黄昏の哄笑



夕日が郷を朱く染め上げる。
それを背に浴び、小路を駆け抜ける少女の姿。
少女は1件の古びた店に駆け込むと、店主に向かって呼びかける。

「頼まれた物、手に入ったよー!」


次の日、若林誠は植物達に与える栄養剤を購入しようと、いつもの店を訪れた。

 「彩女さん、いつものお薬を頂きたいのですが…。」

店の奥から顔を出したのは、整った顔立ちに似合わぬ眼帯で片方の眼を覆った女性―この菊宮堂の店主、菊宮彩女だ。

 「あぁ、誠か…。そこにあるから、持っていきな。…ところで、誠…。
  珍しい花の苗を手に入れたのだが、お前、育ててみないか?」

そう言って差し出されたのは、やっと芽吹いたと思われる小さな苗だった。

 「これって…見たことの無い葉の形をしてますね…。何の苗なんでしょうか…?」
 「咲かせてみれば、解るさ。」

彩女は、意味ありげな笑みを浮かべて、その苗を持ち帰る誠を見送った。


授業が終わり、教室を出ようとする飛鳥を呼び止める声があった。

 「あの…飛鳥さん。ちょっと、ご相談したい事があるんですけど…。僕の部屋まで、来てもらえないでしょうか?」

いつものように、控えめな言葉で…しかし、瞳は本当に深刻そうに揺らいでいたから、飛鳥は頼まれるまま誠の部屋へと訪れた。
寮で生活をしている2人の部屋の作りは同じだが、殺風景な飛鳥の部屋と違い誠の部屋には数鉢の植物が置かれ、緑が溢れていた。
その一つの鉢植えに、飛鳥の視線は釘付けになった。

 「誠…相談って、やっぱ、これの事…だよな…。」
 「はぁ…ご推察の通りです…。」

視線を固まらせたまま動けない飛鳥の隣で、誠は申し訳なさそうにうなだれる。
その鉢植えは、小さな蕾が今にも開こうとしていた。
微かに開いた花弁の中心には、決してありえないだろう存在があった。

 「こんなもの、どこから持ってきたんだよ…。」
 「あの…数日前に、彩女さんの店で…。まさか!こんな物だったなんて、僕、思いもしませんでしたからっ!」

おろおろとうろたえている誠の気持ちはよ〜っくわかる。
自分もこの状態に陥れば、誠と同じようにうろたえるしかないだろうから。
窓際に置かれた鉢植えには、暖かな夕日が注がれている。
2人が見ているうちに花は開いていき…完全に開花したその中心には、見覚えのある人物のミニチュアがいた。
そのミニチュアは、まだ眠たそうに眼を擦っていたが、そのうちに静かに瞳を開いた。
ずさっ…と、思わず2・3歩後ずさる2人の姿を確認したのか、ミニチュアは瞳を細めて笑った。
その表情は、彼等がいつも敬愛している人物に間違い無いのだが、その存在が…絶対にありえない!

 「「どうしちゃったんですか〜!総代っ!」」

そんなはずは、ありえないとわかってはいるが、実際に目の前にある事実は現実だ。
軽く現実からトリップ状態の2人…出所が出所だけに妖しさ100倍。

 『ははははっ』

彼等の混乱をよそに、ミニ九条は声高らかに笑い声をあげた。
黄昏に染まる蛍雪寮に、その哄笑は響き渡った。


後日、扱いにほとほと困り果て、2人は執行部室を訪れた。
そこにはいつものように、髪をかきあげながら2人を出迎える人物がいた。

 「どうしたんだ?人払いまでして俺に話したい事なんて、穏やかじゃないな…。」

飛鳥と誠は顔を見合わせて、そして布に包まれた荷物をほどいた。
一瞬、時が止まった。
さすがの九条も、今回ばかりは表情が固まる。
九条の姿を確認したミニ九条が「やぁ。」と片手を上げて軽やかに笑っている。
ゆっくりと時間が過ぎ去り、九条はこめかみを押さえつつやっとのことで口を開いた。

 「だいたい察しは付くが…これはどこで手に入れた物だ?」

誠が事の経緯を説明すると、九条は大きく息をついた。
微かに肩を震わせているようにも見える。

 「こんな事ができるのは、あの人しか居ないとは思っていたが…そうか、あいつも一枚かんでたのか…。」

そう言うと、おもむろにそれを包みなおし、2人を伴って執行部室を飛び出した。


事の始まりである場所に辿り着き、少し乱暴にドアを開けた。
そこには、この件の首謀者である店主 菊宮彩女と、その片棒を担いでいるであろう少女 一之瀬伽月がいた。
突然の九条達の来訪にも、そろそろ来る頃だろうとの覚悟はしていたらしく然程の驚きは見られなかった。

 「説明してもらいましょうか、彩女さん…。
  事と次第によっては、天照館総代の権限により、生徒の出入りを一切禁じる事も考察にいれますが…。」

そう言って、手近なテーブルにミニ九条を置く。
静かに微笑まで湛えている九条だったが、その瞳には穏やかな物は感じられず。
むしろ、絶対零度の冷気が辺りを包み込み、手を取り合って震えるしかない飛鳥と誠。
その九条のみなぎるオーラに、彩女も少々やりすぎたと両手を挙げて観念していた。

 「わかったよ、綾人…。そんなことされたら、商売上がったりだ。メシの食い上げだしね。
  いやぁ…見事に咲いたものだねぇ。なかなかいい出来栄えじゃないか。期待以上だったよ。
  しかし、女子連中には売れると思ったんだがねぇ…ミニ九条。」
 「冗談がすぎますよ、彩女さん…。今後一切、このようなことは無いようにお願いしますよ。
 それと…伽月!」

裏からこっそりと抜け出そうとしていた伽月は、いきなり呼ばれた自分の名に体を強張らせた。

 「お前が、俺の髪が痛んでいると抜いていったのは、こういう魂胆だったんだな。…今回の処分は、あとで通達する。」
 「え〜!そんな〜…ひどいよ、処分なんて…あたしは頼まれただけで…!」
 「問答無用!」

凄みを利かせ、一喝する九条の迫力に押されて、伽月も些か反省したようだ。
これでしばらくは問題を起こす事も無いだろう。
九条達はそのまま菊宮堂を後にした。


再び執行部室に戻った3人は、改めてミニ九条の包みをほどいた。
その花弁はゆっくりと萎み始めて、中心の彼も眠るように花の中へとくるまっている。

 「お前達、こいつの事、頼んでもいいか?多分、そう長く持つものでもないだろう。
  お前達なら、少しでも長く持たせてくれそうだ。」

結局、ミニ九条は誠の部屋に戻され、飛鳥もたまに様子をうかがいながら、随分長くその花を咲かせていた。
咲いている間中、愛想を振り撒くミニ九条に思わず和んでいた誠と飛鳥だったが、やはりその時は確実に訪れて、 小さな彼は眠るように去っていった。

あれから、菊宮堂で妖しげな植物が売られている形跡は無い…多分。

END

2004.10.23

昔、こんな感じの映画がなかったでしょうか?
それの、転生学園パロのつもりだったのですが。
ミニ九条は、星の王子様の薔薇くんのイメージで…。
ミニ九条が、総代に知られなかった場合、
彼の髪はどれだけ…考えると、怖いかも(-_-;)
とりあえず、頭髪の危機は免れたようです。
ミニ九条が欲しかったのは、私…(苦笑)


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