夢を、見る。
あの、碧い月光を浴びる、暗闇の廃校舎の、夢を…。
目の前には、仮面の男。
その足元に、気を失ったまま横たわる彼女。
そして…手足を拘束されて、身動きの取れない……俺。
俺と同じように拘束されていた彼女の手足には、くっきりと痕が残されている。
白く細い手足に浮かぶ痕は、まるで無力な俺を責め苛むように、鮮やかに紅く。
仮面の男は、彼女には興味は無いと言った。
何の価値も、無いと言った。
彼女には、手を出さないと思っていたのは、ただの俺の願望で…。
腕が千切れようとも、脚が砕けようとも、かまわないくらいに足掻いた。
その狂気の目的が俺であるなら、叶えさせてやるとまで叫んだ。
だが、そんなオレの姿を嘲笑うように……。
拘束を解かれ、グッタリと横たわる彼女の胸元へ、鈍く光る切先が突き立てられる。
吹き上がる、血飛沫。
仮面に飛び散る、紅。
彼女の身体が、深紅の色に、浸透されていく。
彼女の身体を、ゆっくりと、侵していく紅。
その紅に、視界が、染まる…。
ギリと噛み締めた奥歯に血が滲む。
口中に、鉄錆の味が拡がる。
あらん限りの叫びは喉を裂き、声にならないまま掻き消されて。
「ーーーーーーッッ!!」
自分の絶叫に、ガバリと布団をはねのけた。
荒い呼吸…短く吐き出される息。
酸素を取り入れる事を忘れたように、グラグラと眩暈がする。
じっとりと、身体中に嫌な汗が纏わり付く。
口元を拭った手の甲に、紅い筋が尾を引いた。
どうやら、よほど歯を食いしばっていた様だ。
ふと、隣で寝返りをうつ小さな衣擦れの音が、耳に届いた。
薄く笑みを浮かべて、眠る君……。
やっと、大きく息を吸い込んだ。
さっきの叫びは、どうやら声にはならなかったらしい。
これは、夢だ。
君は、ここにいる。
それだけで、これほど安心できる。
君は、笑うだろうか?
俺はまだ、怖れている。
こんなにも、君を失うことを。
あの廃校舎は、そのまま俺の弱い心なのだと。
額にかかる前髪をそっと梳いて、額を合わせた。
すまない…汗だくで気持ち悪いかもしれないけど、どうかこのまま抱きしめさせてくれないか。
腕の中の君を、失わないように。
俺の弱さを、少しでも忘れさせて。
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