「庄司、それなげといてくんない?」
そう言われて、慎吾は素直に投げていた。
それからしばらく…
「庄司〜、それなげといてって言ったじゃん!」
慎吾には、彼が何故怒っているのかがわからなかった。
自分は言われた通りに、確かにそれを投げたのに。
なげたはずのそれが床に落ちているというのが、彼は不満らしい。
だがそれは慎吾も同じで、素直に言う事を聞いたというのに文句を言われるのは、割りに合わない。
慎吾の限界も近いかと思われた頃、彼はやっと気がついた。
「あ、わりぃ。それ捨てといて、だったよ。」
と、さっき言った言葉を訂正した。
すると、さっきの言葉の意味は捨てるが正しかったのか?
「わりぃわりぃ、気ぃ抜くとさ、つい出ちゃうんだよね。地元の言葉。」
そういう彼の地元とは、遠い北の大地、北海道。
慎吾もそのことを思いだし、納得していた。
最近の北海道の言葉は標準語とあまり変わらないが、たまに何気なく使う言葉の中に紛れて出てきてしまうことがある。
「そう言えば、そっちじゃ捨てる事をなげるって言うよな。前にも一回聞いてたけど、すっかり忘れてたぜ。」
ここは、とある大学の研究室。
今日の講義も終わり、課題提出の内容を確認するために研究室に残っている数名の学生の中に、慎吾もいた。
同じゼミの彼は、最初は北海道から来ているというだけで物珍しさから声をかけたのだが、結構付き合いやすい奴だった。
ただ、本当にたまに、その言葉がどういう意味かわからないときがあるのだが。
「でも、そんなに違うかなぁ、北海道弁って?」
「今だって、かなり違ったじゃん。」
全員がどっとわいた。
「あと、なんだったっけ?お前、前に言ったじゃん?すげー、っての。」
「あぁ、『なまら』か?でも、それあんま使わないぞ。」
「そうそう、なまら。最初何言ってんだかって思ったぞ。」
慎吾が一番最初に聞いた北海道弁。
珍しいのを教えて欲しいと言ったところ、返ってきたのは
「なまら、むかつく!」
という言葉。
先に、あまり使わないぞという断りがあったのだが、見事に慎吾の興味を惹いたらしい。
ちなみに『超〜むかつく!』という意味になる。
それからしばらくは、あとどんなのがあるのかとしつこく聞きまくり、ちょっとしたマイブームになっていたのだった。
『(てぶくろ・くつした・タイヤ等)をはく』とか『はんかくさい』とか『だはんこく』とか…
語尾に『〜だべ』や『〜しょ』を付けるのも、おもしろがって使っていた。
最近は、もう忘れられていたのだが。
「そろそろスノボの時期だよな…北海道なら、やりたい放題なんじゃねーの?羨ましいよなぁ…」
わざわざ雪山へと行かなければボードが出来ない慎吾にとって、冬になればいつでも出来る北海道は憧れだった。
だが、彼の反応はいつも冷めたものだった。
「だからぁ、道民が全員ウィンタースポーツが好きだって訳じゃ無いんだって言ってるべさ!」
ここ数年、冬になれば言われ続けるこの言葉に、いつもの答えを返し続ける。
北海道で生まれ育ったからといって、ウィンタースポーツが得意だとか好きだとは限らないのだ。
ちなみに、そういう彼もウィンタースポーツは苦手としていた。
その度にいつも慎吾は勿体ねぇ、とぼやくのだった。
あまりしつこく勿体無いだの羨ましいだの隣でぼやかれるので、こう返す。
「北海道じゃ、峠は走れねーぞ!」
そう言われてしまうと、慎吾には何も言えなくなってしまう。
たった1、2年の付き合いで、慎吾の扱い方をマスターするとはなかなかのものだ。
「なぁ、北海道弁で、くどくのに使う文句なんてあんの?」
「はぁ?」
慎吾はいつも、話題がころころと変わってしまう。
今だって、北海道弁の話からスノボの話になって、結局また北海道弁の話に戻っている。
それにも慣れたもので、溜息を吐きつつも話を合わせる。
「口説くのなんか、どこでも一緒だろ?北海道弁なんて、野暮ったいだけだって。特にそんな言葉なんて無いし…
それより、庄司、口説きたい奴がいんの?」
おもしろそうに慎吾の顔を覗き込み、彼の興味はそちらにいっていた。
慎吾は顔を赤らめながら、
「そんなんじゃ、ねーよ…」
と、ボソリと言った。そして
「うけ狙うだけだよ!」
と、いつものように不適な笑みを浮かべた。
頬の赤みは残したままだが。
「そうだなぁ、うけ狙いなら『めんこい』とか言ってみる?
子牛とか子犬とかが『かわいい』って時に使ったりするけど。
普通の女に使ったらガキ扱いしてるみたいに聞こえるから、喜ばれないかもな。
意味解らなければうけは狙えんじゃねーの?」
そう教えてくれた。
誰に言うのかは、深く追求はしなかった。
彼のそんなところが、付き合いやすいところなんだろうと慎吾は思った
帰り際、車に乗り込もうとする慎吾に、彼が声を掛ける。
「うまくいったら、教えてくれよな。オレも試してみるからさ!」
うまくいくかどうか、最近なんか気になっている年上のあいつをからかい半分、本気半分。
口説くとかそんなんじゃないけど、こっち向かせてみたいから。
ありきたりな言葉より、もっと興味深い言葉で。
あいつはこの意味わかるだろうか?
多分、あの強い視線を真っ直ぐオレに向けて、言うんだ。
「なんだ、そりゃ?」
END
なんか、それこそ「なんだ、そりゃ?」ですね。
ただ北海道弁の話を絡ませたかっただけなんだけど。
でも、北海道弁で誰かを口説くなんてまず無理だねぇ。
ちなみにタイトル『driving snow』は、「吹雪」という意味です。
彼等らしいかと思って(^^;
戻る