生贄



ガラガラと崩れ落ちる瓦礫の中に、悲痛な叫び声が聞こえる。
それが自分を呼ぶものだと気付きながら、それに答えるわけにはいかなかった。
これが、自分の最後のお役目…後は、彼等が……。



遠くから、近くから、忌まわしい男の声が響く。

――我の元に来い…我に預けよ、その器…そなたの器は、我にこそふさわしい……そうであろう、九条綾人…。

羽交い絞めにしていたその男の身は、いつのまにか消え去っていた。
自分の身すら、その存在はおぼつかなくなっている。
精神さえも、曖昧で…傷の痛みすら感じない。
あの男は、黄泉へと墜ちたのだろうか…。
俺は役目を果たしたのだろうか…。

――悔しかろう…恨めしかろう…そなたのこれまでの殊勲に対し、郷のこのような酷遇…さぞ、遺恨であろう…。

違う!
これは、郷の意思ではなく、俺の意思だ!
俺は彼等の未知の力の可能性にかけたのだ!
彼等なら、必ずや、俺の意思を継いでくれる!
そのために俺は……そのために…。

――はたして、そうであろうか?…それが、そなたの意思であると、言い切れるのか?
      そなたが生まれいずる前より、慣わされていた郷の古き因習に、囚われていただけではないのか?

違う、違う、ちがう!
俺は、その鎖を断ち切るために、ここへ来たのだ!
お前の存在は、その禍々しい邪気は危険だ…今、ここで撃たねば、郷の長老衆のように悠長に構えてはいられない。
そして、俺は…それを自分の意思で決めた。
彼等と共に!

――愚かよの、九条の御子よ。天照の者どもは、古くから御子を贄として、強大なる神の力を封じてきたのだ。
      …そう、そなたは天照のならわしにより、我を封じるための贄として祀り上げられたにすぎぬ。

違う…ちがう。
御子とは、鎮守人を束ね、その験力によって邪まなる存在を浄化、護封する役目。
そのために命を落とす者も多々あったが、贄として存在するような者ではない。
男の声は、耳元で嘲笑を含み語りかける。
全身を這うように、おぞましい瘴気がまとわりつく。

――くくっ、まだまだ青いわ!天照の者どもは、器を求めて転生を繰り返す。
      そなたも、ただの転生の入れ物…それを我物と錯誤し、同じ事を繰り返す…。

――なんと愚かしいことよの…そなたの行為は、郷の意思、そのもの…。
      我を封じ、新たな御子の覚醒をもうながし……。

――そなたの役割、見事に果たされし…御子として我を封ずる贄となり、新たな御子のための贄となり……。
      まこと、天照のくびきに囚われし哀れな戯け者(おどけもの)に成り果てた…。

黙れ!うるさい!
そんな戯言、聞く気はない!惑わせようとも、その手は食わん!
懸命に払い除けようとする意識の奥で、別の意識が首をもたげる。
疑惑、疑念…その疑いの心の隙に、すっ、と入り込む邪念を帯びた醜い魂。
自分の内から、男の声が響く。

――我と共にあれ、九条綾人…そなたの無念、我と共に晴らそうぞ…。
      自身の安寧のため、そなたを贄とした天照の者どもに、誅罰をくだそうぞ…。

お前の言う事など、聞かん!

――そなたの器は、まこと心地よい…そなたの内に、我の魂がおさまるのを望む思念を感ずる…。

そんな事は無い!だまれ!

――綾人…そなたは、我に生贄として供犠されたのだ、天照の者どもによって…。

ちがう…ちがう…ち、が…う…。



ただ漠然と感じていた、郷への想い…それが脆く崩れていく。
ゆっくりと、薄れていく意識。
それとともに湧き上がる、天照の郷に対する憤恨の念。
自分を捕らえていたくびきから、解き放たれる感覚。
俺が、望んでいた物は……郷からの、開放………。


早く、ここへ来い…早く、俺の元へ……。
待っているよ…飛鳥…。

END

2004.11.22

最初に『転生学園』をプレイして、
7話終了後、絶対に最後の敵はこの人なんだ!
と、泣きそうになりました。
本当は、違ったけどね(ネタバレ?)
あの流れだと、それもありなような気が…。
でも、もしそうなったら、本気で泣くかも(T_T)


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