03.紅(炎をまとう/宍戸亮)



私の手には、一枚のハンカチが握られていた。
 「ねぇ、。それって、明らかに男の人のじゃない?なになに〜!誰のよぉ!」

これは、前にちょっとした事件があって、その時助けてくれた人に借りた物なんだけど、それをに言っても信じられないと思うよ。
私の周りで起こるトラブルは、きっと普通の人にはわからないものだから。
とりあえず、事件の事は適当に誤魔化して、私はその時に出会った彼の話をした。
実は放課後に、このハンカチを返すため氷帝学園まで付き合ってほしかったからだ。
 「氷帝学園!しかも、テニス部!そんな人と知り合いになるなんて、すごいじゃん!」
それが、普通の出会い方ならね…私はそう言いたかった。
だって、いきなり天魔なんて化け物が出てきて、それを退治しちゃうようなヒーロー登場で、それはそれでカッコ良かったりするんだけどさ。
そんな出会い方って、ないんじゃない?
どうせなら、もうちょっと甘い出会いが良かったよ。
いいなぁ、羨ましいなぁ…を連発して、今日は都合が悪くて一緒には行けないがひたすら悔しがる。
私は、出来るだけ早く返しておきたいし、なんとなく今日行った方がいい気がして。
ということで、しょうがないから一人で行く事にした。
からは『薄情者』呼ばわりされたけど、氷帝テニス部ってそんなに有名なの?
実は私、氷帝ってお金持ち学校ってイメージしか持ってなかったんだけど。

『氷帝学園』と彫られた立派な校門の前で、私は途方に暮れていた。
やっぱり、別な日にに付き合ってもらえばよかったかも…。
だって、ここって、無駄に広すぎじゃない?!
広大な敷地内に、やたら大きな校舎がいくつも立ち並び、もともと方向音痴の私にはどこに何があるのやら、まったくわからない状態だ。
下校する生徒達は、他校の制服を着た私を特に気にすること無く、校門の外へと向かって行く。
それほど幅広く門戸を開いている、開放的な学校なんだろうか?と考えて、私はその理由を後ろから来る彼女達に教えられた。
 「早く行かなきゃ、練習が始まっちゃう!」
 「いい場所、取られちゃうわ!」
と、一応周りを気にしつつも、慣れたように走っていく他校の女の子達。
なるほど…他校生がいるのは、いつものことなのね…うん、納得。
それほど急いで行かなきゃいけない場所がどこなのかも気になったけど、そんなことよりテニスコートを探さなきゃ。
初めて来た氷帝に浮き足立っちゃって、本来の目的を忘れてしまうところだった。
だいたいグランドとかって校舎の裏の方にあるんじゃないか、と、適当に外周を回ってみたものの、お約束のように私は迷ってしまう。
はぁ〜、最初から、誰かに聞けばよかったよ。
そう思いながら、とぼとぼ歩いていた私を、後ろから呼び止める声がした。
 「おい!そこのお前!こんな所で、なにやってんだよ!」
吃驚して振り返ると、そこにいたのは帽子を逆に被り、ジャージを羽織った男子生徒だった。
顔や身体のあちこちに小さな傷をつくり、いかにも体育会系な引き締まった体系。
それよりも目を惹いたのは、刺さるような鋭い視線だった。
私は、怒っているような彼の言葉もあり、少し身を竦ませた。
怯えた様子の私に気付いたのか、彼は慌てて取り繕う。
 「いや、悪ぃ!怒ってるわけじゃないから!…くそっ、激ダサだな…。」
頭をかきながらバツの悪そうな顔をする彼に、思ったよりも優しい人なんだと思った。
 「迷ってんじゃねーかと思ってよ。どこ行くつもりだったんだ?」
私は、今日の目的を思い出して、運動部員らしい彼にテニスコートの場所を聞こうとして…。
そして…感じてしまった。
うなじに電気が走ったようなピリッとした感覚、背筋が冷たい手で擦られたようにゾワリと震える…いつもの、あの嫌な感覚を…。
それと同時に目の前の彼も、ピクンと弾かれたように反応した。
彼の視線は、私が感じた方向と同じ方へ向けられている。
…彼も、感じたんだ!
 「スマン…お前は、ここにいろ!動くなよ!」
言った途端に、彼は駆けだしていた。
まさか、追うつもり?どうして?
それよりも、この感覚は多分天魔のもの…霊感があってこの気配を感じたとしても、深追いしては彼が危険になるだけだ。
彼は動くな、と言ったけど、これは私の方がなんとかできる、はず。
大丈夫…封印のお札は、持ってきている。
とりあえず、私は天魔の気配を感じる方へと、彼を追って行った。

ここは、氷帝学園の敷地内のはずなのに、人がいる気配が感じられなかった。
多分、結界か何かでここら一帯は封印されているのだろう。
そんなことが出来ちゃうのって、この学校はどういう所なの?
段々と立ち込める、深く濃くなってくる粘着質な瘴気の霧が、不快感をつのらせる。
彼は、どこにいるんだろう…手遅れで無ければいいのだけど。
そんな事ばかり考えていた私は、周りの状態をすっかり見落としていた。
それに気付いたのは、足元に異物を踏みつけたと感じた時だった。
よく見るとその異物とは、焦げ付いた子鬼のような低級天魔の成れの果て。
断末魔の叫びそのままの形相で、焼け焦げた哀れな姿。
これは、誰がやったの?こんな事できるのは、力を持つ者…ふと浮んだのは彼の瞳。
ビリビリと感じる禍々しい気の感触は、進むにつれ強くなってくる。
でも、その邪気を打ち払うように吹き付けてくる、むせ返るほどの熱気も感じる。
熱源は確かにこの先にあって、そこには天魔もいるはずで。
焼け付くような熱さに、腕で顔の辺りを覆った。
その腕越しに見えたのは、炎をまとう、さっきの彼の姿。
彼の放つ炎は、邪気のみを焼き祓う地獄の業火のように逆巻いている。
彼は、異常に長い腕をダラリと下げたアンバランスな躯体の天魔と対峙していた。
奇声を上げながらその腕を振り上げ襲ってくるが、身軽な体捌きでそれをかわし続ける。
彼の身体を包み込む紅蓮の炎に、周りで蠢いていた低級天魔は一瞬で灰となった。
それなのに、辺りの草木は焦げ付くことも無く、風にそよいでいる。
熱さを堪えて彼の討魔を見ていた私は、迂闊にもその天魔と目を合わせてしまった。
天魔が醜悪な顔を歪ませて、餌を見つけたとばかりにニヤリと笑ったような気がした。
それは本能なのか、明らかに力の弱い私へと、天魔の標的が変わった。
彼は天魔の意識が他に向いたことに気付いたが、一瞬行動が遅れた。
その時にはもう、天魔は私の眼前で腕を振り上げていた。
見た目よりも俊敏な天魔に、私は身動きが取れなくて…!

 「切り裂く、風」
聞き覚えの有る声と共に、私の背後から突風が吹き込んだ。
私に向けて今にも振り下ろされようとしていたイビツな腕が、ゴトンと音を立てて地面に落ち、サラサラと散っていった。
目の前には、すっぱりと腕を切り落とされた天魔が、怒りの咆哮をあげている。
今の風で出来たのか、その鋭い切り口は、まるで、カマイタチ。
 「長太郎!なんで、お前が?」
 「宍戸さん、それは後で。こっちは任せて、思い切り攻めてください!」
 「あぁ、任せろ!」
風はまだ、私を守る透明な壁のように渦巻いている。
台風の目みたいにこの渦の中心は静かで、そこに立っていたのはあの時の…鳳くん。
落ち着き払ってるけど、宍戸さんと呼んでいた彼を、助けなくてもいいの?
 「宍戸さんなら、大丈夫だよ。まぁ、見てて。」
私の不安を感じ取ったのか、鳳君は余裕の笑顔を浮かべた。
腕を切り落とされた天魔は怒りのままに荒れ狂い、この風の壁に阻まれると知ると、宍戸さんの方へとその怒りを向けた。
不敵な笑みを浮かべる彼の身体を包む炎が、一層赤々と燃え盛る。
 「あれは、宍戸さんの闘気だよ。」
彼の闘気が、炎となって燃えているのだと、鳳くんが教えてくれた。
紅に染まる炎を身にまとい、彼は素早く天魔の懐へと間合いを詰めた。
そのまま右手をかざし、気合と共に気を込めた火球を一気に放出させる。
耳がキンとするぐらい激しい爆発音が響き、炎にまかれた天魔が奇声を発してのたうちまわる。
次第に動きが止まり、虚しく天を仰ぐと、そのままブスブスと燻り消滅していった。

消え逝くモノを一瞥し、彼がゆっくりとこちらへと向かって来る。
私は結局、彼にとって足手まといにしかならなかった。
何とかできるはずなんて、うぬぼれていた自分が、情けない。
 「宍戸さん、お疲れ様です。」
鳳くんが、笑顔でねぎらいの言葉をかけると、彼は気まずそうに溜め息を吐いた。
 「お前がどうしてここに来たかはともかく…助かったぜ、長太郎。
  アンタも、怪我はないか?」
 「あの…ごめんなさい。私がいた所為で手間取らせてしまって…。」
 「あ!いや、さっさと片付けられなかった俺が悪いんだ。気にすんなよ!」
申し訳なくて謝る私に、さっきまで炎をまとっていた彼と同一人物とは思えないほど、慌てている。
それをにこやかに見ていた鳳くんが、改めて紹介してくれた。
 「さん。この人は俺の先輩で、宍戸さん。
  宍戸さん。彼女がこの間話した、さんです。」
 「宍戸亮だ。長太郎からこの間の事は聞いてた。
  まさか俺も会うことになるとは、思わなかったけどな。」
 「です。あの、鳳くんに借りたハンカチを返そうと思って…。」
私は、今日ここに来た目的を思い出して、ポケットから鳳くんのハンカチを取り出した。
せっかくアイロンをかけたのに、また少し皺が寄っちゃったな。
 「別に、気にしなくてもよかったのに…。
  あ、でも!会いに来てくれたのは、嬉しいよ。」
ハンカチを受け取ると、さらっと笑顔でそんなことを言う鳳くんに、言われた私が照れてしまう。
隣にいる宍戸さんも、同じように思ったのか、苦笑いを浮かべていた。

 「お前、相変わらず力使う時に何か言ってるんだな。」
 「すいません…何となく、言葉にしないとイメージが掴めなくて…。」
宍戸さんの言葉に、鳳くんが苦笑する。
私は身長差の有る二人が会話しているのを、後ろから見ていた。
大きな鳳くんが、申し訳無さそうに頭をかいている。
そんな姿が、本当にいい先輩後輩の関係を築いているんだと、微笑ましく見えた。
せっかくだから練習を見学していけば、と言う鳳くんの勧めで、私はテニスコートまで連れて行ってもらうことにした。
氷帝に来たがっていたに、話だけでも聞かせてあげようという親切心は、悔しさを倍増させるだけかもしれないけど。
 「ところで、長太郎。よくあそこにいるってわかったな。」
 「あぁ、樺地が教えてくれました。主から聞いたそうです。」
 「じゃあ、当然跡部も知ってるってことだな…。」
 「あ……そうですよね…きっと、さんのことも、聞いてるかもしれません。」
そう言って振り向いた彼等は、私を見つめてすまなそうに笑った。

私がその笑顔の意味に気付いたのは、彼等が部室と呼んでいるとてもそうとは見えない部屋で、勢揃いしたレギュラーに紹介された時だった。


END


<2006.5.21>

熱血な宍戸さんでした。
ちなみに、宍戸さんは『炎使い』だったりする。
なんだか氷帝レギュラーって、攻撃系が多いのかも。
微妙な終わり方してますが、それはおいおいに…(汗)
だんだんと長くなってるのも、私の文才の無さですね。
本当は、一話に一人って形にするつもりだったのに、
ちょたが出てきた時点で挫折しました(^_^;)

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