あのバトルの日から、俺の視界には常にあいつがいた。
いまや、あいつの噂は峠を走る連中に知れ渡り、バトルの情報は否応なく俺の耳にも届いていた。
気が付けば俺は、そのバトルのコースまで出向いている。
何故、そうまであいつに惹きつけられるのか…あいつの走りに惹かれている…それは間違いない。
だが、それとは別に、何か違うものにも惹かれている。
コーナーで、あいつが来るのを待つ間、鼓動が高まる。
あいつがコーナーを抜ける。見事な走りだ。息がつまる。
何度見ても、呼吸がままならない。テールの余韻が消え去るまで、微動だに出来ない。
マフラー音が聞こえなくなり、ようやく俺は意識を取り戻す。
今日もまた、あいつが勝つのだろう。
あれから中里は、奴のバトルの噂が入れば必ずと言っていいほど出向いて行った。
オレだって、奴のバトルが気にならないと言えば嘘になる。
何せ、オレを負かした奴だからな。
今日はどんな走りをするか、何よりオレ以外の野郎に負けるなんて許せないし。
だが、それよりも、気になる事がある。
それが中里の、奴に対する固執ぶりだった。
隣でしゃがみこんでいた慎吾の声が不意に飛び込む。
「おまえさぁ、あいつに惚れてんだろう…」
惚れ…!「バカヤロウ!何、ボケたこと言ってやがる!」
慎吾の突然の台詞に、思わず声がうわずった。
「ば〜か、お前の面見れば、一発よ!何年つるんでると思ってんだ〜、ボケが。
だてにbQはってんじゃね〜んだよっ!」
何故か知らないが必ずと言っていいほど、慎吾が隣にいた。
別につるんでいる訳ではない。
あいつとのバトルを経験しているから、気になるのだろう。
俺と同じように。
だが、俺が惚れてる?あいつに?何を根拠に…。
「あ〜ぁ、俺やっぱ女の方がいいぜ。」
そう言いながら、闇にも映える深紅のシビックに乗り込み、峠を後にした。
呆然とする俺を残して…。
峠を降りる道すがら、頭から離れない。
自分の言った台詞…中里のうわずった声…。
「なんだよ、あれ…もしかして、図星か?くくっ…だとしたら、大笑いだぜ!
あの、お堅い中里ともあろうものが、
男に惚れるってか?」
そう言葉に出してみると、可笑しいはずなのにどこか笑えない自分がいる。
なんで笑えない?こんなに可笑しい事はないだろう?
「女にもてない反動で、男に鞍替えしたってとこか!」
わざと侮辱する言葉を投げかけてみても、虚しいだけだった。
――おもしろく…ねぇ…。
そんな考えを吹っ切るように、アクセルを思い切り踏み込んで
静まり返る街を突き抜けていた。
「…明日、空いてるか?」
「はぁ…?」
この間抜けな会話がされたのは、あのギャラリーから数日後。
あの日の慎吾の言葉が頭から離れない。
こんなもやもやとしたままでは、どうにかなりそうで…。
とにかく、確認したかった。
あいつに会えば、はっきりすると思った。
連絡を取ろうにも、もうスタンドには行けない。
大見得を切って、あのざまだ。
きっと、こうるさいあの男(樹)が、騒ぎ立てるに違いない。
「リベンジだな!また返り討ちにしてやるぜぇ!――拓海が――」
…そのさまが、目に浮かぶようだった。
考えた挙句、俺は電話ボックスにいた。
電話帳で調べる。
「…豆腐店……。」
受話器を手にとり、深呼吸をする。
何だ?この緊張感は?これじゃぁまるで、コクろうとしてるような…!
「慎吾のヤツ、余計な事言いやがって!だからこんなに意識しちまうんだ!それだけだ!」
わざと声に出して気を紛らわせようとした。
意を決し、一つづつダイヤルを押す。
心臓の音が、電話ボックスの中に響き渡りそうなほど大きく感じる。
最後の番号を押し終わり、一瞬間をおいて呼び出し音が鳴る。
一回…二回…永遠に続くかと思われたそれが、唐突に終わる。
「はい…藤原豆腐店…。」
少し間の抜けた声が聞こえてきた。
グッと胸元をつかみ、息を飲む。
あいつの声を聞くだけで、心臓が飛び出しそうだ。
何だろう?この気持ちは…。
あのギャラリーから、中里は思いつめた表情をしていた。
そんなに、オレの言った事が気になってるのか?
慎吾は、そんな中里の態度に苛付いていた。
―どうして、奴なんだよ。そんなに自分に勝った奴が気になるのか?
じゃあ、オレが先に勝っていれば、オレに惚れたのか?
でも、オレとまともにやりあった事、ねえだろうが!
どうして、奴なんだ。どうして、オレじゃない…どうして…。
――何、考えてんだ、オレは!
バカバカしい事を考えている事に気付き、思わず絶句した。
中里が誰と何をしようが、自分の知った事じゃない。
そのはずなのに……。
「もしも〜し?…悪戯かぁ?」
電話の向こうでは、もう受話器を置こうとする気配がする。
待ってくれ!まだ、切らないでくれ!
伝えたい事が…俺自身が知りたいことがあるんだ!
「もしもし…俺…中里だけど……。」
END
初めてイニDを書いたのが、中里と拓海の話になるとは、思ってなかったのですが。
この頃、劇場版のDVDを買ったばかりだったので、妙義コンビ+拓海ということで。
<2003/10/10>
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時間軸調整のため、加筆修正第2弾(汗)
同じく、前の作品を知っている人がいたら、すごいかも…(^_^;)
ま、慎吾の呟きを付け加えただけ…
なのかもしれないけどね。
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