かに門を閉じる。
屋敷へ向かう彼等の後姿を見つめて、跡部はふっと笑みを浮かべた。


…昏い…切ない…笑みを浮かべて……ぽつりと、呟く。

 「…ただいま…やっと……帰って………!」


自分の口から漏れた言葉に、跡部は困惑する。
…いったい、どうしたというのだ…。
朝から曖昧な記憶、続く違和感…自分の身に起きている、何か…。

どうか、してる…。
それを打ち払うように、大きく息を吐き髪をかきあげると、彼等の後を追って屋敷へと向かった。


その屋敷は、静かに彼等を迎え入れた。


END

<2007.3.28>

どうにか始まりました、テニプリ+バックラッシュ パラレルです。
まだ登場人物の紹介だけで、終わっている気もしますが。
一応、みんな出ていると思います。
オングストロームのメンバーは、まだチラッとしか出てませんね。
これから、絡んでくれるといいんだけど…。
あんまりいっぱい出しすぎて、墓穴を掘った気分(苦笑)
ぼちぼち気長にいこうと思います。
途切れないことを、祈りつつ…。
ちなみに、氷帝秋期休暇は、まったくの捏造です…(^_^;)

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