STAY



あの…バレンタインの夜から数ヶ月が経っていた。
あれから俺は、慎吾と顔を合わせる事は無かった。
お互いに妙義には何度か出向いていたのだが、俺達は打ち合わせたようにすれ違っている。
俺もしばらくは仕事が詰まっていた事もあり、久し振りに妙義に来てみれば、誰も最近慎吾に会っていないと言う。
そして、そのうち慎吾が妙義を走っている姿は、見られなくなった。


慎吾に会えないでいる間、俺は出会った頃の事を思い出していた。
そういえば、最悪な出会いだった。
あの時の慎吾の挑みかかるような視線が、妙に印象的だったのを覚えている。
でも、どうしてだろう…あいつをチームに誘ったのは…。
なにをやらかすか解らないあいつを、放っておけないと思ったのは間違い無いのだが。
あいつが入ってからというもの、ただでさえ好き勝手な連中ばかりのまとまりの無いチームが、余計ひっかき回されて、 挙句は派閥まで出来る始末。
それは、あいつが人をひきつけるカリスマ性みたいなものを持っているということだろう。
確かに慎吾は、いい腕を持っている。
だが…正直、何度後悔したことか…。


俺と藤原 拓海とのバトルの後、慎吾も奴に勝負を挑んだ。
ガムテープデスマッチ…なんてこと思いつきやがる…。
あんなバトル、させるべきじゃなかった…なんとしても阻止するんだった。
結果は、慎吾の敗北…。
あいつは、自分の腕と、愛車を犠牲にした。
あの連絡を受けた夜、俺は何も考えずに部屋を飛び出していた。
Rを修理に出していたため、代車で外出することに抵抗があったはずなのに、何故かあの時は無意識に体が動いた。
あんなにいがみ合っていたはずなのに、病院にいた慎吾はいつに無くしおらしくて。
まさか、俺の前であんな姿を見せるとは思ってもみなかった。
そんな慎吾を、自分がなだめてやるなんて信じられなかった。


Red Sunsとの交流戦、慎吾は藤原とのバトルで痛めた腕が治っておらず、走る事は出来なかった。
それを気にしているのか、やけに神妙にしていたようで…思えば、この辺りから慎吾は変わったような気がする。
俺は、高橋啓介に勝つ事は出来なかった。
雨の中、どこまでも落ちていきそうな気分の俺に、慎吾が優しい言葉をかけるはずも無い。
だが、同じ雨に打たれながら、しばらくそばにいてくれた。
俺にとっては、それだけで充分だった。
優しい言葉なんてかけられたら、きっとダメになっていく。
多分、あいつはそれを見越していたわけじゃ無いのだろうが、あいつのそういうところは、いいと思った。


エンペラーの岩城から受けた屈辱的な敗北に、自分のことのように怒りをあらわにした慎吾。
その剥き出しの感情は、俺以上に激しいものだった。
藤原のバトルのギャラリーで、あいつに言われた言葉が頭に残る。
それに従うように藤原と会っていろいろ話をしてみたが、惚れてるというよりは俺が思いつきもしない奴の感覚に称賛しているという 方が近い。
慎吾がやけに話し掛けてきたり、休日に俺を連れ出すようになったのはそれからだったか。


クリスマス…チームの奴等とも会社の奴等とも騒ぐ気になれなくて、仕事を理由にどちらも断り、雪がちらつく中を妙義へ向かった。
誰もいないだろう、と思ってはいたが、自分みたいな物好きがいるかも…なんて淡い期待を持って頂上へ上ると、駐車場で空を仰ぎ見る 物好きが一人。
傍らには、雪の中にポツンと灯された火のような紅い車体…慎吾だった。
全身に軽く雪を積もらせた慎吾の頬に水滴が流れ落ち、その姿が何故か泣いているように見えてドキリとした。
そんな気持ちを気取られないようにタオルで濡れた髪や顔を無理矢理拭いてやると、少し戸惑ったようだがすぐにいつもの慎吾に戻る。
俺には慎吾がどうしてこんな日に妙義にいたのか解らなかった。
しかも、家に押しかけて一緒に飲もうとまで言い出す。
慎吾と2人で飲む日がくるとは、この日まで思っても見なかった。


そして、あのバレンタインの夜。
チームの連中が騒いでいた、野郎からチョコをもらったらどうするか。
思わず想像していた…その相手というのが、慎吾だった。
でも、それはそれで、別に嫌な感じでも無く…そんなことを考えている自分が可笑しかった。
絶対にありえないと思っていたから。
相手はあの慎吾だし。
それがあの夜、クリスマス同様押しかけて来た慎吾に告げられた言葉。
慎吾の行動が、理解できない。
でも、一番理解できないのが、それに対する俺の行動。
幾ら酔っていたとはいえ、あんなこと…。

それ以来、俺は慎吾とまともに向き合う事が出来なかった。


しばらく顔をあわせない間、慎吾と出会ってからの事を思い返していた。
たった数年、しかもその大半はお互いに敵対していたはずなのに、これほどまでに俺の中で強烈な存在になっている慎吾。
強がりで、オレ様で、狂気的で、涙もろくて、素直じゃなくて…。



いきなりけたたましく鳴り出した携帯の着信に、過去から現実へと引き戻された。
だが、表示された番号は見たことも無い番号で、間違い電話だろうとそのまま放っておいたがなかなか鳴り止む気配が無い。
諦めて電話に出ると、電話口から艶っぽい女性の声が聞こえてきた。

  『もしも〜し、やぁ〜っとでてくれたぁ。わかる〜?あ・た・し!』
 「あの…間違いじゃ……。」

自分の携帯に、こんな女性から掛かってくるはずは無い。
当然、間違いだろうと、そう告げると…。

  『え〜…こんないい女の声を忘れちゃったのぉ…ひっど〜い!間違ってないわよ、中里君。』
 「え…!」

間違いなく自分宛てに掛かってきた電話だが、こんな女性に番号を教えた覚えはないし、知り合いにもいないし…。

  『まだ、わからないの?あたし、さ・ゆ・き…。』
 「……っ!」

沙雪から電話…どうして俺の番号を知っているのか?驚きと疑問で言葉が出ない。

  『何で番号知ってるのか、教えて欲しい?やっぱ、愛、かしら…なぁ〜んてね〜!
   この前行った時、チームに奴に聞き出したの。がっかりした?んで、これってば、慎吾の携帯!
   やん、びっくり!……って、冗談はここまでね。本題に入るわ。』
 「………。」
  『いい加減、引き取って欲しいんだけど…お宅のチームのbQとやら…。』
 「…慎吾が、そこに?」
  『…知らなかったわけ…なんかここんとこ、こっちに入り浸りなのよ…。
   たまに流す程度で、あとはボ〜ッとしたまんま…
   うっとーしいったらないわよ!いったい、何があったの?君達……。』
 「良かった…走るのやめたわけじゃ…なかったんだ……。」
  『良かった…じゃ、ないわ!……見てらんないのよ、あんな慎吾……。
   ちょっと粋がって荒れてんなら、あたしらが一発かましてやるんだけど…。
   腑抜けちゃって、あんな慎吾、見たことない……。』

幼い頃から知っている沙雪ですら見たことがない慎吾…。
その原因はやはりあの夜の事なんだろうか。

  『あたし、中里君の事、買いかぶってたのかしら?君になら、慎吾の事任せられると思ったんだけど…
   それとも、もう手に負えない?見放すっていうんなら、それでもいいわ。その代わり、もう関わらないでくれる?
   あいつね、結構何でもこなせちゃうのよ。で、熱が冷めるのも早いわけ…あんまり執着しないタイプなのね。
   だから、いつも何かに燃えてられるの。
   それが君のチームに入ってから、少し変わった気がする…あんなに必死に走る事にこだわるなんて。
   でも、いいことだと思った、慎吾、楽しそうだったから。バカなことばっかしてるけどね。
   …ここ何ヶ月かは、見てて痛々しいのよ。あんなくすぶってるだけの慎吾なんて、見たくない。
   あいつが本当に走りたいのは、ここじゃない…妙義で、君と走りたいんだと思う。
   それが出来ないのなら、もう慎吾の事は放っておいて。
   知ってた?慎吾ね、中里君の話をする時、すごい嬉しそうなのよ…悪口なんだけどね。』
 「沙雪、さん…俺は……。」
  『任せても、いい?あいつは、中里君にこだわってるのよ、きっと…。』

その時、電話の向こうに慎吾の声が聞こえた。

 (おい、お前、何やって……あ!それ、オレの携帯…勝手に使ってんじゃねーよ!)
  『じゃぁねっ!この番号に、ヨ・ロ・シ・ク・ねっ♪』
 (どこ、かけてんだよ!)
 (どこって、出会い系でナン……―――――)

沙雪は、最初のふざけた感じの口調に戻り、慎吾に気付かれないように電話を切った。
握り締めた携帯からは、もう不通音しか聞こえてこない。
沙雪の話に、今の慎吾の姿と、そんな慎吾を彼女達がどれだけ心配しているかはうかがえた。
だが、慎吾が俺にこだわる…俺の、何に…?
慎吾が執着するような何かを、俺は持ってるんだろうか?
そんなもの、思いつかない。
中里の手元に残されたのは、新たな疑問と、携帯に残された慎吾の番号だった。


END


=追記=
「どこかけてんだよっ!」
「どこって、出会い系のナンパ野郎に決まってんじゃん!」

慎吾は沙雪から携帯を取り上げると、文句を言いつつリダイヤルの履歴を消した。
そして、また自分の愛車に戻り、面白くなさそうな顔をしてタバコをふかす。

「まったく…野郎同士の痴話喧嘩に、なんであたしが間に入ってやらなきゃなんないんだか…。」

不機嫌な声をあげる沙雪の横で、真子は苦笑いを隠せない。
『自分から、入っていったくせに…。』なんて思った事は、決して口には出さなかった。

まだ、会えません。
可哀想に…このまま会えなくなったら、どうするんでしょうね。
それは中里次第…じゃなくて、私次第ですか?
今回の沙雪ちゃんなんですけど、イメージ壊してないですかね?
まぁ、すでに原作からは、遠く離れているんですけどねぇ(苦笑)

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