雪降る夜に



就職して7年も経つと、もう中堅といったところで。
結構責任のある仕事を与えられるようにもなってくる。
それはそれで、認められているということだから、名誉な事ではあるのだが。
仕事をしながら、走り続けること。
それを持続するにもなかなか苦労することになる。
今日も今日とて、なかなか終わらない仕事の山に埋もれて、気が付けばもう終業時刻はとうに過ぎている。

「今日も、残業だな…」

一人、残った事務所で誰にでもなく呟いてみる。
このまま今日も峠には行けないだろう。
普段は禁煙の事務所内でも、残業時は規制されないので自前の灰皿をデスクに持ち込みゆっくりと煙をはきだす。

「最近、走ってねーなぁ…このままじゃ、なまっちまうよなぁ…」

しみじみと呟く言葉も、事務所の中で空しく響く。

「ぼやいてないで、さっさと片付けるか。」

一服し終わり、軽く伸びをして、またデスクのパソコン画面に意識を集中させる。
窓の外の様子には、気付いてはいない。



「何だよ…今日も来てねぇのかよ。」

峠に着くなり、目当ての車が見当たらない事に機嫌を損ねていた。
最近なかなか姿を見せないその車。
誰かが、仕事が立て込んでいると言っていた。
だが、そんなことで納得するような性格でも無く、理不尽な怒りを辺りに撒き散らしていた。
とばっちりを受けるのは、周りの連中。
まぁ、いつもの事ではあるのだが。
そのうちに、冷たい水泡が降り注いできた。
だんだんと量を増し、それは柔らかな白い固体になって、頭上から降りてくる。
こんな天気では、まともに走ることはできないだろう。
頂上に集まっていた連中は、それぞれに解散していった。

「ちっ、ついてねーの…ちんたら降ってんじゃねーよ!」

天候にまで毒づいて、それでもどうしようもないので、渋々峠を降りる事にした。

「それもこれも、てめーが来ない所為だかんな!」

現れない誰かに天気の責任をなすりつけ、自分のアパートへ向って車を走らせる。
だんだんと家に近付くにつれ、走れなかった怒りの行き場がなくなってきた。
ふと、怒りの行き場を思いつき、おもむろに携帯を開く。
その、メモリーは…



ジジジ…
仕事中はバイブにしている携帯が、デスクの上で踊っている。
しんとした事務所に響くその音に一瞬どきりとして、踊る携帯を開いた。
着信は、いつも見慣れた番号。

「おせえーんだよ!早く出やがれ!こっちは、寒いんだからな!」

いつものごとく、出るなりまくし立てられる。
最初の頃はムカついていたがこの頃は慣れたものだ。

「わりーな、仕事中なんだよ。どうした?こんな時間に?」

こんな時間…峠に行っているのなら帰るには早い時間。

「ノンキな事、言ってんじゃねーよ!外見てね―のか?こんなんじゃ、走れねーんだよ!」

外?そう言われて窓の外に目をやった。
暖房の効いた事務所の中では、まったく気付かなかった。
深い藍の空から、次々と舞い落ちる白い雪。

「あ…雪…」

受話器を耳に当てたまま、そう呟いて窓に歩み寄る。
道路に面した窓一面に、ふらふらと落ちてくる雪を辿って下を見ると、そこには見慣れた紅い車がハザードを灯して停車していた。
ドライバーはそれに背をもたれ、上を見上げて携帯をかけている。

「そんなところで、なにやってんだ?慎吾。」

その車の持ち主の名を呼ぶ。
そういえば、久し振りに呼んだ気がした。

「寒いんだよ!腹減ったんだよ!まだおわんね―のかよ!」

上から見つめる人物を確認して、電話口で駄々をこねる。
その様子を見ていると、なんだか仕事を続ける気が失せた。
だいたいの目途はついたことだし、後は家で出来るだろう。

「飯でも、食いに行くか?」

「たりめーだろ!てめーのオゴリだかんな!毅!」



END



北海道に雪が降った事だし、というので書いてみました。
今まで書いたお話よりもちょっと時間が進んでます。
少しは進展しているようです。
それにしても、いくつだ?中里(汗)

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