遠くからエンジンの音が聞こえてくる。
頂上付近で待っていると、獲物を狙う獣の双眸のようにライトが浮かび上がった。
その双眸は、闇をまとった漆黒のボディーと共に自分の前を走り抜け、そのまま闇に溶け込んでいった。

BURNING DESIRE



「中里さん、最近噂になってる奴のこと、聞いた事ありますか?」

何回か走り込みを終え、頂上の駐車場で一服していた中里に、チームの一人が話し掛けた。
噂になっている奴、というのは、最近この近辺のチームに入っては、かなり危険なバトルを仕掛けているという奴の事だろう。
この妙義にもNight Kid'sの他に何チームか走り屋と呼ばれるグループが存在する。
走り屋どうしのバトルは頻繁に行われているが、今噂になっているのはどこにも属していない単独で走っている奴という話だ。
チームに入るには特に規制など無く、走りたい奴は入ればいいというようなチームの多いこの妙義では、たいした珍しくもないことではあるが。
噂も妙義全体にほぼ知れ渡り、ついたあだ名が『デンジャラス』−深紅のEG−6−。
普通に走っても相当な腕らしいが、その走りは危険極まりない。
バンパープッシュは当たり前。時には特殊なバトルでドライバー自身を潰すといわれている。
何も答えない中里を気にする様子も無く、その男は話を続けた。

「そいつ、今度はNight Kid'sに仕掛けてくるらしいってことですけど…。なにか聞いてますか?」
「いや、俺は何も…。」


その時、駐車場の入り口付近からざわめきが起こった。
幾重にもなった人垣を掻き分けて、ゆっくりと真っ赤な車体が駐車場に滑り込んできた。
その車体から姿を現した男は、挑戦的なオーラを漂わせながら、真っ直ぐに中里へと向ってくる。
肩口まで伸ばした茶髪を、無造作にかきあげながら、

「よぉ、Night Kid'sの皆さん。お揃いで出迎えとは、俺も有名になったもんだよなぁ。」

と、掻き分けられた人垣を、花道のように進んだ。
その場にいた者達が、罵声をあげながら辺りを取り囲む。
それを気にすることも無く、皮肉めいた笑みを浮かべながら中里の前で立ち止まる。
顔には笑みを浮かべているが、その瞳は中里の視線を正面から受け止め、決してそらそうとはしない。
最初から、狙いは中里に決めていたようだ。

「ずいぶんと、派手にやってるようだな。」

中里が口を開くと同時に、騒ぎ立てていた者達は静まり返った。
大きな声をあげた訳でもないのに、その低音で足元から体中を駆け上がるような響きには、ガラの悪い連中も大人しくならざるを得なかった。
口調はあくまでも静かだが、こういう時の中里はかなりキレている。

「へぇ〜、リーダー様の耳にも届いてるなんて、光栄だな。なら、話ははえーや。やろうぜ。」

その男の表情からは、もう笑顔は消えている。
本気で勝負を挑んでいるのだ。

「やるというなら、真剣勝負だ。下手な小細工はナシだぜ。」

中里は、吸っていたタバコを足元でもみ消し、愛車に乗り込もうとした

「小細工ナシ?笑わせるぜ!要は勝ちゃぁいいんだろ!どんな手を使ってもよ!

その言葉に中里は立ち止まり、微かに肩を震わせた。
今まで取り囲んでいた連中が声を潜めながら2・3歩後ずさった。
中里の怒りがすでに頂点に達しているだろう事は、容易に想像できた。
そんなことは、その男にわかるはずも無く、言葉を続ける。

「たとえば、ガキが乗ってもはえーような車に乗り換えるとかよぉ!」

「…お前の得意は、後追いのダウンヒルだったな。それでいいぜ。なにをやろうと、お前次第だ。俺を捕まえてみな。
だが、俺は捕まらない、おまえがどう仕掛けようと。妙義は、深いぜ。」

中里は一度も振り返ることなく言い切ると、さっさとRに乗り込み、近くにいた者に合図を頼むとスタート地点に車を寄せた。
それに従い、男のEG−6もRの横に並んだ。
一瞬、お互いの視線が合ったが、すぐに前方に向き直り合図を待った。
重苦しい雰囲気が辺りを包み込み、静まり返った峠に2台のエンジン音だけが響いている。
頂上に数人を残してゴール付近までメンバーをおろし、一般車の進入が無い事を確認する。

「カウントダウン、いきます!5・4・3・2・1・GO!」

轟音と共に、中里のRが飛び出していく。
その後を、深紅のEG−6が追っていった。



「なんか、あそこまでブチギレた中里さん、久し振りだな。」
「あの人があーなったら、誰にも止められねーしな。」
「EG−6が無事にゴールできればいいけどよ…あれを言っちまったら、お終いかもな。」

頂上に残された数人が口々に言い合っている『あれ』とは、中里が最近Rに乗り換えた事だ。
それも、言うに事欠いて『ガキが乗っても速い車』と言い切ったのだから、誰よりもRの性能にほれ込んでいる中里には聞き捨てならない言葉だった。

「でも、中里さん、あまり怒ってるようには見えなかったんスけど…。」

最近チームに入ったばかりの新入りが、その会話に疑問を浮かべた。
大声で怒鳴り散らしたりはしないが、そういう時の方が中里の怒りが深いということは、チームの暗黙の了解となっていた。
今回の中里の怒り様は近年にないことだったので、新入りにとっては始めて見る中里の姿だったのだ。



EG−6はコーナーでは距離を詰めるが、立ち上がりの馬力の違いはどうしても縮めることが出来なかった。
馬力の無さは、下りとコーナー回りでカバーしていたその男にとって、今回は少々やっかいな相手になった。
デカイ車体でコーナーをもたつく間に後ろをちょっとつついてやれば、すぐにクラッシュに持ち込めると高をくくっていた。
実際、今までの相手はそうして勝っていたのだ。
しかし今回の相手は今までと違い、車の性能だけではなく、でかい車体を押さえ込み自在に操る確かな腕を持っている。
どれほどの走り込みをしたのかは、この走りが証明しているのだろう。
後ろから中里の走りを見ていると、男は―庄司慎吾は―嫌な事を思い出していた。


―一番最初に、走りたいと感じた、あの時の事を…―



続いてますね。
でも、最後にやっと名前を出せました。
続きはちゃんと書き切りたいですね。
(なんか、他人事。)

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