大学受験を控えたある日、早々に就職先を決めた友人から峠にギャラリーに行こうと誘いがかかった。
「息抜きに、いいだろ?スカッとするぜ!」
が、彼の言い分だったが、高校生である彼が一人で出向くにはあまりにも心細いというのが本音なのだろう。
当時は別に走り屋になろうとは思わなかったが、車だけは欲しいと思っていた。
大学に合格したら、免許を取って車を買うというのは、以前から親と交渉済だった。
まだ、社会人になる気は無く、もうしばらく学生気分を味わいたかったし。
そのために近辺の、レベルもそこそこの大学を志望し、教師からも大丈夫だろうとのお墨付きも貰っている。
別に受験勉強に行き詰まっているわけではないが、面白そうだし…と、軽い気持ちでOKしたのだ。
その晩、友人の兄が車を出すというので、さっそく妙義に繰り出す事になった。
峠に着くと、思ったより人が多いのに戸惑いはしたが、様々な車が揃っていて飽きる事は無かった。
そのうちに、ある一台の車が走るというので周りが騒ぎ出し、皆、移動を始めたのでつられて場所を移動した。
頂上から少し降りた所、上りのコーナー出口にあたる場所を友人達と陣取った。
スタートしたらしいとの情報が入り、しばらくすると彼方から微かにエンジン音が響いてくる。
待っている自分の前を、闇の中からライトだけが浮かび上がる。
それほどに、闇と同化している漆黒の車体。
結構角度のあるコーナーを鮮やかにドリフトさせて、その黒い獣は峠を駆け上っていった。
体中の感覚器官が、その走りに釘付けになっていた。
初めて、走り屋を意識した瞬間だった。
―こんな風に、俺も走りたい!―
あとで知ったことだが、あの車−S−13−の持ち主は『中里 毅』。
Night Kid'sというチームのbPということだ。
受験に失敗しても、1年ぐらい浪人してフリーターでもしてればいい、なんて簡単に考えていたが、何が何でも合格して、免許を取らなければならないと思った。
その甲斐あってか、大学にも無事合格し、教習場にもマジメに通った。
もともと運転センスが良かったのだろう。免許はすぐに取得できた。
車も、実はもう心に決めたものがあった。
ディーラーのショーウィンドウでひとめぼれした真っ赤なCIVIC−EG−6−。
S−13とはFRとFFの違いこそあれ、馬力の差は自分の腕次第でどうにでもなるマシンというのは、どちらも同じだ。
車を買っても、すぐにチームには入らなかった。
あの『中里』と走るのに初心者では情けないので、納得できる走りが出来るまでとことん走り込もうと思った。
幸いな事に、幼馴染の沙雪が碓氷峠で走っている知り合いがいたので、そこでしばらく走りこむことが出来た。
かなり、出来上がってきたと感じ始めたある日、その噂に耳を疑った。
―中里が、R−32に乗り換えたらしい―
スカイラインR−32といえば、それほど車に詳しくない者でも判る。『速い車』だ。
あいつは、マシンの性能じゃなく、自分の腕で勝負する奴だと思っていた。
それが、みるからに『速い車』に乗り換えるなんて!
確認しなければならない。ただの噂であってほしい。
そう願いながら、久し振りに妙義まで出向いた。あいつと走れるレベルになるまでは来るつもりの無かった妙義に。
だが、そんな願いもすぐに打ち砕かれた。
目の前を走り去る黒のR−32。リヤウィンドウに貼られたNight Kid'sのステッカー。
間違いなく、中里だった。
その後、家までどう帰ったのかはあまりよく覚えてない。
帰るなり部屋に閉じこもって、誰とも口を聞こうとしなかった。
枕もとに置いた携帯がなり、その着信音が沙雪からのものだったのでしぶしぶ出る。
「いっつも来てたのに、今日はどうしたのよ!」
出るなりまくし立てられ、思わず携帯を耳から離す。
このまま切ってしまおうかとも思ったが、沙雪には何故か隠し事ができないため、今回の経緯を話した。すると、
「子供みたいに、なに拗ねてるのよ。中里君が車乗り換えるのは、中里君の自由でしょ。あんたには関係ないじゃん。
第一、あんたの事も知らないわけだし。」
言葉はきついが、言い方は優しかった。沙雪の言うことはもっともだ。
自分でもそれくらい判っているのだが、どうしても裏切られたという気持ちを捨て切る事が出来ずにいた。
しばらくは走る気にもならず、一応講義にも真面目に出て、夜は誘われるままに合コンにも出ていたが、一度走ることを覚えてしまうと、走らない自分が不自然な気がした。
ちょうど講義の空いた日中、あまり気は乗らなかったが昼間なら人がいないだろうと思い、妙義へと向った。
思ったとおり、走っている車はあまりいなかった。
あれだけ走りたかった妙義を、こんな状態で走っているのが悔しかった。
それはすべて中里に裏切られたからだと、ずっと言い聞かせている自分が情けなかった。
頂上で一休みしていると、一台のスカイラインが入ってきた。
車体には、妙義のチームのステッカーが貼られていて、走り屋であることは明らかだった。
その車が駐車場を出ると、自分もその後を追った。
後ろからその走りを見ていると、何故か無性に腹がたってきた。
コーナーでもたつき、すぐに距離がつまってくる。
たいした腕もない奴が、速いというだけでこの車に乗っていることが許せなかった。
次のコーナーに入った時、減速するGT−Rのバンパーを軽く突いてやった。
GT−Rはそのままガードレールに接触し、クラッシュしている脇を抜けて峠を降りる間、だんだんと笑いがこみ上げてきた。
『たいしたことねーじゃん!』
『デンジャラス』と噂されるようになるきっかけだった。
それから、たびたび妙義に出向いては、後追いダウンヒルバトルでかなりのラフファイトを仕掛けていたのだ。
まだ、続きます。
こんなに長くなるとは、
思ってなかったんだけど…。
もう少し、お付き合いをば。
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