2月に入ると、ショーウィンドウは華やかな装飾に彩られ、街はすっかりバレンタイン一色に染まっている。
店頭には特設コーナーが設けられ、綺麗にラッピングされた様々なチョコレートを前に、女の子達はあれこれと選びながら楽しげに
談笑している。
毎年繰り返されるイベントは、大好きな人への思いを込めてその小さな包みを贈るもの。
そんな様子を横目で見ながら、慎吾はバイト先へと向っていた。
「もう…そんな時期なんだ……。」
いつもならどれだけ貰えるか?ぐらいの興味しか抱かないこのイベントに、今年は少し違う想いが見え隠れしていた。
翌日、同じゼミの彼に慎吾は妙な頼みごとをしたのだった。
「お前の地元ってさぁ、チョコのおいしい店があるって本当?」
「??」
彼の地元とは、北海道のこと。
結構名の通ったお菓子メーカーのチョコレートは、北海道土産として重宝されている。
「お前、そんなにチョコ好きだったっけ?」
確かそれほどの甘党ではない慎吾の口からチョコの話題が出るのは、意外なことだった。
「ちげーよ。この時期チョコと言えば、一つしかねーだろ。」
そう言われても、思い当たるイベントは男である慎吾にとって行動に移すものではないような気がするのだが?
しばらく考えた後、彼はポン!と手を打った。
「まさか、女にリクエストでもされたのか?『どんなのが欲しい?』なんつって、くぅ〜っ!!」(?)
「違うっつの!…その…頼まれたんだよ……女に…。」
どっかの誰かさんのようなリアクションで大げさに冷やかす彼を、慎吾は慌てて否定する。
その苦し紛れの言い訳を、彼は別の意味で取ったらしい。
「それって、沙雪さんか?それとも真子さんか?どっちにしろ、貰える男が羨ましいよな。
ちくしょう、どんな奴なんだ?」
慎吾の幼馴染である沙雪とその友達の真子のことは、ゼミの仲間内でも美人コンビとして有名だった。
この彼も、彼女達のFANの一人だ。
沙雪がチョコをあげる相手といえば、今のところあの86の野郎ぐらいだろうか?
真子ちゃんなら、秋名のスタンドのあいつか?
どちらにしろ、彼が悔しいのは同じ事だろう。
彼が勝手に勘違いしてくれた事で、慎吾は内心ホッとしていた。
これ以上突っ込まれると余計な事まで口走ってしまいそうだったので、このまま彼には勘違いしていてもらうことにする。
それにしても何をやってんだろう、俺?
何を思ってチョコなんかを物色しようとしてるのか?
冷静になって考えれば、バカバカしいことかもしれない。
でも、今は熱に浮かされたように、この衝動が止まらない。
「なぁ、庄司。沙雪さんたちはどんなチョコを探してんだ?ここのだったらそんなに土産物っぽくもないし…
生チョコがうまいんだけど。」
そう言う彼の前に置かれたPCの画面には、『北海道 チョコレート』の検索で出てきた数店のお菓子メーカーのHP。
その内の1店のHPを開く。
期間数量限定の商品が掲載される中、慎吾の目に止まったのはあるシンプルなチョコレート。
甘さを抑えた生チョコに、レミーマルタンを練り込ませたというもの。
ビターなチョコに、レミーマルタンの風味と香りがあいまって、微妙にまろやかな味わいが売りらしい。
それにパッケージも、黒地にメーカーのロゴが入っただけの飾り気の無い物。
それがいかにもあいつに合わせたようで、慎吾は一目でそれだと思っていた。
チョコだけでは物足りない気がして、一緒にシャンパンを揃えようと思った。
そのメーカーの創業20周年記念だという記念ラベルのシャンパン。
フルーティでなめらかな風味、華やかで繊細な香りのピエールミニョン。
あいつ一人に飲ませるのはもったいないから、オレも飲んでやろう。
少し値は張るが、それならいいか。
「庄司?なんかお前、楽しそうだな?やっぱり、これ貰うのってお前なのかぁ!」
「たの…!誰が!めんどいだけだぜ!とにかく、これとこれ!注文してくれよ!包装してもらってくれよな!」
乱暴にそう言い放ち、慎吾は大きな音を立ててドアを開け、部屋から出ていった。
その音にそこにいた全員が一斉に振り向き、PCの前に残された彼は「ちょっと、からかい過ぎたかなぁ…」と
深い溜息をついていた。
本当に、何やってんだ?
楽しそう?誰が?…オレ…?
そもそもバレンタインにオレがチョコを用意する必要があるのか?
誰に?何で…あいつに…?
あぁ、そうそう、どうせカワイソウなリーダー様はたいした貰えないだろうし、おすそ分けじゃ余計哀れだろうから、
オレ様が用意してやろうというわけだ!
なんて優しいんだろう、オレって!
と、他の人に聞かれたら余計なお世話だと言われそうなことを考えていた。
本当の自分の気持ちを心の奥に押し込んで、決して認めようとしていないことに気付かずに。
それを認めてしまうには、慎吾にはまだ時間が足りなかった。
想い人を認める時間、そのために想い人を知る時間。
慎吾はまだ、彼の一部分しか知らないのだから。
END
<2004/2/7>
バレンタインのチョコは、ぜひ北海道へ(笑)
チラシに出ていた期間限定品のイメージが、
なんだか中里に合いそうだったので
つい、慎吾に用意させてしまいました。
でも、いつになったらLOVE×2に
なるんだろうなぁ、ここの2人…。
慎吾は絶対認めなさそうだし(^_^;)
戻る