いつものように慎吾に付き合わされて、今日は少し遠出をしての帰り道。
初めての道ではないので、ナビでうとうとしている慎吾を気にもせず車を走らせていた中里は、ある異変を感じていた。
明らかに、いつもと違う…。
日もすっかり暮れて、暗闇の中を街灯とヘッドライトを頼りに走っていたはずだった。
決して街灯の無い道を走っていたわけではないし、先程までは煌々と道を照らしていた。
だが、今は頼りの街灯は姿を消している。
「…やべえかも、なぁ…。」
中里は、まるで他人事のように呟いていた。
特に疲れているわけでもないのに、急に襲われた眠気に勝てずうとうとしていた慎吾は、膝元を触れる感触に重い瞼を開こうとした。
だが、慎吾の瞼は麻痺しているように動かない。
思うように動けない状態に、不機嫌な声をあげる。
「…う…ん……。」
「悪い…慎吾、動けるか?」
その声に、ダッシュボードを開けようとしていた中里が気に障ったのかと声を掛けた。
中里の声を合図のように、ふっと体が軽くなり、麻痺の状態から抜け出すことができた。
さっきまでの眠気がウソみたいにすっきりとして、慎吾は軽く頭を振った。
中里はその慎吾の様子に、どこか納得したような顔を見せた。
「なんだ?その『動けるか』ってのは…。」
「………その中の、お守り、出してくれねえか。」
「お守りだぁ?」
開けられたダッシュボードの中には、小さなお守りの袋が入っている。
慎吾はそれを手にとって、目の前にかざした。
「これが、どうかしたのかよ?」
「いや…お前、それ持ってろよ。」
こちらを見ずにそれだけ言って、中里はただ真っ直ぐ前を向いて運転している。
当然、慎吾には納得できない。
「なんで、オレがこれ持ってなきゃなんねえんだよ!」
慎吾が不審に思うのももっともだ…だが、これを言ってもいいものか、と中里は考えた。
今は、慎吾には落ち着いていてもらわないと困る。
どうせなら、熟睡してくれてた方が都合がよかったんだが…自分だけで対処できるかどうかは慎吾の精神状態にかかっていると言っても
いい。
「お前…この手の話って、大丈夫か?…その、怪談とか…都市伝説とか…。」
「へ?な、なんだよ…急に……。」
一瞬、慎吾の声に焦りが見えたのを、中里は聞き逃さなかった。
あぁ、多分、苦手なんだな…でも、今は一刻を争う。
回りくどい説明を、している暇は無い…中里はそう判断した。
「いいか、慎吾。よく聞け。今、俺達は出口の無いトンネルみたいな所を走ってる…お前は、それを離すな。外を見るな。
お前の家の宗派の経を唱えて…まぁ、知らなければ『南無阿弥陀仏』を唱えてろ。…後は、俺がどうにかする…。」
外を見るなと言われれば、思わず見てしまうのは人の性というものだろう。
外は、全ての明かりを吸い込んでしまうような闇に包まれ、前方を照らすライトも気休めにしか見えない。
どこまでも続く出口の無いトンネル…まさか、こんな事が自分の身に起きるなんて。
「どういうことだよ!お前、どこ走ってんだよ!経を唱えろって…訳わかんねえよ!……引き返せばいいだろっ!」
一気にまくしたてる慎吾に対して、中里は手馴れたように冷静に答える。
「止まる事は、出来ない。一度止まっちまうと、そのまま飲み込まれちまう可能性がある。
それよりも、この空間をこのまま突っ切るほうがいい。」
「………。」
慎吾が息を飲む気配を感じた。
変に恐怖心を煽っても逆効果だ…何か、安心するような話を……。
「俺の母方の婆さまがな、そっち方面の…その、祓いの方のな、その関係に強くて。
俺は、婆さまの血を継いでるらしい…隔世遺伝ってやつだな。感じるんだよ…。気配ってのを…。
そのお守りは、婆さまに気を込めてもらったものだ。それを持ってる限り、変な奴は寄せ付けねえから、安心するんだな。」
慎吾は黙ってそれを聞いていた。
実際、握り締めているお守りからは、なにか不思議な暖かな力を感じる。
これが中里の言う婆さまの気の力かどうかはわからないが、今の話でオーラが見えると言うこいつの言動も少しはわかる気がした。
結局は、こいつが継いだらしい婆さまの血ってのを信用するしかない、か…。
「…で、このまま走ってて、抜けられる確証はあんのかよ?」
「さあ…な…要は、抜けるポイントと、念次第……かな。」
「そ、そ、そ、そんな、適当な…!」
中里の他人事のような話し振りに、思わずドアを開けてやろうと思った慎吾だったが、さすがにそれは思いとどまった。
ハンドルを握る中里の横顔が、バトル直前の自信に満ちた表情を浮かべていたからだ。
「まぁ、落ち着けよ…今んとこ、負ける気はしねえから…。」
「…わかった……そんじゃ、はやいとこ突っ切れ!」
「おーよ!」
ライトに照らされた道は、相変わらず真っ直ぐに闇の中に飲み込まれている。
中里の鋭い視線も、ただ真っ直ぐその闇に向けられていた。
握り締められたお守りは、緊張に汗ばんだ掌の中で次第に熱を帯びてきたように感じる。
不意に、中里の表情が、眉間にしわを寄せた険しいものに変わった。
中里の耳元で、妖しく囁く声が聞こえる。
―――そのまま、まっすぐよ…まっすぐ……まっすぐ……―――
襟足の辺りが、軽く電気をあてられたようにちりちりと痺れる感じがする。
背筋に冷たいものが流れた。
相変わらず、ライトに浮かぶのは真っ直ぐな道。
だが、中里の視界の端に、微かな光がちらついた。
「…ここだ、な……。」
「は…?」
小さな声で呟いたかと思うと、中里はおもむろにハンドルを切っていた。
慎吾に見えていたのは、真っ直ぐな道だけ。
ここでハンドルを切るというのは、路肩へ突っ込むようなもの…自殺行為だ。
「おいっ!何やってんだ……!」
―――そのまま、まっすぐよ…まっすぐ……まっすぐ……―――
「させるかよっ!」
タイヤの軋む音を響かせて、中里の繰るマシンは闇の中に突っ込んでいく。
そこは、道など無いはずだった。
ここまでか……慎吾は観念してお守りを握り締めたまま目を閉じた……。
いつまでも来ない激しい衝撃に少々拍子抜けして、慎吾はゆっくりと目を開けた。
目前の景色は、街灯に明るく照らされたいつもの見慣れた道だった。
隣には、煙草を咥えたまま、流れる煙の行方を眺めている中里がいた。
「よっ、お疲れ。」
慎吾の視線に気付き、煙草を灰皿でもみ消すと、疲れた顔でそう笑う。
「…一体…何が、どうなってんだよ……。」
「あれ、見てみな。」
振り返ると、さっきまで真っ直ぐ走っていたと思われる道はT字の突き当たりで、コンクリートの高い壁が立ちはだかっていた。
そこには、『死亡交通事故多発現場』や『前方注意!』の大きな看板が、立てかけられている。
そして、その看板の根元には、花や水などが供えられていた跡が残されていた。
あのまま、走っていたら…慎吾の全身から、血の気が引いた。
「なんだよ…これ…。」
「…呼んでんだろうな、浮かばれない奴等が……同情するなよ、憑いてくるぞ。」
中里はそう言うと、静かにマシンを走らせた。
背中から、慎吾にも感じられるほどの強く禍々しい気配が感じられた。
痺れるほど握っていたお守りを、再度強く握りしめる。
中里の手が、慎吾の髪に軽く触れた。
その瞬間に何かがはじけたような気がして、背中に感じていた嫌な気配が消えていた。
「……なぁ、お前とつるんでっと…しょっちゅうこんな目に合うわけ?」
「かもな…。」
「はぁ〜っ…うんざりだな…。」
「これに懲りて、俺を足に使うのはやめるか…。」
意地の悪い笑みを浮かべる中里に、ムキになった慎吾が言い返す。
「やめるかよ!てめーはずっと、オレ様の足なんだよ!……黙って蹴散らせ!」
END
2004.6.20
ありがちな話なんですけど。
彼らのキャラ変わってる気もするし。
最後は、ただのバカップル?
まぁ、それもいいかもね。
私の書いている彼らは、まだまだくっつく気配はないし(^_^;)
全くの別物ということで…(汗)
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