GET ME POWER



妙義山もすっかり春の装いで、桜の開花も盛んになってきた。
この季節になると、妙義の走り屋たちはシーズンインと花見客との板挟みになり、結局は肩身の狭い思いをしながらも足慣らしをしだす。
Night kid'sの面々もご多分に漏れず、夜桜見物に来る一般車を気にしつつ久し振りにまわすエンジンに、自分達の季節を 感じていた。
残業の甲斐もあり、なんとか時間的な余裕も出来た中里が駐車場のいつもの場所に愛車を滑り込ませると、さっそく馴染みの顔が揃いだした。

「中里さん、2月以来ですか。やーっとマジで走れますね。」
「腕、なまってんじゃないですかー?」
「それでも、お前より早いだろう!」

口々に声を掛け合い、やっと本格的な季節が来た事を実感する。
時間的に余裕はできたもののまだ精神的にはわだかまりを残しているため、峠に来れば少しは気も晴れるかと思っていた。
だが、ここに来てはっきりと気付く…ずっと1台の車を探している事に。
心の中に残っている小さなしこりが、ズキズキと傷む。

「…まだ…無理かもな……。」

それは自分に対してか、彼に対してかはわからない。
お互いに気持ちを量れないでいる…じれったさがつのっていた。

「中里さん、ちょっと……いいですか?」

自販機の横の縁石に座り込み煙草をふかしていた中里に声を掛けるのは、このチームの世話役とも言える高田。
彼は中里が動けない間も顔を出しているらしく、気になることがあると一応知らせてはくれていた。
チームの連中から離れて、静かに告げる口調に自然と表情が険しくなる。

「最近、庄司が顔を出してないんですよ。その代わり、と言ってはなんですが、碓氷のシルエイティが何回か来てるんですよ。
 確か…庄司の幼馴染でしたよね、彼女達。何かあったんでしょうか?」
「……さ…ぁ…。」

中里には、何も言えない。
あの夜のことで慎吾が来ていないとしても、それを言う事は出来ない。
彼女達がそれを知っているとも、到底思えない。


そんな事を言っているうちに、駐車場の入り口がざわめきだした。
その中心にいるのは、碓氷の蒼いシルエイティ。
いつもは駐車場に並ぶ車を一瞥し、そのまま流して帰っていたようだったが、今回は違った。
中里のRから少し離れた場所に車を止めると、皆の視線を一斉に浴びて静かにドアが開く。
ナビ側からすっきりとした細く白い足がのびる。
ミニのスカートにジャケットを合わせたモデルのような女性が、ウェーブの掛かった長い髪をかき上げながら、ゆっくりと降り立った。
少し遅れて、運転席側から黒髪の女性が降りる。
ドライバーは、少し大きめの春物のセーターにスカート、スニーカーと先程の女性よりは多少ラフな服装だが、ひけは取らない。
この2人が、碓氷では知らない者はいないという『インパクトブルー』、沙雪と真子だ。
あまり女性ギャラリーのいない妙義峠が、この2人の存在だけで華やいだ。

「こんばんはぁ。」

周りを取り囲むように、人垣が出来ていた。
走り屋として一目置かれる彼女達だが、あれだけの男達に囲まれて何かあったらどうするつもりだろうか?と、腰を浮かしかけた中里 だったが、その時にはもう高田が動いていた。
まぁ、あいつに任せれば大丈夫だろう。今は、彼女達に会う気にはなれない…と、しばらく様子を見ることにした。
どうしようもなくなれば、飛び出すつもりではあったが。
だが、そんな心配もどうやら無用らしいとわかると、また先程までの思いに囚われていく。


目の前に人がいる気配も気付かないほど、ぼんやりとしていたのだろうか?
何本目かの煙草がただの灰になってしまい、次のに火を入れようとした視界の中にすらりと伸びた白い足が飛び込んできた。
驚いて見上げた先には、ちょっと困ったようにたたずむ真子の姿があった。

「………え…!」

我ながら、情け無い声を上げたと思う。
その拍子に咥えていた煙草を思わず落としそうになった。

「今、話してもいいですか?中里さん…。」

遠慮がちにそう言うと、中里の隣にストンと座り込んだ。
気まずさに、気持ち程度場所をずれる。

「…あの…沙雪に……さりげなく聞いてみてって、言われたんですけど…あたし、そういうの苦手なんで……。」
「……は…ぁ…。」
「………単刀直入に言います。…何か、ありましたか?…庄司君と…。」
「な…!」

咥えなおしていた煙草を、今度は完全に落としていた。
知って…いる…!
気が遠くなりそうだった。
中里の心中を知ってか知らずか、真子は話をすすめた。

「最近の庄司君の様子が変だって。」
「…………。」
「庄司君って、素直じゃないですよね。」
「……あぁ…。」
「でも、沙雪にはちょっと素直なんです。」
「…………。」
「その庄司君が、何も言わないんですって。何かあるたびに沙雪には相談してたのに。」
「…そう…か…。」
「そんな庄司君は初めてだって。沙雪は庄司君のこと、すごい心配してるんです。」
「沙雪さんは……慎吾の、こと…。」
「ううん、好きとかっていう次元じゃなくて、沙雪と庄司君は姉弟みたいなものだから。」
「…ふう…ん…。」

慎吾は本当に、何も言っていないのか?
それなら彼女達は、何があったのか知らないはずだ。
真子がそんなことでウソをつけるような人でないことくらい、自分でもわかっている。
だが、彼女は俺と慎吾の間で何かあったのかと聞いてくる。
…どうして?
心の中が、訳のわからない焦りで一杯になる。

「私は沙雪と会ってからの庄司君しか知らないけど…これでもちょっと分析出来るんですよ。」
「…………。」
「庄司君って、自分で他人を突き放してしまうくせに、実はとってもかまって君なんですよね。」
「…………。」
「それにもランクがあるんですよ。」
「…ランク?」
「はい!」

そう言って、真子は楽しそうに笑う。
こうしてみると本当に普通の女の子で、車を自在に操り峠を攻めているなんて思えない。

「好きな人には、なつくんです。でも、猫みたいに気まぐれ。もう少し好きになると、我侭になるんです。」
「……へえ。」
「どうしようもなく、好きな人には……噛み付くんです。…自分だけ、見て欲しい…って。」
「…………!」
「今まで私が見てきたのは、我侭な庄司君まで。だから、噛み付いてる庄司君は…はじめて。」
「…………。」
「言いたかったのは、それだけです。庄司君、本当はすごい泣き虫だから、よろしく…って、沙雪から…。」

軽く腰の砂利を払い「じゃあ。」と言って戻りかけた真子を、中里は引き止めていた。
自販機から暖かいココアを2本、車から出したタオルに包んで真子に差し出す。

「…2人で、飲んでくれ。」

「ありがとう。」と笑顔を向けて、真子は沙雪の元へと戻っていった。
その後には、空を見上げて深く溜息をつく中里が残された。

「……噛み付かれた…のか?」

心の中がズキズキと傷むのは……。
ザザッ、と一陣の風が吹く。
それに伴い、ひとひら、桜の花びらがクルクルと舞った。
翻弄される自分のような気がしていた。


END


=追記=
「沙雪、中里さんが飲んでって。」
そういって、タオルに包まれたココアを差し出した。
「結構いい人っぽいと思うけど…。」
ココアを受け取った沙雪は、真子にビシッ!と告げた。
「気配りは出来ると思う。いい奴だとも思う。でもね、まだまだ女の認識が甘いわ!」
その台詞に、真子は納得したように笑った。
「女が皆、甘いものがいいと思ってるうちは、まだまだよ!」
沙雪はそう言いきる。
真子は口には出せないが、心の中で思っていた。
(庄司君が男の基準じゃ、普通の男じゃ物足りないよねぇ、沙雪…。)

なんか会話ばっかりですね。
でも、沙雪と真子を書けて、
ちょっと嬉しい(^。^)
この2人、好きなんですよね。
突然ですが、女優のミムラさんって、
真子ちゃんとイメージが
合いそうだと思うのは、
私だけかなぁ…。

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