繰り返す夢



 「なぁ、お前さぁ、何回も見る夢ってある?」

昨夜はかなりの時間まで走りこんでいたため、いつもの様に中里のアパートに転がり込んだ慎吾は、寝起きでまだしゃっきりしない 頭をおさえながらたずねる。
その表情には、明らかに疲れの色が見えた。

 「お前…よく寝れなかったのか?顔色わりーぞ。」

寝不足もあるのかもしれないが、それにしても悪すぎる。
中里は、慎吾の額に手を当てて自分のそれと比べてみるが、熱はないようだ。

 「夢を、さ…いつも見るんだ…。」
 「へ?」

中里は、そりゃあ、夢ぐらい見るだろう…という言葉を、今は飲み込んだ。
今日の慎吾は、どこか他人のような気がする。

 「なんか…変な建物なんだよな……。で、オレ、いつも走ってんだ…。」

顔にかかる前髪をかきあげて、慎吾は静かに話し出した。


その建物は、気がつけばその中にいるために、入り口がどこでどんな所かなんてわからない。
ただ、その風景は、最初は学校のような気がする。
両側に教室が並ぶ廊下…そこを慎吾は歩いていた。
突き当りまで行き、T字になる廊下をどちらへ進もうかとちょっと悩み、見渡せばどちらもその先はぼんやりとして、はっきり 見えない。
急に焦りを感じた。なんか、ヤバイ気がする。
自然と足取りが早くなり、それは駆け足に変わる。
こんな変な場所、早いとこずらかろう…廊下がいきなり途切れ、そこには上下へと延びる階段が現われる。
上へも下へも、明かりの無い階段はぼんやりした闇の中。
取りあえず、下へ…下へ行けば出口があるはず…何の確証も無いが、そう思った。
階段を下りると、また廊下が続く。
でもそこは、さっきの廊下とは別の場所…両側にはカーテンで仕切られただけの病室が並び、廊下には白衣を着た者や、寝巻きを着た者、 看護師等がめまぐるしく行き来している。
その人の波を潜り抜け、すこし開けた場所に出た。
そこには診察室という札が掛けられているが、仕切りはカーテンだけ。
なんだよ…胡散クセーとこだな……慎吾の不安は、だんだんと高まっていく。
人が途切れた事もあり、慎吾はまた駆け出した。
どうしたら、出れんだよ…つーか、どこだよ、ここ…。
また、廊下がT字に突き当たる。
さっきと同じ突き当りのような気がして、背筋が凍った。
廊下、走ったよな…階段、降りたよな…ココハ、サッキトハ、チガウバショダヨナ……心の中で、確認する。
確認して、走り出す…冷や汗が、止まらない。
廊下が途切れる…予想はしていたが、そこはまた、明かりの無い、闇へ続く階段……。
本当に、泣きそうだ…なんなんだよ!この場所は!…もう、ここから、出してくれ…!
階段を、降りる…1フロア降りて、まだ下へ続く階段があることに気付く。
更に下へと降りると、急に開けた空間が広がった。
階段もいつの間にか広々とした緩く螺旋をえがく階段に変わっていた。
そう…まるで、高級なホテルのロビーにでも紛れ込んでしまったような…そんな場所。
ただ、誰一人姿を見せないそのロビーは、光がさしているはずなのに明るさが感じられない。
異様な空間に、たった一人で放り込まれた…心細さがつのる。
早く…出たい…ここから…出たい…出たい……ダシテクレ………。
また、闇雲に走り出す。廊下を、階段を、めちゃくちゃに走る。
息が切れて、もう走れない…もう……出られない……。


 「ここら辺で、いつも眼ェ、覚ますんだよな…。」

うな垂れて、疲れた表情を見せる慎吾を、中里は黙って見ていた。

 「ガキの頃から、繰り返し見てんだけど、夢見が悪いっつーか…寝る前よか疲れんだよなぁ…。」

慎吾は、頭を掻きながら欠伸をかみ殺している。

 「なんか…意味でもあるのか?おかしな夢だよな…。」
 「ああっ!言っとくけどな、夢判断だか知らねーが、する気はねーぞ!
  あんなもんは結局、性的欲求不満だのなんだのってこじつけられるだけだかんな!」

中里にそう言い残して、慎吾はまた布団に潜り込んだ。
よほど、その夢に疲れたのだろう。布団に包まっていくらもしないうちに、静かな寝息が聞こえてきた。
今日は日曜だし、特に予定も無い。寝たいなら、好きなだけ寝ればいい。
カーテンを閉めたまま慎吾を起こさないように、中里は寝室を後にした。
冷蔵庫から取り出した水を一気に飲み干し、覚醒をうながす。
煙草に火を付けその立ち昇る煙を見ながら、中里は慎吾の夢の話を思い返していた。


学校…病院…ホテルのロビー……。
長く伸びる廊下…闇へと続く階段……。
これに一体どんな意味が隠されているのか?
中里には当然、わかるはずも無い。
静かに寝室に戻ると、規則的な寝息を立てて眠っている慎吾。
枕元に置かれた手にそっと自分の手を重ねると、子供のようにぐっと握り返してくる。
今、慎吾はどんな空間にいるのだろうか?また、さっきの空間に閉じ込められはしないだろうか?
中里は、慎吾がその奇妙な空間から早く抜け出し、苦しい夢を見ることが無くなるように祈るしかなかった。


END

2004.4.25

この慎吾の夢は、私が見た夢です。
結構、頻繁に見たりします。
それも、いつも追われてる(^_^;)
ちなみに、BLACK OUTの
慎吾が見た夢も、よく見ます。
なんか、こんな夢ばっかりで。
でも、夢判断もちょっと怖い(^_^;)


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