私は、都内某高校に通ってる、そこらにいる女子高生なんだ。
だから、私は何も見てない、何も聞こえない、何も出来ない。
ずっと呟きながら、すっかり暮れてしまった住宅街を早足で歩く。
そうでなければ、重くてたまらないから…どこで呼んでしまったのか、背中にズッシリと、憑いているモノが。
いつもなら祓い除けられたのに、今日は朝から調子が悪くて、うまくいかなかった。
もう、こうなったら家にいるプロにお願いするしかない。
…家にいれば、の話だけど。
通達があれば日本中いつでもどこでも行ってしまう、一応国家公務員な両親だから、保障は出来ない。
でも、家にはそれなりの結界が張ってあるし、とにかく家まで帰らなきゃ。
もてば…いいけど、なぁ…。
実は、だんだん視界が狭くなってるんだよね…。
周囲からじわじわと、闇が迫ってくる。
吸い込まれそうな暗闇に、両脇に並ぶ住宅はもう見る事が出来ない。
今日は、マジで厄介なモノを呼んだのかもしれない。
背中にいるナニカが、急に重みを増した。
視界は既に、こいつが呼び寄せた闇に覆われている。
全ての希望を吸い込んで、絶望だけを思い起こさせるような深い暗い闇。
私は、もう立っていられなくて、ガクッと膝を落とした。
上か下かも判別できないほどの闇の中なのに、膝にはしっかりとした衝撃が伝わり、辛うじてまだ立っていられたんだと感じ取れた。
あぁ、もうだめかも…こんな終わり方って、ないんじゃない?
私、まだ彼氏だっていないのに…こんな体質じゃ無理?…って、そんなの自分が一番わかって……!
「――み…き……、だい……ぶ?…」
内心、ボケ突っ込みをいれてる私に、誰かの声が微かに聞こえた。
この空間に、誰かいるの?
もしかして、巻き込んじゃった!
どうしよう…普通の人を巻き込むなんて!
「ねぇ、君…大丈夫?」
はっきりと聞こえたその声は男の人で、なんだか柔らかい声…穏やかな口調。
彼の姿が、ぼんやりと明るく浮かび上がってきて…そこで、ハッと気付く。
これだけ瘴気が溢れる空間で、まともな人がいるわけ無い。
そうとうな力を持ってる人か、あるいは、天魔…か。
とっさに私は胸ポケットに忍ばせたお守りに手をあてた。
そんな私の様子に気付いたのか、彼は足を止めた。
「あ、ゴメン。怖がらないで。ちょっと、待ってね。今、掃うから。」
そう言うと、首筋に両手をまわして、どうやらペンダントを外したみたいだ。
それを右手に持ち、真っ直ぐ前にかざすと、小さく呟いた。
「吹き掃う、風」
その言葉に応える様に、彼の足元から小さな風が巻き起こる。
風は徐々に力を増し、彼の周りを取り囲む。
同時に、辺りの瘴気の闇も一緒に掃われて、彼の姿がはっきりと見えてくる。
均整の取れた長身の体系、アッシュグレイの短い髪が風をはらむ。
ひるがえるブレザーは、かのおぼっちゃま学校『氷帝学園』の制服。
背中に背負ったラケットバック。
一体、あなたは、誰?
呆然と座り込んで、私は段々と明るく拡がっていく視界を見ていた。
彼は右手をかざしたまま、まるで音楽でも奏でているように瞳を閉じている。
辺りの暗闇が打ち払われた空間に、耳障りな奇声を上げる異形のモノが残された。
――天魔!
ゴツゴツとした体皮、醜く膨れ上がる顔面、両腕の脇辺りから、もう一対のイビツな腕が空を掻いている。
こいつが私に憑いてたっていうの!
っていうか、こんな時にどうして天魔なんかが出てくるの!
私には、こんなのを滅する力なんてないのに!
おたおたとしている私を背中に庇い、彼が天魔に立ちはだかる。
そんなの、ダメだよ!逃げ……。
「ねぇ、君。俺の後ろでじっとしててくれるかな。巻き込んじゃったら、大変だから。」
彼は、にっこり微笑むと、右手をかざした。
手首に巻かれたチェーンがシャラ…と涼しげな音を立て、その先に銀色に光る十字架がゆらりと揺れている。
「荒れ狂う、風」
彼が唱えた途端に、十字架がくるんと回り、それ自身が光を放っているように煌いた。
掌から力の流れが伝わっていくのがわかる。
十字架が動きを止め、同時に天魔に向かって激しい風が撃ちつけられた。
天魔は、吹き荒れる風に動きを封じられ、そのまま高く巻き上げられる。
そして、激しく逆巻く風の中、最期の咆哮をあげると風化するように飛散していった。
結局私は何もできずに、ただそれを眺めていただけで。
「吃驚させて、ごめんね。大丈夫?どこか、怪我でもした?」
心配そうに覗き込む彼の視線に気が付いて、思わず赤面してしまう。
それまであまり顔は見えなかったのだけど、仄暗い中でもわかるほど、彼の顔は整っていた。
「あ、あの、大丈夫。ごめんなさい。ありがとう。」
自分でも、何を言ってるのかわからない。
うろたえてる私を、彼は優しい笑顔で見ていた。
あんまり見られると、照れてしまう…それほど彼の視線は真っ直ぐで。
「あっ、君…。怪我してるよ。じっとしてて。」
彼が跪いて、私の膝に手をあてる。
よく見ると、私の膝には擦り剥いた傷…きっと、あの時の…。
そんなこと考えてるうちに、傷に手をかざしたまま、彼は小さく呟いた。
「清め癒す、風」
「え?」
傷に気付いてしまうと、じわじわと痛みまで感じてきたけど、彼の手元から吹く風が私の膝の辺りでさらりと舞うと、出血も止まり痛みも和らいだ。
彼の言葉通り、癒されるような優しい暖かい風。
験力による治癒の印とはまた別の、不思議な力だと思う。
手際よく手当てしてくれる彼が、ポケットからハンカチを取り出した。
それに気付いて、私は思わず、あっ、と声を上げた。
「え?あぁ、使って無い方だから綺麗だと思うけど、嫌だったかな?」
「違うの!汚れちゃうから…。」
「なんだ。そんなこと、気にしないで。ばい菌が入ったりしたら、大変でしょ?」
違う方に心配してくれた彼が、きつくない?とか、痛くない?とか、気を使いながらハンカチを傷に巻いてくれた。
もう、そんな顔で微笑まないで…心臓に悪い。
まだ天魔にまとわり付かれた影響で、体のダルさが抜けてない。
それを知ってか、彼は家まで送ってくれると言ってくれた。
今日初めて会ったばかりだというのに、なんて優しい人なんだ!
もとはといえば、私の迷惑な体質と、祓い切れなかった不甲斐なさのためなのに。
彼のハンカチまで汚させてしまって、申し訳ないやら情けないやら。
私があんまり洗って返すと聞かないものだから、彼は苦笑して。
「じゃあ、気が向いた時に。俺、氷帝学園高等部2年の鳳長太郎です。
放課後は練習があるから、テニスコートにいると思うよ。」
「あ…私は、。私も高2だよ。」
同じ歳なんだね…なんて話をしながら、鳳君は少し話し辛そうに眉をしかめた。
「あの…ね、もしかして、さんは、今日みたいなことって、前にもあったのかな。」
「え!?ど、どうして…!」
「いや…あんなことがあったのに、落ち着いてるなぁ、と思って…。」
うわ!やっちゃった…まさか、こんなこと日常茶飯事です!なんて言えないし。
っていうか、こんなのが日常茶飯事な女なんて、誰だって引いちゃうじゃない!
少し答えに詰まった私に、鳳君は慌てて言い直す。
「あ…その、気を悪くしたらゴメンね。悪い意味じゃ、ないんだよ。ただ…。」
「ただ?」
そこで、鳳君は一旦言葉を区切った。
そんなに、おかしかったのかな、私…もっと、キャーキャー言ってた方が、よかったのかな。
そうだよなぁ…普通の女の子なら、あんな目に合えばもっと怖がるよね。
「内緒にしてほしいんだ…その…俺の、力の事…。」
え?内緒?鳳君の力って、あの、風を操る力のこと?
自分が考えてたことと違って、少し驚いた。
「さっきは咄嗟に使ってしまったけど、本当は無闇に使うなって、言われてるんだ。
いつもは影からとか、気を失ってしまってるとかで、誰も気付いてない…と思うんだけど…。」
「…鳳君って、クリスチャンなの?」
「え?いや、違うけど。」
急に話題を変えた私を、鳳君が怪訝そうに見つめる。
「力を使う時、その十字架を使ってたでしょ?どうしてかな、って。」
「これは、力を集中させるための媒介に都合がよかったから。いつも付けてたお守りみたいなものだったし。」
「そうなんだ…それだけが気になってたの。大丈夫、内緒にする。だって、鳳君の力が見られたのって、ラッキーだし。
だから、私が全然平気だったってことも、内緒にしてね。」
それを聞いた鳳君は、安心したように笑顔を浮かべる。
うん、やっぱり!この笑顔は、さっきの癒す風よりも癒されそうだわ。
鳳君は、律儀にも家の前まで送り届けてくれた。
「あのね、私、鳳君の風って好きだよ。音楽みたいに、心地いい風だと思う。」
「ありがとう。そんなこと言ってもらえたのは、初めてだよ。また…会えるといいね。」
別れ際に、照れたような笑顔でそんなことを言ってくれた鳳君。
私は、鳳君が角を曲がって見えなくなるまで、玄関の前で見送っていた。
いつもは大嫌いなトラブル体質も、案外いいことあるじゃないか!なんて、現金なことを考えてしまう自分。
確か氷帝のテニス部だって言ってたし、ハンカチを返すついでに見に行ってみよう!
END
<2006.5.9>
突発的に始めてしまった、パラレル夢。
他にお借りしてるお題だって、まだ終わってないというのに(^_^;)
一応、主人公が転生学園ベースで、キャラは能力者だったりします。
全編、ミステリーっぽくなることを希望(汗)
ちなみに、ちょたは『風使い』だったりする。
うーん、某ゲームキャラと、力がカブってるなぁ。
やっぱ、誕生日が一緒だからか(笑)
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