BREAK THE NIGHT



桜の季節も過ぎて、一般車の数がまばらになってくると、完全に峠は走り屋たちで一杯になる。
なのに、浮かない顔をした男たちが頂上の駐車場の一角を占めている。
その原因は、思う存分走れる時期になったというのに、姿を見せないこのチームの2トップ。

「今日も、来てないのか。」
「中里さんの仕事の都合はわかるけどさぁ、慎吾はどうしたんだ?しばらく顔出してないじゃん。」
「なんかさ、最近せっかくいい感じだったのに…また、もめたのかなぁ…。」
「…?最近いい感じって、前はもめてたんすか?」
「あぁ、そうか…お前、最近入ったから、知らなかったんだな。前はさ、すごかったんだぜ。中里さんと慎吾…。
それこそ、顔見ればいがみ合うっていうか…いるだけでムカツクって感じで…。」

今では、結構統率の取れたチームになってきているNight kid'sだが、以前はかなり荒れた奴らの集団だった。
それを一人でまとめてきた中里にも限界があり、新しく入ってきた慎吾は、中里とはかなり険悪な関係だった。
分裂した派閥が出来るほどバラバラだったチームが、まとまったように見えてきたのは、皮肉にも中里の連敗した後だった。


慎吾と秋名の86とのバトル後、Night kid'sとRed Sunsとの交流戦が行われた。
中里はR32の修理を終えてから、この交流戦に備えてかなりの走り込みをしていた。
ところが、慎吾の86戦で痛めた腕とEG6の修理が間に合わず、上りと下りの2本とも中里一人にゆだねられた。
地元でのバトル…2本目の下りはともかく、上りの高橋啓介のFDには負けるわけにはいかない。
最悪、一勝一敗に持ち込めばいいだろう。
そんな中里の元へ、右腕の包帯がまだ痛々しい姿の慎吾が歩み寄った。

「中里…オレの腕がこんなんじゃなけりゃ…くそっ!情けねーぜ!」

忌々しそうに自分の右手を睨みながら悔やむ慎吾に、中里は言い放つ。

「今更ガタガタ言っても仕方がない…やるだけだ!」

そのまま慎吾の肩をポンと叩き、マシンに乗り込んだ。
フリー走行を始める2台のマシンが走り去るのを、慎吾は見送っていた。
中里に叩かれた肩が、熱が帯びているのを感じた。


フリー走行中に、秋名の86 藤原拓海とすれ違った。
あいつが来ているとなると、何が何でも負けられない…中里はハンドルをグッと握り締める。
秋名の86が来ていることは、慎吾の耳にも届いていた。
知らず知らずに、痛めた右腕に手を添える。
Red Sunsのタイムアタックが終了し、ようやく1本目の上りのバトルが開始。
スタート地点にFDとR32が並んだ。
その2台の前に立ち、慎吾は左手を高く挙げてカウントダウンを開始した。

「5・4・3・2・1・GO!」

左手を振り下ろすと同時に、2台のマシンは雄叫びをあげて飛び出していく。
両横を駆け抜けるスピード感に、慎吾の右手はビリビリと震えた。


途中経過が続々と入ってくる。
R32とFDは、付かず離れずの状態で駆け上がっているらしい。
あいつは一人で戦っている。
それは、チームのためでもあり、あいつ自身のためでもある。
だが、自分が今走れたら、あいつの負担は半分になっていたはずなのに。
慎吾は、締め付けられるような気持ちを抱え込んでいた。
ずっと嫌な奴だと…あいつは敵だと思っていたのに、今プライドをかけて必死に戦っていることを思うだけで、息苦しくなる。
泣き出してしまいそうになるのを、仲間の手前辛うじて堪えて、今は朗報を待つことしか出来ない。

「頑張ってるみたいだな、あいつ……こんな気分は、初めてだぜ。どうして今まで、いがみ合ってたのかと思うよ…。」

それに答えるように、誰かが言った。
―自分達も同じ気分ですよ。自分勝手な奴らの寄せ集まったガラの悪いチームが、初めてひとつにまとまったみたいです。―
慎吾もその通りだと思った。
ガラの悪い連中の寄せ集め…それがNight kid'sの印象で、そんなチームだからこそ、慎吾のような自分勝手な奴でも 受け入れられたのだと。
そして、自分を受け入れたのは、中里だったのだ。

「…勝てよ……絶対…。」

無意識に、そう呟いていた。
(勝ってくれよ、たのむぜ……チームのためなんかじゃなく…自分自身のために…勝て!)
…それはきっと本心。
そんな慎吾の思いをあざ笑うように、雲行きがだんだんとあやしくなっていく。


とうとう耐え切れなくなったのか、重く垂れ込めた雲から雨粒が1粒2粒…そのうち、本格的に音を立てて降り出した。
雨は、降り始めが一番怖い。
全開で飛ばしている状態では、いつあの世行きになるかわからない。
全身の毛穴から汗が噴出すほどのスリル…命がけの、バトル……上等だ!
相手も引くつもりは無く、恐怖心との三つ巴ってところだろうか。
そんなことを思いながらも、中里は必死にマシンを操っている。
ほんのちょっとの気の迷いが、命取りになるのだから。
だったらこのまま、ゴールまで飛び込んでしまえばいい!

ゴール目前、最後のコーナーで中里のR32とFDは並んで侵入していた。
R32は立ち上がるコースを塞がれて、アクセルは踏み込めない。
だが、並んだままコーナーを抜ければ、あとは加速で切り抜けられる…中里が勝てるとフンだ瞬間に、FDは考えられないほどの 突込みを見せて前に出た。
土壇場での、大逆転劇!
中里のR32は、FDに敗北した。

スタート地点のRed Sunsの連中が、携帯からの知らせに歓声をあげる。
慎吾達は、その様子を見て呆然としていた。

「まさか…負けたのか……あいつが…なんで……信じ、らんねえ…!」

スタート地点にいたNight kid'sのメンバーは、取りあえずゴール地点まで行く事にした。
皆に促されるように、慎吾も後から続いた。
中里が、今どんな気持ちであのゴール地点にいるのだろうと思うだけで、慎吾はいたたまれない気分になった。
雨はやむ様子も無く、彼らの上に降り注いでいる。

頂上駐車場、中里はさっきの高橋啓介の言葉に打ちのめされていた。
―「テクニックの、差だ!」―
何も言い返せなかった。
86と戦った時にも感じた…完敗だった。
マシンが劣っているのではない、自分の腕が、まだまだ未熟なのだと痛感したはずだ。
なのにまた、同じことをしている。
あれほどの走り込みをして、かなり出来上がってきたと思っていたのに、実際は何も変わってはいない。
体中…心の中まで冷たい雨が打ちつけている。
さっきから、高橋兄弟を囲んでなにかもめているようだったが、もうどうでもよかった。
降りしきる雨の中、ひとりきり、立ち尽くしていた。


慎吾達が頂上の中里の元へ着くのと同じ頃、高橋涼介がある提案を持ちかけてきた。
その提案とは、自分のチームの奴と秋名の86とのダウンヒルのバトルをしたいというもので。
それを聞いた慎吾はもちろん、チームのメンバーもこの妙義でそんな勝手な事をさせる訳にはいかないと息巻いたが、中里はそれを 静かに制止した。

「うちの下り担当は、今この状態で走れねえし、このバトルは俺の負けだ。あと、あんたらがどうしようと、俺等には関係ねえから。
 好きにしてくれ。」

「一応、地元の君達の許可を取っておこうと思って。」と微笑む涼介の笑顔が痛かったが、中里にはそれを拒否する理由は無い。
その会話を聞いて、藤原の視線が一瞬中里を見とめたが、すぐにいつもの表情に戻っていた。
中里のその言葉は、直接ではないが自分を責めているような気がして、慎吾の胸に突き刺さる。
自分がしでかした無謀な行動の、ツケが回ってきたのだと思うと悔しかった。
中里と慎吾、お互いの心にわだかまりを残したまま、注目のダウンヒルバトルが始まろうとしていた。

「…負け、ちまった…悪かったな…お前ら、もうあがっていいぞ。ギャラリーしててもいいけど、風邪ひくなよな。」

チームのメンバーに声をかけて、中里はその場を離れた。
メンバー達は、中里に声をかけるのも躊躇われ、そっとこの場から離れていった。
ギャラリーは、秋名の86が走るということで、一斉に移動を始める。
頂上の駐車場には、Red Sunsのメンバーと、Night kid'sのメンバー数人だけが残された。
自分のマシンを見つめて、雨に打たれたまま佇む中里。
ただ、虚ろに視線を揺らめかせているだけだ。
慎吾は、そんな中里の姿を見るのは初めてだった。
自分が知っている中里は、いつも真っ直ぐ前を見て、いつも自信をみなぎらせて…邪魔なくらい自分の前に立ちはだかっていたのに。
こんなに脆いあいつは知らない…今にも崩れそうな、こんなあいつは見たことが無い。
慎吾も、そんな中里の姿に声を掛けることもできずにいた。
そのうちに、ふっ、と中里が顔を上げた。
後ろに立っていた慎吾の気配を感じたのか、静かに振り返る。
その瞳には、いつもの鋭さは見られない。

「まだ…残ってたのか……早くあがれ…あまり濡れると、怪我にひびくぞ…。」

力ない声だった。
何もかもが、別人のようだった。
こんなにあっさりと敗北を認めるのか?全てが自分の力不足だと認めるのか?
どうして…どうして、オレを責めない。
オレが使えないから、奴等に好き勝手な事されるんだって。
どうせなら、思い切り罵られたほうがいい。
こんなあいつを見るくらいなら……こんなあいつは、見たくない。


「…いつまで、そんなシケタ面してるつもりだ…。」

慎吾がようやくしぼり出した言葉は、思いやりの欠片も無い喧嘩ごしの言葉。
いつもみたいに、返して来いよ!
あの突き刺すみてえな眼で、オレを睨めよ!
だが、今の中里は、慎吾の期待には応えられない。

「また…負けちまった……情けねえよな…あんな大見得切っちまったのに…。お前にも、不愉快な思いさせたな…。」

弱気な瞳、覇気のない声…全て、慎吾が知らなかった……知りたくなかった、中里の脆さ。

「馬鹿か、てめーは!オレは……オレはそんな台詞が聞きてーんじゃねえんだよ!ふざけるな!」
「…慎吾……。」
「そんな情けねー声で、オレの名前を呼ぶんじゃねえ…。今のお前なら、オレのこの腕でも勝てるぜ!」

あいつの声で呼ばれる自分の名前を聞きたかった。
でも、こんな時に聞きたくは無かった…こんな弱気な声で聞きたくなかった。
オレは、こんな奴に勝てなかったのか?こんな奴をライバルと…!
だから…睨み返せ!言い返せ!いつもみたいに、偉そうにふんぞり返って見せろよ!
じゃないと…オレは今までみたいに、お前を嫌いになれない……。

「…そうだ、な…今なら、俺は、誰にも勝てねえかもな……。」

雨に濡れて下りてしまった前髪を気にする事も無く、俯いたままそう呟く中里の姿に、慎吾は動揺していた。
なにか、湧き上がるような衝動を感じていたが、それを実行する事は出来なかった。
どうしてそんな事をしたいのか、認めたくはなかったから。
―――抱き寄せて、あいつの辛さを受け止めてやれたら…なんて…。
慎吾はその想いをしまい込んだ。
一瞬でもこんな馬鹿なことを考えたなんて、知られるわけにはいかない。
絶対に、これはオレの勘違いだ。
そう思い込む事が、今の慎吾を立ち止まらせた。


容赦なく降ってくる雨にずぶ濡れのまま、その場から動けない2人。
ただこの雨が、心の中にある憤りを洗い流しているのだと、慎吾は少しずつだが気付き始めていた。


END


VS啓介戦ですが、すでに原作と違ってます。
慎吾が『毅』と呼んでないし…。
ダメダメっぷりを発揮している中里ですが、はたして立ち直ってくれるのでしょうか?
自分で書いておきながら、なんか不安…(^_^;)
はぅ、頑張ります。
かなり長期連載になってきてるけど、もう少し、お付き合いしてくださいね。

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