彼の背中には、美しい羽根がある。
他の奴に言っても信じてはくれない。
あんなに白く光を浴びて輝く羽根の存在を、他の奴は知らないという。
他の奴には見えない…オレの瞳にだけ映るあの天使の羽根が汚れないように見守るのは、オレの使命だと思った。
最近彼は、ある男の側で微笑む事が多くなった。
いけ好かない野郎だ。
周りの人間はあいつはいい奴だというが、それは多分そう見せかけているだけ。
可哀想に…彼は奴に騙されている。
現に、奴と会ってからの彼は、一人で沈んでいることが増えた。
奴に会えない日は、あまり笑わない。
今まで、太陽のように眩しい笑顔でいつも笑っていた彼が、奴が現われてから辛そうな表情を浮かべるようになった…。
あんなに沈んだ彼の表情に、オレの心は締め付けられるように痛んだ。
何故彼は、あんな奴のそばにいるのだろう。
とても辛そうじゃないか…だが、その訳もオレは知っている…。
彼は、奴に想いを寄せている。
奴と共にいる彼は、幸せそうで…そしてとても苦しんでいる。
奴はそれを知ってて、彼を玩んでいる。
彼の、あの光り輝いていた羽根は、今は悲しみを含んだ色を帯びていた。
…見守るだけじゃ、ダメだ……オレが、彼を守るんだ。
その日は突然訪れた。
オレが一番恐れていた事態が、彼の身に起きた。
――あの美しい天使の羽根が、無残に引きちぎられていた。
背中の傷跡からは、痛々しいぐらい血が溢れている。
なんてことだ!彼は天から落とされてしまった…奴に、汚されてしまった!
神の怒りをかい、あの輝かしい天使の羽根を取り上げられてしまった!
彼はそれに気付かずに、奴の側で微笑んでいる。
でも…今の彼の表情には、以前の眩しい笑顔が戻っている……どうして?
きっと、奴が妖しい媚薬で純真な彼の心を麻痺させてしまったんだ。
そうでなければ、彼があんな奴に汚されるわけが無い!
そうでなければ……彼が奴に落ちるはずが無い……。
ねぇ、君の無残にむしり取られてしまった羽根は、オレがちゃんと取り戻してあげるよ。
君は安心して、微笑んでいてくれればいいんだ。
だって、君が羽根を取り上げられたのは、すべてこいつに騙されていただけなんだから。
こいつさえいなければ、きっと神様もあの美しい羽根を元通りにしてくれるよ。
その、千切れてしまった羽根の傷跡も、すぐに癒されるさ。
だから…また、あの天使のような笑顔で、オレに微笑かけてくれないか?
……ねぇ、どうしてそんなに悲しい顔をするの?
どうして…そんな目でオレを見るの?
――君は、もう、安心して、いいんだよ……――
彼の驚愕に見開かれた瞳……足元に崩れ落ちた、血の海に沈む男……憎い男の血に汚れたオレの両手……。
あぁ、オレも汚れてしまったな。
でも大丈夫……神は正しい行いだったと許してくれるさ。
騙されて、落ちてしまった天使を救ったのだから。
オレは、彼を、救ったんだ!
ねぇ、だから、微笑んで。
そんな目で、オレを見ないでよ。
オレの背中にも、羽根の羽ばたきを感じるよ。
ほら、神はオレを認めてくれた。
君と同じ、羽根をくれたよ…。
バサリと、羽根音が響く。
黒く、刺々しい羽根が、オレの背ではばたいている。
END
2004.5.22
羽根…といえば、天使…。
なんて安直…(^_^;)
女の子でも良かったけど、そこは、あえて「彼」で。
で、毎度のことながら、あまり報われてないですね…。
戻る