06.痛感した己の弱さ



夢を、見る。
あの、碧い月光を浴びる、暗闇の廃校舎の、夢を…。


目の前には、仮面の男。
その足元に、気を失ったまま横たわる彼女。


そして…手足を拘束されて、身動きの取れない……俺。


俺と同じように拘束されていた彼女の手足には、くっきりと痕が残されている。
白く細い手足に浮かぶ痕は、まるで無力な俺を責め苛むように、鮮やかに紅く。

仮面の男は、彼女には興味は無いと言った。
何の価値も、無いと言った。


彼女には、手を出さないと思っていたのは、ただの俺の願望で…。


腕が千切れようとも、脚が砕けようとも、かまわないくらいに足掻いた。
その狂気の目的が俺であるなら、叶えさせてやるとまで叫んだ。

だが、そんなオレの姿を嘲笑うように……。
拘束を解かれ、グッタリと横たわる彼女の胸元へ、鈍く光る切先が突き立てられる。

吹き上がる、血飛沫。
仮面に飛び散る、紅。


彼女の身体が、深紅の色に、浸透されていく。
彼女の身体を、ゆっくりと、侵していく紅。
その紅に、視界が、染まる…。


ギリと噛み締めた奥歯に血が滲む。
口中に、鉄錆の味が拡がる。
あらん限りの叫びは喉を裂き、声にならないまま掻き消されて。



「ーーーーーーッッ!!」

自分の絶叫に、ガバリと布団をはねのけた。
荒い呼吸…短く吐き出される息。
酸素を取り入れる事を忘れたように、グラグラと眩暈がする。
じっとりと、身体中に嫌な汗が纏わり付く。
口元を拭った手の甲に、紅い筋が尾を引いた。
どうやら、よほど歯を食いしばっていた様だ。

ふと、隣で寝返りをうつ小さな衣擦れの音が、耳に届いた。
薄く笑みを浮かべて、眠る君……。


やっと、大きく息を吸い込んだ。
さっきの叫びは、どうやら声にはならなかったらしい。

これは、夢だ。
君は、ここにいる。
それだけで、これほど安心できる。


君は、笑うだろうか?
俺はまだ、怖れている。
こんなにも、君を失うことを。
あの廃校舎は、そのまま俺の弱い心なのだと。

額にかかる前髪をそっと梳いて、額を合わせた。
すまない…汗だくで気持ち悪いかもしれないけど、どうかこのまま抱きしめさせてくれないか。

腕の中の君を、失わないように。
俺の弱さを、少しでも忘れさせて。
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