今年の夏は、いつになく暑い。
北の涼しい地方で生まれ育った俺にとって、この地での夏の暑さには毎年苦労していた。
なにより、この体にまとわりつく様な湿気が、一番体にこたえる。
それが、今年は一段と、桁違いに暑い。
口を開けば「暑い。」としか言わない俺に、泊まりに来ていた友人が苦笑いする。
「涼しくなるような事、するか?」
「なんだよ、それ?」
「夏の定番、怖い話だよ。か・い・だ・ん!」
そう言って雰囲気ありげに笑う彼に、そんなのでも多少暑さがまぎれるかと思い、俺達は部屋の明りを落として
かわるがわる知っている話を始めた。
「………して、振り向くとそこには誰の姿も無く、床が水浸しになっていたって。」
「おい、それって、よく聞く話だろ!」
「いいんだよ、そんなの。雰囲気なんだからさ。さっ、次はお前な。」
話が進むのと同じくらいにアルコールの量も増えていき、段々と適当な話に摩り替わって最初の目的から外れていた。
「じゃ、そろそろ最後にするか…でも、これって結構重い話だけど…いいか?」
「なんだよ、いまさら…。もったいつけんなって。」
結構重い話だと念を押されたのに、俺は軽く答えてしまったことに後になって後悔した…。
「これは、今みたいに暑い夏の話なんだけど…。」
彼が話をしだした途端に、部屋の中が異常に冷えてきた気がした。
今まで汗ばんでいた体から汗が引き、体温が奪われていくのを感じる。
「俺たちみたいにさ、暑さを紛らわせるのに、怖い話を始めたんだ。その話ってのが、彼の同級生の話なんだけど。
彼が中学生の頃、一番仲が良くていつもつるんでた同級生が行方不明になったんだ。
彼等が住んでいたのはずっと北の方で、それは真冬の時期だった。
大人たちが友人が行きそうな場所を捜索したけど、なかなか見つからなくて…。
そろそろ打ち切ろうとした時に、友人のカバンが見つかった。
その場所は、登下校にいつも通っていた河原…雪の中に埋もれていたのを、イヌかなんかが掘り起こしたんだろう。
で、その辺の雪を掘り起こしてみたけど、友人の姿は無かったって。
あとはもう、あやまって川に落ちたとしか考えられなくて、でも失踪してからかなり日がたってたし、川も凍結していたし。
…絶望的だろうってことになって…結局、遺体は見つからなかった。そして、友人の遺物だけが、荼毘に伏されたんだ…。」
なんだ、この話…。
どこかで聞いたことが…いや、聞いたんじゃない……これって、これって…!
「彼は、親友を失った事で、かなり落ち込んでいたけど、だんだん立ち直っていった。
…時が彼を立ち直らせて、親友の事は心の奥底にしまいこまれてしまった。今は思い出すことも無い…。
そして、彼は故郷を離れ、上京して、就職して…違う友人達と楽しく…。」
「ち、違う!お前は誰だ!お前なんか、俺は知らない…なんで、お前の事、友人だと思ったんだ、俺は…!誰だよ、お前は!」
背中に冷水を浴びたように、じっとりと汗をかいている。
体は小刻みに震え、頭の中で繰り返す。
(違う…あいつじゃない…だって、あいつは…もう……)
彼は、そんな俺を悲しそうな目で見つめた。
その表情は、昔の面影をそのまま映し出していた。
「…もう、忘れちゃったのかな……オレのことなんて……。」
それは声ではなく、頭の中に直接響いている。
彼の手が、俺の方へとゆっくりのびる。
恐怖に駆られ、それから逃れる事もままならず、俺はただ、頭を横に振るだけだった。
「い、嫌だ…だって……あいつは…あの川で…もう……もう…!」
「やっと、出られたんだ…あの冷たい氷の底から…お前に、会いに来たんだよ……。」
彼の手が、俺の頬に触れた。
氷のような、冷たい手…触れられた部分から、体が凍り付いていく感覚に包まれる。
「助けて…嫌…だ……忘れた…わけじゃ…ない…ゴメン…許し…て…。」
その悲鳴は、冷たい氷の中に虚しく凍りついていった。
気がつくと、俺は自分の部屋で倒れていた。
部屋の中も、自分の体も水浸しになっている…彼の姿は……無い。
夢ではなかったのは、明らかだった。
ぼんやりした頭の中に、携帯の呼び出し音が響いた。
それは、故郷の実家からだった。
『あぁ、よかった…連絡がついて…。驚かないでね、あの子の遺体があがったのよ…。ほら、覚えてる?
あんたが一番仲良くしてた……。』
そのあとは、何を言っていたのか聞こえなかった。
俺は、涙が止まらなかった。
「会いに…来たんだな、お前……。俺、忘れてたから……寂しかっただろ…ゴメンな……。恐がって、ゴメン…。」
最後の悲しげな笑顔が、いつまでも俺の中に残っていた。
END
2004.8.11
なんでしょう、これ?
最初、ホラーを目指してたのに、途中から挫折してしまいました。
報われないラストが多いので…(苦笑)
こんな終わりもいいのでは、と。
まぁ、少しは涼しくなれるかなぁ?
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