目が覚めると、知らない天井を見上げていた。
どこだ…ここ……まさか、飲んだ後に、誰かの家に転がり込んだとか…?
やべーなぁ…っつーか、昨夜飲んだか、オレ?
それにしても、やけに白づくめだな、ここ。
なんか記憶が曖昧でやんの。
取りあえず、起きるか……「いっ…てー。」
右手…どうしちまったんだ?
痛みの元に視線を移すと、包帯を巻かれて三角巾に吊るされた自分の右手。
「………!」
それを見た途端に、昨夜の記憶が蘇った。
昨夜、86とのバトルで無茶な事して事故って、ここに連れて来られて……あいつが、来て…。
思い出すだけで、屈辱に体が震える。
奴にだけは、見せたくなかった…あんな醜態!
そこへ、看護士が姿を現した。
「ゆっくり休まれましたか、庄司さん?起きれますか?」
スリッパに足を突っ込んで立ち上がろうとするオレに、手を貸してくれる彼女。
ちょっとタイプかも…なんて考えてたら、あまりにもすんなり立ち上がって眩暈もなさそうだ。
「診察がありますので、こちらへどうぞ。」
その様子を見て、いともあっさりと告げる。ちぇっ、素っ気ねえなぁ…。
診察室に行くと昨夜の医者が、脳波検査の結果やら、オレの目やらといろいろと見比べて、
「脳波の方は何とも無いようだから、迎えの人と一緒に帰っても大丈夫だよ。」と言った。
は?迎えって…誰だよ……?まさか…!
診察室の扉を開けて、待合室を見渡した。
うんざりだぜ…何でいんだよ……中里の野郎……。
「診察、終わったのか?このまま帰って良さそうだな。」
診察室から出てくるなり、近寄ってくる…余計な世話だっつーの。
「てめーの世話になんか、ならねえよ!とっとと帰りやがれ!」
「足もねえのに、一人で帰れるわけないだろ。送ってやる。」
勝手に決め付けてんなよ…って、もう先に行ってるし…!
とことんムカツク野郎だなぁ、てめーはよ!
しょうがねえから、送らせてやるけどよぉ、てめーだってまだ代車じゃん!
自分の足もねえくせに、偉そうな事言いやがって……あ?どこだ…ここ?
「おい、中里!お前、どこに連れて行く気だ!降ろせ…。」
「スタンド。昨夜、お前が世話になったんだ。礼ぐらいしておけよ。」
弱みに付け込んで、拉致かよ…趣味わりー奴だな。
「…着いたぞ。」
スタンドにいるのは、昨夜病院に付いて来た2人だけ…86の野郎はいねーみたいだな。
めんどくせえ…何で、入り口に止めんだよ!奥に行けよ!んなの、窓開けて「世話んなったな!」で、済むじゃん!
…済まねーらしいな…中里の痛いぐらいの視線が『行って来い』って言ってる。
渋々車から降りると、背中であいつがドアを開ける音が聞こえた。
そうだ、お前が行けばいいんだ、リーダー様なんだから…って、来る気なしかよ!
はぁっ…溜息しか出ねえ…。
話し込んでるヤツラの方に歩いてったら、小さい方がオレに気付いたらしい。
大げさな身振りで、もう一人に教えてる。
もう一人も、オレに気付いて向こうから近寄ってきた。
そうでなくちゃなぁ。出迎え、ご苦労!
「腕は、大丈夫か?帰れるって事は、たいしたことないみたいだな。安心したよ。」
こんなに気さくに話し掛けられたら、面食らっちまうじゃねえか…何言えばいいんだろう。
このままどっか逃げちまうかな、どうせあいつにゃ聞こえねえし…って、めっちゃ睨み効かせてるぜ…。
代車のマーチの屋根に肘を預けて、本人いたってマジに見守ってます、ってつもりなんだろうが、ありゃぁガン飛ばしてるとしか
見えねえな。
諦めて、大きく深呼吸した。しょうがねえ、さっさと済ますか。
「今回は…いろいろと、悪かった。あぁ…その…86のあいつは…。」
「あ、拓海か?今日は遅番だから、まだ来てないよ。それに、ああいう時は、お互い様だし。もう気にしてないから。」
なんだ、こいつ?気がいいのか、の〜天気なのか。もう気にしてないって?
小さい方は、後ろに隠れてオレと中里を覗き見てるし。
ま、いいや。これで用は済んだしな。行こ。
「じゃ。」って、戻ろうとした時、ヤツラが話してるのが聞こえた。
「でも池谷先輩、俺、今回の事で中里さん見方が変わっちゃいましたよ〜。なんていうか〜、リーダーの風格っていうんですか〜?
堂々としてて〜、潔くって〜、あの時だって『うちの慎吾が、世話になったな。』って〜。くぅ〜〜っ!『うちの』ですよ!
なんか〜、チーム仕切ってるって、感じしないっすか〜?今だって、ちゃんとあーやって見ててくれるし〜。
先輩も、ちょっとは見習ってほしいもんですよね〜!」
「今更、何言ってんだ、樹。あの時のトラウマで、未だにあの人と目合わせられないくせによ。」
何…?今、なんて言った?あいつ、何言ったって?
「おい、今の話…あん時、どうしたって…。」
「ひゃ〜〜っ!」
声を掛けた途端に、変な声を上げて小さいのがもう一人の背中に逃げ込んだ。
なんて声出してんだよ!こっちの方が、驚くだろうが!…いや、そうじゃなくて…。
「あん時、あいつ、何言ってたんだ?」
「え?…あ…あんたが世話になったって…迷惑かけられないから、俺等に帰れって…。」
先輩と呼ばれてた方が答えたが、オレが聞きたいのはそれじゃねえって…だぁーっ、じれったい!
「オレのこと、何て言ったんだよ!」
思わず詰め寄ったオレにちょっとビビリながら、背中に隠れた奴が言った。
「『うちの慎吾が、世話になったな。』って、言ってたんだよ!」
「うちの…シンゴが……だって…!」
「お前、何やってんだ!」
いきなり肩を捕まれて、振り返るとそこには機嫌悪そうな奴の顔が…。
逆ギレしたかと思って、飛び出してきたってとこか?そんなんじゃねえよ。
それに、逆ギレしたいのは……てめーにだ…。
何、勝手に人の名前、呼びつけてんだよ……今まで、言った事ねえだろうが…。
オレの…名前なんて……。
「すまねえ、ガラ悪くってよ…。もう、バカな事はさせねえから…。じゃあ……ほら、行くぞ…!」
そう言って、また一人でさっさと車に戻っていく。
待つ気もないのか…来るのが当たり前だとでも思ってんのか…とことん…気に障る……。
「あのさ、あの時…すごい心配してたんだよ、彼。じゃなきゃ、あの時間にわざわざ来れないだろ?」
そんな事、わかってんだよ。どいつもこいつも…。
その睨みが効いたのか「あ、余計なお世話…だな。」と、気のいい青年は、苦笑いを浮かべた。
何で軽にムサイ男と2人で乗ってなきゃならないんだか…。
帰りの車の中、こいつと話す事なんかねえし…聞きたい事は…あるけどよ。
結局2人とも無言のまま、家まで着いちまった。
当然、あいつがオレを呼ぶことも無い。
「腕、ゆっくり治せよ。それと、親にもちゃんと言っとけ。心配してたぞ。」
せっかく、息苦しさから開放されると思ったら、降り際にムカツク事言いやがって。
ま、しばらくはこいつの面を見ることもねえからな。せいせいするぜ。
「じゃあな。」
それだけ言って、あいつは帰っていった。
オレはそのまま、あいつに不似合いな白い軽自動車を見送った。
せいせいするはず…だったんだ。
オレの知らないところで、あいつがオレを名前で呼んでいるのを想像するまで。
あいつの声で響く自分の名前を、聞いてみたいと思うまで。
END
=追記=
家に入った途端に、母親の金切り声が響いた。
「あんた、一体何やってんの!」
中里が、電話で怪我をしたって事は言ってたらしいが、まさか腕を吊られて帰ってくるとは思ってなかったらしい。
これで、あの車の状態を見たら、卒倒しそうな勢いだ。
腕も、車も、たいした事ないとどうにか言いくるめてその場を収めると、次は中里のことを根掘り葉掘り…。
オレの知り合いにしては、電話の応対が丁寧だとか、礼儀正しいとか、かなりの気に入りようで。
そりゃ、あいつは社会人だからな。
営業トークに騙されてんじゃねえよ…わが親ながら、その単純さに辟易する。
家でまで、あいつの話を聞くなんて、うんざりなんだよ!
軽く受け流して、自分の部屋へと逃げ込んだ。
今はただ、全部忘れてぐっすり眠ってしまおう…何も考えないように。
「BLACK OUT」その後です。
中里の代車を何にしようかと思ったんですが、結局、無難な(?)マーチということで。
樹がやけに、中里君お気に入りになってて、一体どうしたんでしょうね、彼?
いや、私がそうしてしまったんですけど(^_^;)
それにしても、話がだんだん外れていくような気がしてきた今日この頃…大丈夫かな?
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