開かずの扉



冬休みに入って、校内には部活で来ている生徒の姿がちらほらと見えるだけ。
外はすっかり雪に覆われ、日の光を反射して眩しいぐらい。
そんな日に、2階の部室で外を眺めながら、何を考えてるのかっていうと…。
どこの学校にだって、必ずあるだろう?『七不思議』ってやつが。
ご多分に漏れず、うちもその手の話題には事欠かない。
なんせ、この地域で一番古い…よく言えば”歴史のある”学校だからさ。

何で俺が、こんなことぼやかなきゃなんないかと言えば、これが俺のお仕事だから。
俺、森野 武は、ここ『青鳳高等学校』の弱小新聞部 副部長 兼 平記者 で、月に一度、我部が発行している新聞のネタを ただ今物色中、ってとこ。
学校行事とかある時はそいつで何とかしのいでるけど、いつも都合よくあるはずもなく…ネタ切れも当然ありえる話。
うちの部長は暢気だからさ「休んじゃおうか♪」なんて簡単に言ってくれちゃうけど、それほどジャーナリスト魂を持ち合わせてない 俺だって、そりゃマズイだろ…と思うしね。その、部活動ってさ……内申……とかとか…。
だから困った時のなんとやら、で、ネタにつまればこの手の話題にお世話になってるってわけだ。
今回は少々趣向を変えて、季節外れの怖話、なんて企画を持ってきてみた。
それも、校内からちょっと離れて、うちの男子寮のネタ。
あ、うちの学校って古い…歴史があるだけあって一応名門で名が通ってるから、地方からわざわざ受けに来たりしてる生徒が多くて、 学生寮は必要不可欠なんだけど、これがまた曲者だったりする。
大正時代にこの地に建てられた女学園を改築したらしい、というこの建物。
だから、校舎に輪をかけて古い…雰囲気ありすぎ。
住んでる奴等の間で何気に噂になっている”怖話”を検証しよう!ってのが今回の主旨。
それの立会人に選んだのが、科学的根拠のない現象なんてありえないと信じ込んでる超現実主義の2年生 柊 修一郎 と、 うちの生徒なら知らない者はいないだろうというアイドル系(?)で俺と同じ1年生 榊 尋斗。
ちなみにこの2人は従兄弟同士で、近隣の学校の女生徒にまで知れ渡るぐらいの有名人。
写真でもちらつかせようものなら、金を払ってでも欲しいって他校生がいるくらいで、やっぱ購買意欲を高めるのも記者の手腕の 見せ所だからね。
これで、完売間違いなし!活動資金も、馬鹿にならないんだから、稼げる時に稼がないとな!
携帯に連絡取りまくり、土下座する勢いで頼み込んだ甲斐もあってか、あまり…というか全く乗り気じゃなかった2人にもなんとか 了承をもらえた事だし。
準備完了、取材決行は週末土曜日。

男子寮の噂…というのは、よくありがちな”開かずの間”。
どういう訳か、一室だけ開けられないようにキツク閉じられた部屋がある。
そこにある特定の夜、女学生らしい幽霊が現われる…らしい。
長い髪のサイドの部分を後ろで結わえ、桜色の着物にエンジ色の袴、俯きがちに歩く姿…目撃されるのはそんな感じ。
そしてその部屋の前に佇んでいた彼女は、吸い込まれるように中へと消えていくと言うのだ。
そこまではっきりとした特徴があるのに、顔を見た者は誰もいなかった。
噂が広まりすぎて、見た気になってるだけかもしれない。
そこを、検証する!っていう企画なんだけどな。
おあつらえ向きに、今日はその目撃される日の条件に合っている。
外には細かい雪、気温も氷点下を切っている。
そう…彼女は、真冬にだけ現われる…季節外れの…。

冬休み中は、よっぽどの事情がない限り寮生達は帰省しているから、今、この寮に残っているのはよっぽどの事情持ちと俺達だけだった。
寮監には『この建物の歴史を取材する』という新聞部としての大義名分で了解を取っていた。
寮生にも一応断りは入れてあるけど、噂が噂だけに覗きに来る野次馬もいない。
むしろ『物好きな奴等』なんて思われてるぐらいだ。
それは、柊さんの”一緒にされるのは、不本意だ”って表情にありありと出ている。
後ろから着いてきている榊の整った顔立ちも、微かに歪められている。
顔色もあまり良くない…もしかして、この手の話はダメだったかな?
古い建物ってこともあり、廊下の暖房はたいした効果はなかった。
どこかからすきま風でも入ってんじゃないか?と思うぐらい冷えている。
問題の部屋の前につくと、一層強い冷気を感じて、思わず身震いする。
それだけで、雰囲気も盛り上がるってものだろう。
榊の顔色はますます青白くなっていき、柊さんの上着の裾をしっかりと握り締めていた。
何を話すでもなく、俺は一応その辺の写真を適当に撮りながら、時間を待っていた。
彼女が現われるのは、いつも午後10時頃…時計はあと数分でその時刻になろうとしていた。
そろそろだな、と俺が口にしようとした瞬間、背中から覆い被さるような冷たい気配に包まれた。
そこで俺の意識はプッツリと途切れた…なのに、身体は誰かに操られるようにぎこちなく動き出す。
意識が途切れる寸前の俺の記憶は、端整な顔を引きつらせている榊と、信じられないって顔した柊さんの姿…。

‥†‥†‥†‥†‥

 「修一郎…俺、ちょっとヤバイかもしれない…。」
榊は柊の服の裾を握ったまま、小さく震える声で言った。
(昔から、尋斗は異常なほど恐がりだったな…。)
柊はそんなことを思い出し、なだめるために榊のしっかりと握られた手に触れ……。
その途端に、柊の視界に今まで存在しなかった者が映しだされた。
デジカメを持ったまま立ち尽くす森野の背後に、ゆらりとかぶさる女の姿。
柊の驚愕した表情に、榊は今彼に何が起きているのか確信した。
 「修一郎…見えてる…よね?」
震えるまま告げられた榊の言葉に、やっと状況を把握する。
 「おまえはずっと、こいつが見えていたのか!」
榊はゆっくりと首を横に振った。
 「ううん…修一郎の方が、はっきり見えるはずだよ…。俺は、気配を感じるだけ…。でも、これって、かなり…!」
そんな会話をしている2人の目の前には、相変わらず背中に女を背負った森野が気の抜けた顔をして立っている。
何をすべきか、頭の中でめまぐるしく計算していた柊だったが、考え込んでいるうちにいつの間にか榊の手を離していた。
すると、今まで見えていた女の姿が、ふっ、と消えた…いや、見えなくなった。
 「なに?…見えなく、なった…。」
 「それ、多分俺の…せい。俺が触れたから見えたのかも…。」
 「何のことだか、俺には…!」
榊は、そっと柊の腕に触れた。
すると、画面が切り替わるように、視界には再び女の姿が映る。
掴まれた腕と、榊の顔を見比べる柊の視線。
 「俺が触ると変なのが見えるからヤダって言われた事あるんだよね…。」
申し訳なさそうに言う榊の言葉に、柊は何となく理解した。
血が近い事もあり、気配を感じるという榊と同じ感覚を持っているだろう自分は、普段は感じ取れない物が榊に触れることで触発されて しまうのだろう。
しかし、そんな事が解った所でどうなるわけでもなく、事態は一向に進んではいない…第一、そんな事認めたくない。
だが、相変わらず女の姿をまとった森野は、ぎこちない動作で一歩、二歩と歩を進める。
それと同じように、後退して行く2人。
 「修一郎、彼女、なんか言ってる?」
森野の口元が何かを囁くように動き、聞こえるか聞こえないかのかすれた声で呟いている。
 【やっと…迎えに来て…くれた………ずっと、待って…いた、の……ずっと…。】
その顔には、うっすらと笑みが浮かんでいる。
 「誰を、待ってたって?まさか…俺、か……。」
 【…待って、いた……迎えに、来る、って…約束、だから……待って…】
女の姿をダブらせて、森野は柊に向かって呟きながら手を差し伸べる。
(尋斗が触れていなければ、男に迫られているようにしか見えないぞ…。)
テンパっているはずなのに、どこかで他人事のように冷静に考えている自分に気付き、柊は内心呆れていた。
こんな突拍子もない事態を前にすると、かえってくだらない事を考えるものだ。
とにかく、このままにしておく訳にもいかず、柊はある考えを榊に告げた。
 「尋斗、頼むからその手を離すなよ。」
 「なんで?」
 「せめて、見た目は女の方がいい。」
 「?何をするつもりだよ、修一郎…。」
 「こいつを、説得する!」
 「え…?」
 「伝達手段はあるんだ…後は納得させて、さっさと帰ってもらう。」
 「修一郎…本気?」
 「俺は、いたって、本気だが?」
何か問題があるのか、とでも言いたげな柊の表情に、榊は諦めて首をすくめた。
 「お好きなように…。」
多分、彼女にどれほどの深い想念がこもっているのか、柊は気付いていないのだろう。
普段何も感じないし、何の影響も受けないという事は、本人が気付かないうちに祓い除けているからだ。
彼女がまだ存在しているのは、祓い切れないほど深く強大な想いを残しているという事。
どんな事態になるのか、思いも付かないと言うのに…。
(でも、本人は知らないけど、修一郎ってめっちゃ強い力持ってるし…どうにかなるか。)
榊はそれに気付いていたが、あえて言わないでおいた。

森野の身体を借りた女は、ゆっくりと歩を寄せる。
 「君は、何を待っている。」
 【…私…あなた…が…きっと、来る…って、言った…だか、ら…】
たどたどしく言葉を繋ぎ、女は手を伸ばす。
 「なんで、君を待たせている?」
 【……あなた…が、言った…私、元気…に、なった…ら、迎えに…来る、って…】
 「元気になったら?」
 【…私、が…卒業した、ら…元気、に…なったら、って…】
女は、切なげに顔を歪ませる。
愛しそうに、嬉しそうに、悲しそうに、その瞳を揺らめかす。
柊の眼には女の姿に映るが、気配しか感じない榊にとって、それは森野の姿でしかなかった。
まるで、寄り添う榊と、それに詰め寄る森野の、柊をめぐる三角関係…。
(誰かに見られたら、誤解されそうだよなぁ…。うわぁ〜、ヤダヤダ…。)
柊から手を離せない榊が、微妙な自分の立ち位置に苦笑する。
そんな榊の心の声など柊には聞こえるはずもなく、歩み寄る女(森野)も、手が触れるぐらいまでの距離に来ていた。
 【私、は…大丈夫……だか、ら…連れて、行って……】
 「それは、できない。」
 【ひっ……!】
 「ダメだ!修一郎!まだ、早いって…!」
榊の制止も聞かず、柊は決定的な言葉を口にしてしまった。
 「俺は、君の待ち人じゃない!君の在るべき場所へ、還るんだ!」
 「…はぁ…何が、説得だか…。」
女を見据える柊を横目に、榊は深くため息をついた。
女は目を見開き、身体を震わせる。
ざわざわと辺りに禍々しい気が立ち込め、彼等の周りを取り囲んだ。
榊は、そっと上着のポケットに手を忍ばせた。
女は手で顔を覆うと、地の底から響くような重く低いうめき声をあげる。
 【うぁ…あ…ぁ……どうし、て…どう、し、て…】
そして、叫び声をあげ、恐ろしい形相で襲い掛かる。
 【どぉうしてぇーっ!やぁくそく、したのにぃーー!】
 「くそっ!血迷ったか!」
 「まったく、修一郎がへまするからっ!」
柊の手に、榊から渡された何かが握らされた。
 「修一郎、それを彼女に向けてっ!」
榊の声に従い、柊は女に向けて手をかざした。
その手は襲い来る女の胸元へとあてられ、触れた瞬間に眩い光を放った。

‥†‥†‥†‥†‥

彼が教生としてこの女学園を訪れたのは、桜が舞う春。
半年間の研修として教師の助手を務めた教室に、彼女がいた。
彼女は幼い頃から身体が弱く、授業の途中で具合が悪くなることもしばしばで、その度に彼が付き添い医務室へと連れて行った。
 「先生、ごめんなさい…。」
 「いえ…かまいません。それよりも、大事にしてください。」
たったそれだけの会話でも、彼に好意を寄せている彼女にとっては至福の時だった。
しかし、彼の研修期限が近付くにつれ、もう二度と会うことはないと思い悩み、彼女の体調は日に日に悪くなっていく。
そんな彼女を見かねて、彼は彼女とある約束を交わした。
 「貴方が元気になって、この学園を卒業する時に、また会いましょう。」
 「…本当に、また会えますか?」
 「ええ、その時には私が迎えにきますよ。」
 「約束…してください……。必ず、迎えにくると…。」
 「はい。だから、貴方は元気になることだけを考えてくださいね。」
彼女は、嬉しそうな笑顔を浮かべた。
彼はそのまま、彼女の前から去っていった。
それから数ヶ月、細かな雪が降りしきり、気温も肌を刺すような冷たさを感じる頃、急に体調を崩した彼女は卒業を待つことなく、 そのまま静かに眠りについた。
この閉ざされた扉の向こうには、彼との約束を交わした教室が残された。

眩い光の中に、彼女の想いが映しだされる…それは一瞬のことだった。
光が次第に薄れていき、あたりに闇が戻っていく。
彼女の姿は、胸元にあてられた札により張られた結界に包まれていた。
開放された森野の身体が、ゆっくりと崩れ落ちる。
ほろほろと涙を流す彼女は、もう先程の憎悪に満ちた形相ではなく、記憶の中の少女の姿をしていた。
 【私は、もう一度、彼に会いたかった…そのために、ここから、動けなかった…】
それは声ではなく、2人の頭に直接流し込まれた彼女の想い…。
その時、閉ざされていた扉が静かに開かれた。
扉の向こうには、一人の青年が佇んでいる。
 【やっと…私に気付いてくれたのですね。約束通り、迎えに来ました…大分、遅れてしまいましたが…】
青年は、そう言って静かに笑い、彼女に手を差し伸べた。
その手を取った彼女の笑顔に、もう心残りは感じられない。
 「在るべき場所へ、還るんだ…。」
柊が呟くと同時に、札から溢れる柔らかな光に包まれて、彼等は消えていった。

 「逝った、ね。」
 「そうなのか?」
 「あの彼って、少し修一郎に似てたね。」
 「…そうか?」
 「だから、彼女も出てきたんだろ?」
 「そんなこと、知るかよ。」
開かれた”開かずの間”で、去っていく彼等を見送りながら、そんな会話を交わす2人。
その足元には、森野が何も知らずに眠っていた。
 「そう言えば、尋斗…あの札はなんだ?」
柊は訳もわからず渡された札のことを思い出し、その問いにケロッとした顔で榊は答える。
 「ん?あれね。修一郎のおばさんに持たされた。持ってけって。」
 「あぁ〜ん?何だって!」
 「知らなかった?俺等の家系って、そういうの詳しいって。」
 「そんなの、認めないっ!」
 「俺に怒鳴んないでよね、今まで気付いてない方がおかしいって。そういう家系なんだから…。」
自分の主義を根底から覆されて憤慨する柊だったが、それはあっさりと榊にかわされていた。

‥†‥†‥†‥†‥

誰かの話し声が聞こえた気がして、気だるさの残る体を起こそうと身じろぎした俺は、体中に走る激痛にうめき声をあげる。
 「うぁっ…い…っつ…なに、これ?体中、いてー……。」
まず、自分がどこに居るのか理解するのに、記憶を辿った。
確か俺は、今月のネタの取材に男子寮に来たはず。
周りを見渡し、それらしい景色を確認して、ひとまず納得。
さっきの話し声は…あぁ、そうだ…榊と柊さんと一緒だったんだ。
そして、近くにいる2人を確認して、それも納得した。
それから、そろそろ出てくるころだなぁ、と思って…あれ?その後が、よく覚えてない。
腕時計の時刻は、午後10時40分を指している。
 「あぁー!時間過ぎてんじゃん!」
柊さんと榊が、気まずそうに顔を見合わせた。
一体、何があったんだろう…。
 「あの、さ…森野…。ここに出るって彼女のことだけどさぁ…。」
そう言う榊の背後がやけに不自然に見えて、その訳に気付いた俺は自分の目を疑った。
 「開かずの間が、開いてる?!」
 「…そんな訳でさ、七不思議が無くなっちゃったんだよね…。」
 「なんだよ、これ!」
勢い良く起き上がろうとした途端に体中が悲鳴をあげて、思わず自分をかき抱くようにしてうずくまった。
そんな俺を、榊が覗き込んでいる。
 「大丈夫か?まぁ、意識のない身体を無理矢理動かされてたんだから、筋肉痛にもなるよな。」
意識がなかった…って、どういうことだよ。
痛みのために涙目になりながら、2人に説明を求める視線を送ってみた。
 「え…っと、多分 ”憑かれてた”んだよ、森野。」
榊は、罪のない微笑を浮かべ、柊さんは頭を掻きながら俺に視線を合わせようとはしなかった。
俺は記憶が抜けている40分の空白を埋める事は出来ず、当然紙面も埋められず、それは腑に落ちないが仕方がない。
何かがあったはずなのに、結局2人ともそれを話す事はなかったからだ。
紙面に穴を空けた俺に、部長の言葉は温かだった。
 「今月、休もうよ♪」

そりゃね、あの時は文字通りに受け取ったよ!
…後日、詳しい経緯を聞くまでは ”疲れてた”んだってさ!


END

2005.1.13

これは、○年前に友達のIちゃんと、
登場人物の設定だけをして、そのままになっていたものです。
あの頃考えていた設定とは、少し…大分変更してしまいましたが、
やっと日の目を見ることができました。
Iちゃん、thanks!
ちなみに、どうでもいいような補足はこちら→


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